【MLB】大谷翔平に米殿堂入りレジェンドが重ねる“二刀流の夢”「自分も1試合ぐらい…」

Full-Count / 2019年7月12日 7時5分

エンゼルス・大谷翔平【写真:AP】

■大学時代は投打で活躍したウィンフィールド氏「チームは『毎日プレーしてほしい』と」

 エンゼルスの大谷翔平投手は打率.303、14本塁打、38打点、OPS(出塁率+長打率).924という好成績で前半戦を終えた。昨年10月に受けた右肘靭帯再建手術(通称トミー・ジョン手術)の影響で、今季は打者に専念。同時に投手としてのリハビリを進めている。

 2020年シーズンに二刀流の完全復活を目指す大谷。メジャー通算3110安打、1833打点など数々の偉業を成し遂げ、2001年に米野球殿堂入りを果たした元外野手のデーブ・ウィンフィールド氏はクリーブランドで行われたオールスター期間中にFull-Countの単独取材に応じ、自身が叶えられなかった二刀流の道を切り拓く大谷への溢れんばかりの愛情を明かした。

 ウィンフィールド氏は今年67歳。1995年にインディアンスで現役を引退するまで22年間メジャーで活躍したレジェンドだ。ESPNが2004年に特集した全スポーツ史上最高のアスリートランキングで3位に選出されている。

 ミネソタ大時代はバスケットボールのスーパースターで、ビッグテン大会優勝に導いた。そして、野球では二刀流で活躍した。カレッジワールドシリーズでは投手としてMVPに輝いた。MLB、バスケの2リーグ(当時はNBAとABAの2リーグ存在)、大学でプレー実績がないにも関わらずNFLからもドラフト指名される“3刀流”のスターだった。

 1973年のドラフトでパドレスから1巡目(全体4位)で指名されたウィンフィールド氏は野球の道を選択したが、当時は投打二刀流の概念はなかったという。

「大学卒業時にパドレスに聞いたんだ。どちらでプレーしてほしいか、とね。大学時代、投手でプレーする機会が多かったんだ。チームは『毎日プレーしてほしい』という話だった。だから、私は野手を選ぶことにした。試合が壊れた時に、私は『投げさせてほしい』と何度もリクエストしたものだよ。でも、チームからは『ダメだ。怪我するかもしれないじゃないか』と止められた」

■「メジャーリーグで二刀流を叶える人間が出てきたことを心から嬉しく思う」

 米大学球界で屈指の右腕だったウィンフィールド氏は自らの選択をこう振り返った。昨季二刀流センセーションを巻き起こした大谷の姿を見るにつけ、未練の気持ちがこみ上げるという。

「私のファストボール(速球)はかなり速かったよ。スライダーはエグかったしね。打者を撫で斬りにできたと思うよ。私は打者ではなく、投手としても成功できたかもしれない。でも、チームの依頼に応じた。そこに悔いはない。でも、1試合ぐらい二刀流でやらせてほしかったな」

 だからこそ、前例のなかった二刀流の道を切り拓き、そして、圧倒的なパフォーマンスで周囲を納得させるどころか、驚かせている大谷には「彼の後に続きたいぐらいなんだよ。ミネソタ大では私は投手であり、打者だった。実際はキャリアを通じて、二刀流プレーヤーになれたかもしれなかったんだ。私はメジャーリーグで二刀流を叶える人間が出てきたことを心から嬉しく思うんだ」と特別な愛情を抱く。

 当初は懐疑的な声も多かった大谷の二刀流。ただ、圧倒的な能力を目のあたりにした多くの人が後押しするようになり、メジャーリーグでは新たな“挑戦者”が続々と現れている。米球界でも「パイオニア」となっている大谷のプレーに、ウィンフィールド氏は自身が叶えられなかった“二刀流の夢”を重ね合わせている。(Full-Count編集部)

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