映画『お母さんが一緒』橋口亮輔監督インタビュー「普段は口に出さないけれど、みんな家族のことが意識にある」
ガジェット通信 / 2024年7月15日 19時30分
名作『恋人たち』(2015)から9年。稀代の映画監督・橋口亮輔が、 江口のりこ、内田慈、古川琴音、青山フォール勝ち(ネルソンズ)を キャストにむかえ、家族のわずらわしさといとおしさをユーモラスに描いたホームドラマ、 映画『お母さんが一緒』が公開中です。
親孝行のつもりで母親を温泉旅行に連れてきた三姉妹。 長女・弥生(江口のりこ)は美人姉妹といわれる妹たちにコンプレックスを持ち、 次女・愛美(内田慈)は優等生の長女と比べられてきたせいで自分の能力を 発揮できなかったと心の底で恨んでいる。そんな二人を冷めた目で観察する 三女・清美(古川琴音)。三姉妹に共通しているのは、 「母親みたいな人生を送りたくない」ということ。
温泉宿の一室で爆発する三姉妹の母親への愚痴は徐々にエスカレートし、 お互いをブラックユーモア満載に罵倒する修羅場へと発展。 そこに三女がサプライズで用意していた彼氏・タカヒロ(青山フォール勝ち)が現れ、 物語は思わぬ方向へ――
家族という一番身近な他人だからこそ湧いて出てくる不満や 苛立ちをユーモラスに描いたホームドラマの新たな傑作。橋口監督にお話を伺いました。
――作品大変楽しく拝見させていただきました!
ありがとうございます。それが1番です。
――監督は一人っ子でいらっしゃるんですね。私も一人っ子なので、姉妹のあの感じが大変そうだなあと思いつつ、ちょっと羨ましい部分もあって。
兄弟間の格差であったり、兄弟だからこその妬み嫉みがあり、でも絆もある。そんな所を分からないなりに描いて、自分でも羨ましかったですね。兄弟・姉妹という関係にすごく憧れました。ドラマ版が先に完成して1月から試写をまわしていたのですが、皆さんの様な記者さんや関係者、色々な方がご覧になって、真っ先に自分の家族の話をされるんですよ。「橋口さんの新作ですね」とかじゃなくて、「うちのお母さんがこうなんですよ〜」とかね。
その姿を見て、みんな普段は口に出さないけど家族のことが意識にあるんだなって。家族の話、良い話も大変な話をたくさん話してくれるみなさんを見て、良かったな、成功したなと思いました。琴線に触れられたということですから。自分が家族のことをこう思っていたんだと気付かされたりもして、観た後に居酒屋に行くと盛り上がるみたいです。
――映画の中で、とんでもない大喧嘩をするのに次の瞬間はケロッとしている。そんなところが笑えますし、愛しいですよね。
撮っていて、「これ、兄弟喧嘩の一線超えているよな」と思う時が何度かあって。他人同士でこれをしてしまったら、もうあの人もう無理ってなりますよね、ということも肉親の間だけに通用してしまう。そんな不思議なものを感じながら、撮影していました。愛美(内田慈)が「お姉ちゃん自分のことブスだって言うけど、 お姉ちゃんの人生が不細工なんだよ」といったセリフがありますが、ここは僕が書いたセリフなんですね。
このお話には原作(ペヤンヌマキが2015年に主宰する演劇ユニット 「ブス会*」で発表した舞台)がありますが、映像化にあたり少し補強する必要がありました。舞台版よりも先にドラマを作っていますが、舞台版よりも半歩ぐらい踏み込んだものにしないと、映画として物語が深くなっていかないだろうなと思いました。別にドラマが軽いとかっていう意味じゃなくてね。ドラマ版は毎週ありますから、仕事から帰ってきてビールでもあけながらテレビをつけて「あ、江口さんが出てる」って肩に力をいれずにフラッと観て欲しかった。それでいて心に残っていくストーリーがあれば良いなと。
でも同時に映画でも成立させなきゃいけないっていうミッションがありましたので、気軽な空気が流れすぎていても、映画になった時に何も残らないのではないかと思いました。そういう風に脚本を整えていって、新たに書いたセリフもあります。
――核心をつかれたというか、弥生(江口のりこ)にとっては強烈な一言ですよね。
愛美が「お姉ちゃん昔、私の彼氏に“似ているね”って言われて喜んでいたよね。美人の私と似ていると言われて喜んでたじゃん」といった言葉を放つシーンがあって、そのセリフは舞台版でもあるんですけど、慈ちゃんには本番前に「お姉さんを指差しながら言ってみて」と伝えました。挑発するように、感じ悪くやってほしいと。それは江口さんには言わないまま本番になって、江口さんが瞬時に反応して手をパチンと叩きました。あの瞬間はシビれましたね。現場で本当にムカついたみたいで、江口さんも「本当に嫌で反応してしまいました」と。
――すごい…もう現場では本当の三姉妹になっていたというか。
皆さんお忙しいから、すごくタイトなスケジュールだったのですが、夜遅くまで撮影をさせられないですから、「大丈夫?疲れていない?」と繰り返し聞いていたんですね。その度に皆さん「疲れているけど大丈夫ですよ。もう家族なんで」と口を揃えて言っていました。
――江口さん、内田さん、古川さんの三姉妹なんて、もう絶対に観たい!!!と思わせる最高のキャスティングですよね。
江口さんも「この兄弟で良かった」とおっしゃっていました。みんなお芝居が好きだから、「私はここに仕事で来ています、他の人のことなんか知りません」みたいな感じではなくて、どうやって演じていこうか、どうやって兄弟になろうかみたいなことをね、ずっと3人で話していたみたいです。みなさん「私と違う芝居をしてきて、それが面白い」とおっしゃっていました。
