映画『蛇の道』黒沢清監督インタビュー「どこの国、どの時代でも通用するような復讐の物語」
ガジェット通信 / 2024年6月21日 20時0分
映画『蛇の道』が上映中です。『岸辺の旅』 で第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞に輝き、『スパイの妻 劇場版』では第 77 回ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞、『Chime』のワールド・プレミアを第74回ベルリン国際映画祭で行うなど、世界三大映画祭を中心に国際的な評価を次々に獲得し、世界中の映画ファンから熱い視線を浴び続けてきた監督・黒沢清。
『蛇の道』は、そんな黒沢監督が、 98 年に劇場公開された同タイトルの自作をフランスを 舞台にセルフリメイクし、自ら「最高傑作 ができたかもしれない」と公言するほどのクオリティで放つリベンジ・ サスペンスの完全版となっています。黒沢監督にお話を伺いました。
【あらすじ】アルベール・バシュレは、8歳の愛娘を何者かに殺される。犯人を捜し出し復讐することを生きがいにしているアルベールは、偶然出会った心療内科医の新島小夜子の協力を得る。ふたりはある財団の関係者を拉致し問い詰める。娘の死の真相が徐々に明らかになっていき……。
――本作とても楽しく拝見させていただきました。オリジナル版も拝見しておりますが、俳優さんと舞台が変わるだけで本当にイメージが変わりますね。
僕も自分の作品をリメイクするということは初めての経験でしたので、最初は戸惑ったんですけど。人も場所も違いますから。設定やシーンなど同じ所は全く同じでも、全然違う映画になっていますよね。もともとの『蛇の道』は哀川翔さんが主演で、哀川さんのファンの方以外は存在を知っている人も多くないと思います。そういう作品が時を経てこうして新しくなるというのは自分でも面白いなと思います。
――そもそも『蛇の道』をセルフリメイクした理由はどんなことだったのですか?
僕が言い出したのではないんです。5年ぐらい前ですかね、フランスのプロデューサーから急に「君の作品の中のどれかをフランスでリメイクしないか」と言われました。そんなこと考えたこともなかったんですけど、本当に出来るのだったら『蛇の道』をやりたいという想いがあって、そこからとんとん拍子に話が進みました。
常々「『蛇の道』をリメイクしたい」と思っていたわけではないのですが、これは僕が考えた物語ではなくて、友人の高橋洋が脚本を書いてくれた話なんですね。「復讐」をテーマにした作品は昔からよくある物語ではあるのですが、それをシンプルでありつつも、上手にひねってくれている。多分どこの国でもどの時代でも通用するような普遍性もあるように思っていて、すごく面白い話なんですよね。オリジナルはVシネマという形式でしたから、Vシネマの枠を飛びこえて多くの方に観て欲しいと思ったのがこの話だったんです。
――おっしゃるとおり、復讐のストーリーってたくさん作られていますよね。それだけ作品のモチーフとして魅力的なのでしょうか。
古今東西たくさんありますけれど、ハッピーエンドが無いんですよね。『忠臣蔵』、『ハムレット』、『モンテクリスト伯』にしても、復讐が果たせたからといって、みんなが「良かった」という結末は無いんですね。虚しさも残りますし、そもそも犯罪行為ですから結局は裁きにあったり。でも、悲劇的な結末であっても復讐を果たさなければならない。そいう運命に抗えない人間心理が面白く、高橋君もそこをしっかりと書いてくれているので。哀川翔さんもとても楽しんでやってくれていたことを今でも覚えています。
――私はリアルタイムでは拝見していないのですが、黒沢清監督作品のファンの一人からするとヤクザものを監督が撮っているというのも意外ですよね。
哀川さんはとてもクレバーな方で、いわゆるヤクザ映画みたいなものもたくさんやっていらっしゃいますし、『蛇の道』も広い意味ではヤクザ映画に分類されるんでしょうけど、“切った張った”の世界ではなくて、非常に謎めいた復讐劇を外側から全て支配しいている神か悪魔のような存在、そんな不思議な役を魅力的に演じてくださっていました。
――そして今回、小夜子を柴咲コウさんがやることで、さらに謎が増した印象がありました。
柴咲さんは今回はじめてご一緒したのですが、独特の鋭い眼差しをされていますよね。全然似ていないのですが、哀川翔さんが演じた新島と同じ様な鋭さを表現してくれるのではないかと思いました。人を見透かした様な目というのですかね。それを出来る女性の俳優さんって他には思いつかなくて、恐々声をかけさせていただきましたが、二つ返事でOKをいただきありがたかったです。
――フランス語も素敵でした。
相当苦労されたとは思います。そこは俳優ってすごいですよね。柴咲さんも最初は丸暗記からはじめて、その後トレーナーがついて特訓しているうちに、ある時から自然と言葉が出てくる様になって。一般人にはとてもできない、役柄になりきるっていう能力が俳優にあるんでしょうね。素晴らしかったです。
実はフランス語以上に驚いたのは、身体能力です。僕は柴咲さんが出演している作品であまり激しく動く印象が無かったので、人を押さえ込んだり、走ったりするアクションシーンについては何の訓練もしてないんですけど。パッと出来ていましたね。何気ない、ペットボトルのキャップをパンッと投げるシーンとか、ナイフを投げ捨てるシーンとか、動物のように鋭く動かれるんですね。そこが嬉しい誤算でした。こんなに動ける方だと思っていなかったので。
――こんなに激しい柴咲さんを見たのは、『バトル・ロワイアル』以来かもしれません!
