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40度の高熱、注射拒まれ即入院…中日主砲が失った“居場所” 「暇に感じた」外野の景色

Full-Count / 2024年12月16日 6時50分

中日で活躍した宇野勝氏【写真:山口真司】

■1990年、宇野勝氏のポジションは主に三塁…左翼も守った

 ポジションがまた変わった。元中日内野手の宇野勝氏(野球評論家)はプロ14年目の1990年の開幕戦を「5番・三塁」で迎えた。1987年は遊撃、1988年は二塁、1989年は遊撃。そしてこの年は三塁だけでなく、左翼を守るシーンも増えた。そんな中でも27本塁打、78打点をマークしたが、5月中旬に高熱が出て入院、離脱するなど大変な時期もあった。巨人戦での有名な中日・星野仙一監督の激怒シーンは「病院のテレビで見ていた」という。

 1990年4月7日の大洋戦(ナゴヤ球場)の中日開幕スタメンは「1番・中堅」彦野利勝、「2番・遊撃」立浪和義、「3番・右翼」ベニー・ディステファーノ、「4番・一塁」落合博満、「5番・三塁」宇野勝、「6番・二塁」バンスロー、「7番・左翼」大豊泰昭、「8番・捕手」中村武志、「9番・投手」西本聖だった。試合は延長11回降雨コールドで5-5の引き分け。ドラフト1位ルーキーの与田剛投手が11回無死一、三塁に登板して剛速球で無失点に封じる鮮烈デビューを果たしたことでも知られる。

 前年、右肩痛で大きく出遅れた立浪が遊撃レギュラーに返り咲いたことで、宇野氏は三塁。初戦は無安打に終わったが、2戦目の4月8日は4打数2安打4打点と活躍し、3番手で投げた大洋ドラフト1位ルーキー・佐々木主浩投手から本塁打も放った。途中から左翼の守備にも就いた。試合は延長11回7-8で敗れたが、またまた守備位置が変わっても「ウーヤン」の存在感は不変だった。

「大魔神に言われたことがある。『(プロの公式戦で)一番最初にホームランを打たれたのは宇野さんです』ってね。でも打ったのは覚えていない。大魔神が抑えになってからまるっきり打てなかったのはよく覚えているけどね。フォークがもう……。消えちゃうんだもんね」。宇野氏はそう話したが、この年の4月は打率.313、4本塁打と好スタート。5月に入ってもバットは好調で13日までに本塁打は5本上乗せして9本とした。

■病床で見た中日と巨人の乱闘…星野監督が水野投手に平手打ち

 しかし、3打数1安打で5月16日の広島戦(金沢)を終えた後、突然、離脱した。「金沢に行って、試合に出て宿舎に帰ったら40度を超える高熱が出た。病院に行ったら『これだけ熱があったら注射を打てません』って言われて名古屋に帰って調べたら入院しろってなったんだよ」。5月の残り試合は無念の欠場となり、5月24日の巨人戦(ナゴヤ球場)で起きた大乱闘も「あれは病院で見ていた」という。

 巨人・槙原寛己投手の内角球にバンスローが激高し、両軍にらみ合いの一触即発ムード。厳しい表情で審判団に危険球を訴えていた星野監督が巨人・松原誠打撃コーチからのヤジにブチ切れた。「なんや! なんや、この野郎、来い!」と三塁側の巨人ベンチへ向かっていって、再び両軍が入り乱れた。止めに入った巨人・水野雄仁投手が“闘将ビンタ”を浴びるなど、大騒動。暴力行為が目立ったディステファーノは退場処分を受けた。宇野氏はちょうどその時、入院中だった。

「ああ、やっちゃってるなぁ、って思いながらテレビで見ていたよ。あれは松原さんが何も言わなかったら、起きなかったんだろうけどね。水野は止めていたのにポンってねぇ……」。そもそも乱闘にはあまりかかわらない主義の宇野氏だが、いつもはグラウンドにいる立場。“星野軍団”のすさまじい光景を別角度で見たのも印象に残っているようだ。

 宇野氏が戦列に復帰したのは6月1日の大洋戦(ナゴヤ球場)で、代打での出場(1打数無安打)。6月2日の同カードからスタメン復帰したが、ポジションは左翼だった。休んでいる間に内野は一塁・落合、二塁・仁村徹、三塁・バンスロー、遊撃・立浪の布陣になっていた。それはそれで複雑だったのだろう。「外野をやった時はすごく暇に感じた。外野の人には悪いけど、何かゲームに入ってないなぁ、みたいな感覚を持ったりね……」と当時の気持ちも明かした。

 それでもバットの調子は落とさなかった。逆に7月は7本塁打、打率.398、21打点で月間MVPに輝いた。「まぁ、夏に強かったっていうのがあったからね」と言うが、毎年のようにポジションを変えられながら、中軸打者として結果を出し続けるのは簡単なことではなかったはずだ。

 1990年の宇野氏は最終的に打率.289、27本塁打、78打点の成績を挙げた。打率以外は前年を上回った。「でも、この辺くらいまでだったかなぁ」と少し声のトーンを落とした。星野監督が退任する翌1991年シーズンは26本塁打を放つ一方で、打率は.238に落ち込んだ。中日の看板でもあった「ウーヤン」の打棒が何かしら狂い始めていた。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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