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微風が吹いている映画 ― 川本三郎が語る『蝶の眠り』

ガジェット通信 / 2018年10月19日 9時0分

(文=川本三郎/『キネマ旬報 2018年11月上旬号(10月20日発売)』より転載)

いつも微風が吹いているような清涼感

五十代はじめの作家がアルツハイマーになる。余命が限られる。

重い物語なのに重苦しくない。いつも微風が吹いているような清涼感がある。

中山美穂演じる主人公に、どこかもう世を降りたような静かな諦念があるからだろう。黒澤明監督「生きる」が語られる場面があるが、中山美穂もまた自分の生がもうじき尽きることを覚悟して、日常の暮しのひとつひとつを整理してゆく。

まず何よりも、最後となる小説を仕上げる。「生きる」の主人公が、生の証しとして最後に町の人のために小さな公園を作ったように、何か世のためと思い、大学で文学の授業を受持つ。若い世代に、自分なりの文学観を伝えようとする。

そこで韓国からの留学生(キム・ジェウク)と知り合い、親しくなる。小さな、世を隠れるような恋愛が生まれる。といって無論、長続きするはずはない。

日本の女性と韓国の青年が愛し合う物語になっている。監督は愛すべき映画「子猫をお願い」(01年)を作った女性、チョン・ジェウン。日韓合作であるが、この映画は「日本」や「韓国」をさほど強く意識させない。寓話のような透明感がある(留学生を演じるキム・ジェウクの日本語が抜群にうまいせいもある)。

生が限られた主人公のいわば末期の目で見られているため、風景も人間もあくや汚れが落ちている。東京の町ひとつとってもけばけばしい看板や電柱、ガードレールが見えない。余分なものが剃ぎ落とされている。

そしてこの映画の中心にあるのが主人公の家。実際の建築家の家を借りて撮影したというが、余計なもののない家で、コンクリートの壁が木造の屋根でおおわれている。家の前に家全体を守るように欅の木が立っている。

家は主人公の城であり、隠れ家でもある。イギリスの作家ヴァージニア・ウルフは「女が小説を書くためには、女が『自分だけの部屋』を持つようにならなければならない」と言ったが、この家全体が主人公の「自分だけの部屋」になっている。

そして、室内はなんときれいに整頓されていることだろう。ふつう作家の部屋は本や資料で乱雑になっているものだが、この家は隅々まで整理されている。本棚もきちんと本が並べられている。しかも、主人公は留学生の青年に頼んで色別に整理し直してくれと頼む。壁一杯の本棚が大きな絵画のように見えてくる。

彼女はそうやって生ある限り、周囲の世界をきれいに片づけてゆく。この映画が決して重苦しくなく清涼なのはそのためだろう。

「蝶の眠り」

●好評発売中

●映像特典/劇場予告篇、舞台挨拶、メイキング、キム・ジェウク インタビュー(Blu-rayのみ)

●Blu-ray5800円+税、DVD3800円+税

●2018年・日本=韓国・カラー・1080p hi-Def ビスタサイズ(BD)、16:9LB ビスタサイズ(DVD)・音声:1.日本語(ドルビーTrue HD 5.1ch) 2.バリアフリー日本語音声ガイド(ドルビーTrue HD 5.1ch)/字幕:1.バリアフリー日本語字幕(BD)、音声:1.日本語(ドルビーデジタル 5.1ch) 2.バリアフリー日本語音声ガイド(ドルビーデジタル 5.1ch)/字幕:1.バリアフリー日本語字幕・本篇112分+特典映像

●監督・脚本/チョン・ジェウン 撮影/岩永洋 照明/谷本幸治 録音/小川武 装飾/西渕浩祐

●出演/中山美穂、キム・ジェウク、石橋杏奈、勝村政信、菅田俊、眞島秀和、澁谷麻美、永瀬正敏

●発売・販売元/キングレコード

(c)2017 SIGLO, KING RECORDS, ZOA FILMS

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(執筆者: キネ旬の中の人) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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