そうですよね、本当に。『バトル・ロワイアル』くらいかもしれないですね。目つきも鋭いんですけど、 全身の体の動きも動物的な動猛さがある方なんだなと。新島という役柄は基本的には非常に冷静で、アルベールという男に寄り添っている様に見えて、時々ギロリと心の奥に秘めた暗部を見せてくるんですよね。
――オリジナルと変わって、復讐のペアが男女になったことも面白いですね。
フランスでリメイクが決定した時に、根本的なところを大きく変えたいとは思っていたので、主人公を男性でなく女性にしようと考えました。オリジナルでも本作でも、「子供を殺された男」の復讐ですから、アルベールには妻やパートナーがいるわけですね。オリジナルでは男2人の話なので、夫婦の問題はまったく扱われていないのですが、本作の様に男女が復讐のペアを組むということで、「パートナーは何をしているの?」と脚本を書いている内に次第に気になり出したんです。
ダミアンは最終的にやっぱり自分の妻のところに行くし、小夜子も夫のもとへ行く。オリジナルと全く違う最終目的地っていうのができたっていうのは、主人公を女性に変えたことで自然に発生したことなので面白かったです。
――フランスでの撮影はいかがでしたか?
スタッフたちの多くは『ダゲレオタイプの女』の時と同じメンバーで、勝手知ったる部分もあり、非常にやりやすかったです。日本もそうなんですけど、 監督がやりたいと思うことを最大限の力を発揮して実現しようとしてくれる。俳優もそうですね。「監督がイメージしているものにできうる限り近づこう」と、もう本当に一生懸命全力を出してくれる方たちばかりで。気持ちが良かったです。
――素晴らしいですね。映像も、監督の作品らしい、綺麗さと不穏さが同居していて…。
かなり綿密に計算していて、撮影監督は『ダゲレオタイプの女』と同じくアレクシ・カヴィルシーヌという男なのですが、嬉々として細かいニュアンスを表現してくれていました。オリジナル版はフィルムなんですよね。この当時の低予算の映画に多いのですが、スーパー16ミリというのを使っていて、普通のフィルムよりさらに画質が悪いんです。その画質の悪さを逆手に取っているというか、ガサガサしているから不気味なんですよね。90年代のあの当時のスーパー16ミリの独特のフィルムのザラザラした画質の映画なんです。今回はデジタルなので、どうやってもクリアなんですよ。 ガサガサした感じにはならないんですが、クリアなりの不気味さというか、美しいと同時に底知れない雰囲気を撮りたいなと。クリアだけどその奥に何が潜んでいるか分からな感じを目指しましょう。と話していました。
――本当そうですね。オリジナルのザラザラもとても魅力的ですし、本作の様に美しいからこその怖さもあると感じます。ちなみに高橋洋さんは本作をご覧になっているのですか?
観てくれました。高橋君は「最後に(新島)小夜子が夫に見せた表情が怖かった」と言っていましたね。確かにあそこってオリジナルとはまた違う怖さがあると思うんです。そこが自分で作っていても、大いに驚きを感じた部分でしたね。
――時代を越えて、同じストーリーを全く違う作品として観ることができて、本当に幸せでした。今日は素敵なお話をありがとうございました!
撮影:オサダコウジ
(C)2024 CINÉFRANCE STUDIOS ‒ KADOKAWA CORPORATION ‒ TARANTULA
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