“青の渋谷”はどうやって撮られた?『ブルーピリオド』萩原健太郎監督に聞く制作の裏側 この映画こそが「情熱は、武器だ。」
ガジェット通信 / 2024年9月3日 10時0分
2017年6月に月刊アフタヌーンで連載が開始すると瞬く間に、「TSUTAYAコミック大賞」「このマンガがすごい!」など国内の主要漫画賞にノミネートされ「マンガ大賞2020」を受賞するなど国内外で絶賛、アニメ化やYOASOBI「群青」とのコラボレーションでも話題を集め、累計発行部数は700万部を超える大人気傑作漫画「ブルーピリオド」(作:山口つばさ)。主演に眞栄田郷敦さんを迎え、萩原健太郎監督で実写映画化。現在大ヒット上映中です。
SNS上では、圧倒的熱量で作られた本作に向けて「良すぎるから絵描いてる人も描いてない人も全人類みてほしい」、「映画化してくれてありがとうございます!間違いなくこの夏いちばん熱い映画です!」など熱烈な声が多く寄せられ、好きなことにひたむきに挑戦する若者たちの姿に「自分の好きを極めたくなったり、新しいことに挑戦したくなる作品で、背中を押してもらえる」、「何回も胸が熱くなって自然と涙が」、「お母さんとのシーンでボロ泣き、心に沁みました」と感動する声が続出。筆者もとても感動し、多くの方に観ていただきたい作品です。
本作を手がけた萩原健太郎監督に、制作の裏側やこだわりについてお話を伺いました!
――本作大変楽しく拝見させていただきました。素晴らしかったです。原作を読んだ時に、こう映像的にこのシーンをこう見せたいっていうのはすごい浮かんできたのですか。
原作は、プロデューサーから紹介されて読み始めてすごく面白く読ませてもらったのですが、どういう映像を作りたいかは全く思い浮かばなくて。すごく難しいなと思ったんですよ。映画って“ムービー”と言うくらいですからアクションで見せるものだと思うのですが、「ブルーピリオド」は動きが少ない作品なので、どう見せれば良いか悩みました。それで、VFXスーパーバイザーに相談をして映画全体のキービジュアルとなる青の渋谷のコンセプトアートを作りました。その時「ブルーピリオド展」が開催されていたので、青の渋谷をどう見せるかということがキーになると思い、こだわって作っていきました。
――色々な青が混ざり合っていて、本当に美しい絵と美しいシーンですよね。
最近は渋谷の街並みを撮影しようとすると、栃木県・足利にあるスクランブル交差点のオープンセットを使って後からCGを合成するのですが、本作でそれを使うのは避けたい思いました。絵を描くということはすごくアナログな行為なので、出来るだけCGを使わずアナログな表現がしたかったんです。制作部もすごく頑張ってくれて、早朝の渋谷に何度もロケハンに行って何がベストなのかを探りました。実際に早朝の渋谷を撮ってみたら、本当に青いんですよ。逆に後から少し色味を抑えたくらい青くて。確か脚本の吉田玲子さんがおっしゃっていたのですが、「原作の山口つばささんもきっとこの青を見たんでしょうね」って。
――本作にはいくつか「どうやって撮ったんだろう」とワクワクするシーンがありましたが、このシーンは特に素晴らしいですよね。実際の渋谷での撮影は大変そうですね…!
とても大変で。制作部のみんなは、まさにこの映画のコピー「情熱は、武器だ。」を体現してくれました。周りの先輩とかにも「渋谷でなんか撮影出来るわけないだろ」みたいなことを散々言われて、渋谷警察とも1年ぐらい交渉したらしいんですよ。でも無理だとずっと断られ続けて。悔しくて泣いていました。たくさん考えて、「109に許可をもらえばいけるかもしれない」となり、109の敷地で撮らせていただきました。どうしても上に行かないと撮れない絵なので、駐車スペースにハイライダーの車を停めて。20メートルぐらいカメラを突き出して撮影をしました。夜明け前の1時間という約の中で4カットらないといけないから、事前の準備を入念に行いました。
CGで作られた渋谷の街に撮影予定日と時間帯をセットすると、そのライティングになるんですよ。そこから、何メートル クレーンを付き出せるか、何ミリのレンズをつけてどの方向を向いたらどういう絵になるかということを全部シミュレーションして、全ての時間を計算して撮影しました。
――皆さんの情熱、本当に素晴らしいですね…!一年も交渉されて。
制作部の頑張りって、あまり表に出ることが無いじゃないですか。でもみんなの頑張りがあって映画が完成するので。
――各部のプロフェッショナルなお仕事と頑張りがあって素晴らし作品が出来るのですね。
美術の宮守由衣さんも「美術部は美大生出身者、もしくは美術予備校経験者で揃えます!」と意気込んでくれて、皆とことんディテールまでこだわろうとしてくれていました。
――“良い絵”って映像で表現するのがすごく難しいと思うのですが、八虎が予備校で最初にデッサンを描いたシーンで、みんなの作品をズラリと並べた時に残酷なほど違いがあって。
あれはみんな上手すぎるんですけどね。でも良い絵についてはおっしゃるとおりで、プロデューサーも「何が良いのかが映像で伝えづらいかも」と懸念していました。(眞栄田)郷敦含め、全員が美術監修の海老澤先生の講義を受けて。予備校で教える何年間かのカリキュラムを、ギュッと濃縮したものを教わりました。僕も座学を一緒に受けたのですが、「何が良いか」というのがかってくるんですよね。特にデッサンは技術の差が分かりやすいので、あの様なシーンを作りました。
――八虎さんを郷敦さんにお願いしたのは最初から決めていたのですか?