――お互いを認め合っている3人の俳優さんということが素晴らしいですね。皆さん今とてもお忙しいと思いますが、橋口監督の作品だから出たいということもあると思います。
ありがたいことにそうおっしゃっていました。特に江口さんは、江口のりこ=上手で面白い女優さんという認識が広がっていて、みんなの中でキャラクターが出来上がっているから、現場に行っても「面白い江口のりこさんでお願いします」「おひとり様らしい江口さんで」とかって、お題がもう最初から固まっているんですって。それについて本人は少し悩んでいて、それも売れたということの証だと思うのだけど、「ありがたいのですが、シーンまるごと無茶ぶりされるとちょっと辛いです」と話していました。なので、本作でみんなで一緒に作り上げられたことが嬉しかったと。
江口さんとは『ぐるりのこと』(2008)でご一緒していて、セリフが一言だけのシーンだったのですが、すごく印象に残っていて。弥生のことは憎めない人にしたかったから。口うるさいけれど、悪役ではなくて様々な感情を抱えているチャーミングなお姉さんにしたかったので。
――一重を気にしているメイクをしているところもいじましいですよね。メガネの相田にティッシュを挟んでいて、それにあとから気づいて大騒ぎするところも可愛かったです。
これは台本になかったんですよ。リハーサルをやっている時に、アイデアを話して江口さんもやりましょうと。あれ実話で、僕がカフェでコーヒーを飲んでいたら、実現出来なそうな儲け話について大盛り上がりしている3人組がいて、僕は内心(絶対うまくいかないと思うけど、盛り上がっているなあ)と聞いていました。暫くしたあと、3人組の中の一番年上の女性がメガネにティッシュを挟んでいたことに途中で気づいて、「なんで言ってくれないの!本当いじわるねえ!」って騒ぎはじめて。その光景を見た時に、あ、これが本当の3人の関係性なんだなと思って。今まで実現性を見込めないような儲け話を話していて、盛り上がっているように見せながら、誰もそれが商売になるとは思っていなかった。さらにその年上の方がもっと2人と距離をつめたくて、「私ってこんなに抜けてるところがあるのよ。隙がいっぱいあるからツッコんでいいのよ」というのをやっている様に僕には見えた。そんなことを江口さんに話したら、「やりましょうよ」と言ってくださったので取り入れています。
――そんなカフェでの一幕があの演出につながっているなんて感激です。そんな三姉妹の中に、清美の恋人役の青山フォール勝ち(ネルソンズ)さんが入ってきて。
なんだかんだ青山くんが一番スケジュールがタイトだったかもしれないです。福岡の営業から戻ってきましたとか、一回東京に戻ってまた来ます、とか。僕が青山君を選んだのは、大好きな中川家さんのYouTubeチャンネルにゲストで出ていた回を見たことがきっかけです。その中で、ネルソンズの3人が全部スベッていたんです。普通だたら、そのスベッたことも含めて、「勘弁してくださいよ!!」みたいにネタにするところだと思うのですが、その時の3人は「あ、すみません」みたいな感じで笑っていて。特に青山君が全然出来ていないのに、にっこり歯を見せて笑っていて。それを見た時に「こいついいやつだな」と。彼の人柄があれば、3人の修羅場に入っていくタカヒロを演じられるのではないかと。修羅場の真っ最中に全然違う話を出来るパワーを持っているだろうと思ったんです。
――本当に素晴らしくて、本作をきっかけにまたお芝居を見たいです!
お笑いの方の賞レースにかける意気込みってすごいですし、ネルソンズなんて舞台に立って、テレビも出て、YouTubeもやっているから、スケジュールがシビアだなと思いダメ元でのオファーだったんです。制作スタッフが吉本興業さんに電話して「ネルソンズの青山さんにドラマのオファーがありまして」と伝えたら、「え!和田まんじゅうじゃないんですか?」と言われたそうですけどね(笑)。
青山君はお芝居にも挑戦してみたかったみたいで、快諾してくれました。彼は僕の作品を観ていないですから、だって、青山君の一番好きな映画って『アベンジャーズ』なんです。『アベンジャーズ』が生涯最高の映画だという男は僕の映画は観ないだろうと(笑)。青山君の人柄なり、優しい心根をそのまま出したいから、『恋人たち』の感情を吐露するシーンを見て欲しいと伝えたら、「こんなすごい演技僕には出来ません…」って。いやいや、そういう意味じゃなくて、本人の内面がグッと滲み出るシーンを撮りたいから青山君にお願いしたんだよと話しました。現場では古川(清美役)さんともすぐ仲良くなって、足でじゃんけんとかしていて。「いつの間にそんなに仲良くなったの?」と聞いたら「だって家族になるんですもん」って。すごく自然に空気が出来ていることに驚きました。
――素晴らしいですね…!橋口作品のファンの方も、また新鮮に感じられる作品なのではないかと思いました。
原作もありますし、本作を通して僕自身の家族とか、日本社会における問題や違和感を描きたいということは無かったんです。それをやると原作のノリを超えてしまうことになってしまうのでと。舞台版を1回解体して映像版として再構成する時に、生きた人間のお話にしたかったんですね。特に弥生さんはただ口うるさくしている意地悪な人ではなくて、この人なりに一生懸命ひたむきに生きてきた結果がそうなのであると。そんな共感を持ってこの作品を楽しんでくださったら嬉しいです。
――今日は本当に素敵なお話をありがとうございました!
(C)2024 松竹ブロードキャスティング
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