野球界は乗り遅れ? 新時代に必須の“指導資格” 200時間猛勉強…心身削られた「難関」
Full-Count / 2024年11月6日 7時5分
■「義務」ではなく「自ら」学びへ…学童野球界へ導入の「指導者資格」取得体験記
少年野球の現場に根強い旧態依然のコーチングを改善すべく、学童野球では今年から、大会出場に際して各チーム最低1人、監督・コーチへの公認指導者資格の保有が義務付けられている。実際に取得にはどのような苦労があるのか。日本スポーツ協会(JSPO)の指導者資格「コーチ3」を3年かけて取得した記者が、自身の成長と学びのプロセスを振り返り、コーチングの奥深さ、また日常生活への影響について綴った。
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「スピード」の定義とは。「パワー」は筋量に比例するのか、どのような数式で示されるのか……。
スポーツ報道の世界に身を置いて四半世紀。日常的に記事を書いているというのに、こうした問いへのまともな答えが出てこない。己の身のほどを知ったのは、3年前のことだった。
きっかけは、ある人のススメでJSPOの指導者資格「コーチ3」に自らトライしたこと。この資格は、小・中学生のカテゴリーの監督など(コーチ2)の上位にあたる。協会の案内には「トップリーグや実業団等のコーチとして、全国大会レベルのチームやプレーヤーのコーチングを行うための資格」とある。
結果として、筆者はその認定証を得るのに3年を要した。全競技共通の事前課題から講習へ進み、専門競技(軟式野球)の講習を経ての事後課題。すべてを終えるのに少なくとも200時間、受講料は3万円をくだらない。どの過程もヘビーだったが、冒頭のような基礎的なものから、知識がある程度、整理された。科学的な根拠を伴う理論や実技と、その進化に刺激も受けた。また、コーチングのスキルを実体験したことで、日々の生活でも思わぬプラスを感じている。
暴力根絶の意識と、継続的な学びによる指導の質の担保。これに根差してJSPOの現行システムができたのは2019年だという。資格はカテゴリーやレベルに応じて7種類。申し込みは年度単位で、学ぶボリュームや費用にも段階があるようだ。
野球界での「指導者資格」は、ごく最近まで名ばかりだった。筆者は20年ほど前、小学生の息子がいる学童チームで背番号「28」のコーチとなったが、登録申請と半日程度の受講で認可された記憶がある。それが今年度から、全日本軟式野球連盟と各支部の大会参加に、チームにつき1人以上の有公認資格指導者が必要となった。同様に義務化されているのは、15歳以下の軟式と硬式の一部に限られる。模範であるべきプロ野球が、この手の方面にノータッチというのも、お隣のサッカー界と決定的に異なる点だ。
学童野球では各チーム1人以上の有公認資格指導者が大会参加に必須(写真は今年の全日本学童大会)
■コーチングのカギ…コミュニケーションスキルの必要性を嫌でも実感
ルールだから仕方なく――。全競技共通の講習で筆者が出会った人たちには、そういう後ろ向きな考えはなかった。受講者は全国各地にいて、多くは身銭を切って学びの場へ。メジャー競技に限らず、五輪種目にない競技の指導者や、育成スクールの講師、部活動の顧問、栄養士、大人の趣味のチームの監督など、バックボーンもそれぞれ。
「チームがまとまらない」「選手が言うことを聞かない」「保護者が介入してくる」「目上の指導者の暴言がひどい」など、持ち寄る悩みは似たり寄ったり。自身の指導にも怪しさや不満を感じており、目の前の選手たちをより良くサポートできるように学びを深めたい、という声も多く聞かれた。
筆者にとって難関だったのは、全競技共通のオンライン講習。講義を聞いてレポートにまとめるような、凡庸なスタイルではなかったからだ。時間は金曜から日曜までの連続3日間で、午前8時過ぎから午後7時あたりまで。ランチタイムと小休憩以外は頭をフル回転させ、気も相当に使った。
講習の軸はグループディスカッション。各自の知識や境遇などは留め置いて、人の意見を否定せずに、ともに学ぶ。この基本姿勢を全体で確認してから、アドバイザーが巡回する下で、適当に振り分けられた数人単位の小グループで大半を進行する。
グループ内では、1分間ずつの自己紹介と、タイムキーパーや進行役などの役割分担からスタート。1コマは90分から2時間程度で、与えられたテーマに沿って全員が意見を発して話し合い、定刻までにとりまとめてから全体での発表へ。ほぼ初対面の人たちと、この繰り返しになる。
人見知りや尻込みする時間もないほど、進行が早い。どの受講者も前向きで真剣なので、足を引っ張れないとの思いが先に立つ。1日を終えると食事もできないほどぐったりで、それでも翌日に嫌な汗をかかないようにと予習と復習に念を入れた。
コーチングのカギとなる、コミュニケーションや時間の管理。そのスキルとして「傾聴」や「問いかけ」などを学んだが、3日間のグループワークで受講者自身が相当に磨かれるようだ。筆者は人から話を聞きだすのも仕事だが、私生活でも自然にできるようになってきた気がする。
交付された「コーチ3」認定証とライセンスカード(一部加工)【写真提供:フィールドフォース】
■学びとは「わかる」ではなく「できる」…良い指導者がいないと選手は育たない
3日間の講習が終わると、受講者は専攻した競技の専門科目へ。軟式野球競技は、3日間の実技講習と2日間のオンライン講習があった。自ら上位の資格を得ようと集合講習に集まった人たちは、やはりコミュニケーションに長けていて克己心も旺盛だった。
あくまでも1年前の段階だが、野球では「コーチ3」の取得者が500人に満たず。受講内容が「コーチ3」の3分の1以下である「コーチ1」でも3000人強。それがサッカー界では、ケタが1つずつ多いという。
最後に、全競技に共通する事前課題(知識確認テスト)に触れておきたい。「コーチ3」の案内には、カリキュラムは「150時間」とあったが、筆者はそれでは足りず。受講料と引き換えに送られてきたテキストは、A4判で厚さ2センチ強。重さも相当だ。
各分野の専門家たちが各々で詰め込んだだろう内容は、およそ400頁に及ぶ。難解な専門用語や聞き慣れないカタカナ語がやたらに多い。もちろん転売禁止で、実際に売れるような「読み物」では決してないが、真摯に学びたい者には十分に応えてくれる「教科書」だった。
事前課題には100の設問もあり、最低でも6割の正解が必要。回答は3択でも、「教科書」の内容を理解していないことには選びようのない質問が大半だった。筆者がすべての課題を終えたのは昨年の9月で、11月から12月までの週末に講習を受け、事後課題を提出したのが年末。今年の3月にメールで「合格」の通知が届き、9月に登録料を振り込むと、10月1日付で資格認定証が送られてきた。期限は4年間となっている。
「求められる学びとは『わかる』ではなく、『できる』です。グッドな指導者がいないと、選手が育ちません」
これは軟式野球競技の実技講習で聞いた言葉。選手が育っていく現場も取材する記者である限りは、最低限は「わかる」状態でありたいと思っている。
〇大久保克哉(おおくぼ・かつや)1971年生まれ、千葉県出身。東洋大卒業後に地方紙記者やフリーライターを経て、ベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」で千葉ロッテと大学野球を担当。小・中の軟式野球専門誌「ヒットエンドラン」「ランニング・マガジン」で編集長。現在は野球用具メーカー、フィールドフォース社の「学童野球メディア」にて編集・執筆中。JSPO公認コーチ3。(大久保克哉 / Katsuya Okubo)
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