八虎を誰にお願するのかは色々と考えたのですが、(郷敦さんが)ドラマ『エルピス-希望、あるいは災い-』などで台頭してきて、すごく芝居が上手くなったなと感じていました。1回仕事をしたこともあって、インタビューなどでも僕ともう一回やりたいと言ってくれていたので、僕もぜひお願いしたいなと。原作の八虎って、もっとバランスが良いと思うんですよ。遊びまくっているのに頭も良くて、友達もたくさんいて。郷敦が演じることで、よりやんちゃな男子感が出たなと感じています。郷敦にしか出来ない八虎になったのではないかと思っています。
――原作のイメージをつけたくなかったのかもしれませんよね。
そうだと思います。僕はそれがすごく良かったんですよね。このオーディションの時もそうでしたけど、「アニメを見てきました」という子が最近多いんですよ。今また別の漫画原作の作品を作っているのですが、そこでもみんなそう言ってくる。どういうキャラクターかということをリサーチするのは必要ですけれど、何でアニメを見てくるんだろう?と思うんですね。
――私がこういう言い方をすることもおこがましいですが、完全に再現した実写化をするなら、実写化をする意味が無いと思ってしまうんですよね。漫画、アニメ、映画それぞれの違った魅力があると思いますので。
そう思います。漫画やアニメをそのままコピーするものでは作る必要が無いと。映画は映像なので、僕は出来る限りセリフが無い方が良いと思っていて、セリフにせずにどう映像で見せるかということを工夫しました。原作に良い言葉がたくさんあるので、そこをどれだけ入れるかというのは試行錯誤して。「俺の心臓は今、動き出したみたいだ」というモノローグを入れていますけれど、編集の段階で何度も消したり戻したりしていて。映像では言わなくてもいいかな、と思う部分もあったのですが、郷敦の芝居であればそれも成立するのだろうなと思い入れています。
――素敵な八虎をありがとうございました。他のキャラクターのキャスティングも本当に最高でした。
ユカちゃん(鮎川龍二)役がすごく難しくて、原作の表現だと「女の子に間違われることがある」ということで、女性をキャスティングした方が良いのかな、とかLGBTの方にお願いしようかとか色々と考えました。ユカちゃんの様に生きている方にインタビューや取材をする中で、表層的な部分をなぞるのではなくて、ユカちゃんの芯にある強さを表現してくれる方が良いなと思いました。それで高橋文哉君にお願いしたのですが、素晴らしいお芝居をしてくださいました。
――すごくカッコ良くて、強くて、でも繊細で、素敵なユカちゃんでしたね。
森先輩役の(桜田)ひよりちゃんと、世田介役の板垣(李光人)君は、漫画を読んだ時にこの2人に演じて欲しいと真っ先に思いました。
他のキャストについても、美大生のキャラクターを受ける方にはオーディションでも実際に絵を描いてもらったんです。絵を描いた経験がある人と無い人では全然違うなって。絵を描いている人って、すごく自分自身を持っているというか。自分の考えがハッキリしている人が多くて面白いなと思いました。芋生(悠)さんなんかは高校の時に美術部で、実際に藝大を受験しようとしていたそうです。
――監督もアメリカの美術大学に通われていましたが、美大卒業生として本作に感じたことはありますか?美大時代の話もお聞きしたいです。
僕が行っていた学校はハードコアな大学で、ビートルズのジャケットを手がけられたグラフィックデザイナーの先生がいて、その先生はすごく個性的でした。生徒の作品を燃やしたり、お尻で作品をバン!って叩いて「お前の作品は俺のケツ以下だ!」とか言ったり…(笑)。でもそうやってかなり変わっていますけれど、生徒には慕われていて。生徒のことを学生として見ていないんですよ。1人のアーティストや映画監督として見てくれていて、「そんなんじゃプロとしてやっていけないぞ」という視点で色々なことを教えてくれました。僕が在籍していた映画学部は1学年に14,5人ぐらいしかいなくて、その少人数の中に世界中から才能が集まってきている感じで。自分のこの才能の無さを何度も突きつけられましたし、そこは八虎にすごく共感出来ます。
