初の3割もダウン提示「何を考えているのか」 “ウハウハ”のはずが…中日主砲が覚えた怒り
Full-Count / 2024年12月15日 6時50分
■1988年の日本Sは西武に1勝4敗で敗退…宇野勝氏は敢闘賞
元セ・リーグ本塁打王で元中日内野手の宇野勝氏(野球評論家)は、18年の現役生活の中で1シーズンだけ打率3割を超えた。プロ13年目の1989年で.304をマークした。前年(1988年)に遊撃のポジションを明け渡した立浪和義内野手が右肩痛で出遅れたため、遊撃手に戻っての活躍だった。ところが、そのオフに思わぬ事態に遭遇した。「3割打ったのに年俸がダウン提示だったんだよ」。目が点になったという。
1988年にセ・リーグを制覇した星野中日だが、日本シリーズは森祇晶監督率いる西武に1勝4敗で敗退。日本一には届かなかった。宇野氏は西武球場での第3戦(10月25日)に工藤公康投手、第5戦(10月27日)は渡辺久信投手から一発を放って気を吐き、シリーズ敢闘賞を受賞した。「第5戦は(2-3の3回に)右中間に2ランを打って逆転したんだけどね。結局負けちゃったんだよね」。点の取り合いになったが、強い西武が粘り腰を見せた。
6-5の9回裏に中日守護神の郭源治投手が石毛宏典内野手に同点アーチを浴び、延長11回に伊東勤捕手にサヨナラ打を許して力尽きた。「(第6戦からの)名古屋に帰れるかなと思ったら、源ちゃん(郭)が打たれちゃったね」と宇野氏は残念そうに話す。もっとも、この日本シリーズはナゴヤ球場での第1戦の2回に飛び出した西武の若き4番打者・清原和博内野手の先制場外アーチで短期決戦の流れを西武に持って行かれた感じだった。
「あれは度肝を抜かれたよねぇ。どこまで飛ぶんだって思ったもん。とんでもない当たりだったね。(中日先発の)小野チン(小野和幸投手)のスライダーをパカーって打ってねぇ……」。あれから36年経った今でも宇野氏はよく覚えている。清原の場外アーチはそれほど超スペシャルな衝撃弾だったわけだ。
翌1989年の中日は豪州ゴールドコーストで初めてキャンプを行った。ゴルフ場に隣接されたパームメドウ球場で、誰もが大汗をかきながらの調整だった。「ちょっと暑すぎるくらいだったね」。この時、多くのナインがハマったのはカジノ。「練習が終わって、ちょっとゆっくりしてからカジノに行っていた。(スポンサーから)VIPルームのカードをもらって飲み物、食べ物は全部タダだったから、そこで食事もしていたよね」。
■1989年は打率.304…初の3割超えも最初の契約交渉ではダウン提示
きつい練習を終えた後の娯楽。“勝敗”はともかく、オンとオフをうまく使い分けながらのキャンプでもあった。ゴールドコーストで1次キャンプを行い、沖縄・石川での2次キャンプで仕上げていった。そんな1989年、プロ13年目の宇野氏は119試合に出場して25本塁打、68打点。特筆すべきは打率で、初の3割超えの.304。立浪が右肩痛で出遅れたため、ショートに戻っての活躍だった。
4月終了時点では.232だったが、徐々に調子を上げていき、7月は2割9分台に上昇。球宴にも監督推薦で出場し、7月26日の第2戦(藤井寺)ではオリックス・佐藤義則投手から本塁打を放った。後半戦も快調で8月16日の広島戦(広島)からの3試合連続3安打で3割に乗せた。一時2割台に落ちたものの、8月25日の巨人戦(東京ドーム)で3打数3安打を記録して3割復帰。終盤は立浪が遊撃に起用され、二塁に回るなどした中、その後は3割をキープした。
この年の中日は首位・巨人から15.5ゲーム差の3位に終わり、連覇はならなかったが、宇野氏にとって初の3割は胸を張れる数字だった。ところが、オフの契約更改交渉で愕然としたという。「最初、(年俸)ダウン提示だったからね。ホント、びっくりした。まさかと思ったね」。本塁打、打率、打点の打撃3部門で前年より成績が落ちたのは76から68になった打点だけ。打率はもちろんのこと、本塁打も18本から25本にアップしただけに納得できなかった。
「当然、1回目は(ハンコは)押さなかったよ。保留したよ。『えっ、ダウンですか』ってね。球団は何を考えているのかなって思ったよ。まして世間はバブルだったし、球団も儲かっている時にねぇ……」。その後の交渉で800万円アップの5300万円(金額は推定)でサインしたが「それはあまり記憶にないけど、アップはしたと思う」とポツリ。とにかく、まさかのダウン提示の衝撃が大きすぎたようだ。
「昔の選手は4000万、5000万でいい方だった。今は億になったもんね。まぁ、それは落合(博満)さんだよね。野球選手の年俸も上がっていかなきゃいけないんだって貢献してくれたと思うよ」。1986年オフにロッテから中日に移籍した落合は年俸1億3000万円で初の日本人1億円プレーヤーになり、その後、2億、3億と引き上げていった。そんな時代があって今があるわけだが、宇野氏が打率3割超えを果たしたのは、1989年シーズンが最初で最後。その奮闘ぶりは、オフの“渋い出来事”とセットで思い出となっている。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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