日本に帰ってきてからも、たくさんの才能を見せつけられて、自分に何が出来るんだろうとか、自分だから出来ることってなんだろうと常に考えていました。それに対する答えの一つとして、「情熱は、武器だ。」というこの作品のテーマが素晴らしいなと。本当に素晴らしいコピーを宣伝部が考えてくれて。先ほど制作部の話をしましたけれど、宣伝部もものすごい情熱で宣伝活動に取り組んでくれていたので、感謝しかないですね。
――映画の中で、恋ヶ窪が八虎に影響を受けて自分の夢を追い始める決意をしますよね。あのシーンが大好きです。一生懸命何かに取り組んでいる人には、一生懸命な人が集まるんだなと。
ありがとうございます、僕も好きなシーンなので嬉しいです。恋ちゃんと八虎のあのシーンは、原作ではラーメン屋で、台本では最初は土手でした。土手って現実世界ではなかなか行かないし、土手で話すと何かいい話をしそうで嫌だったんです。ケーキ屋さんにしようと思って色々とロケハンしている中で、実際に撮影させていただいた青山のキルフェボン決めたんですが店内が少し狭いんです。カメラマンも「ここだと良いアングルがきれない」と心配がっていたのですが、だとしたらその方がリアルだと。隣の席とも近い、大事な話をするには向いていないシチュエーションで話すことに一つ壁が出来ることが良いなと思っていたのですが、結果兵頭功海君がすごく良い芝居をしてくれて。郷敦に「最後にタルトを食べて欲しい」と伝えて撮影をしていたのですが、1口くらい食べるのかなと思ったらバクバク食べて。「パティシエを目指そうと思う」と打ち明けられたことに対して、明確なこう返事はしてないんですよね。その言葉に対してタルトを食べ切るいうアクションで返事をしようと考えてくれたんだと思います。
――誰かの好きを否定しない、本当に大好きなシーンです。この映画を観て、映画監督や映画に携わるお仕事をしたいと思う方もたくさんいると思います。そんな方に何かメッセージをいただけますか?
若い方にそういった質問をされることもあります。僕がやってきたことって、他の人がやらないことを探ることだったんですね。みんなと同じことをやってもしょうがないじゃないですか。どうしたら相手の心を動かせるのかのということを考えて。本作の八虎もそうしていましたよね。原作ではより戦略的な部分が強く出ています。そして、情熱を持って取り組むことも何より大事だと思います。僕も映像が大好きで、今大好きな仕事に携わらせてもらっていますから。
――この映画を観て、自分の好きなことを頑張ろうって思う方が増えると思います。
そう思っていただけたら何よりも嬉しいです。
――最後に監督のお好きな絵や画家さんがいらっしゃれば教えてください!
原田マハさんの『楽園のカンヴァス』という作品にルソーが登場するのですが、ルソーの絵って周りには馬鹿にされていたというか、下手という評価だった様で。要は影とかパースがおかしいということなのですが、それでも魅力的なんですよね。絵が技術的でうまいことはもちろん大切なのですが、それを超えた魅力的な絵があるのだなと面白いなあと思います。
――今日は本当に貴重なお話をありがとうございました!
▲夢 (アンリ・ルソー)
撮影:オサダコウジ
【関連記事】映画『ブルーピリオド』絵画総括の海老澤先生に聞く「美術の世界、美術に夢中になる人の気持ちをたくさんの方に分かっていただけることが嬉しい」
https://getnews.jp/archives/3553875
『ブルーピリオド』大ヒット上映中!
<STORY>
生きてる実感が持てなかった。あの青い絵を描くまでは―これはからっぽだった俺が、初めて挑む物語。
ソツなく器用に生きてきた高校生・矢口八虎は、苦手な美術の授業の課題「私の好きな風景」に困っていた。
悩んだ末に、一番好きな「明け方の青い渋谷」を描いてみた。
その時、絵を通じて初めて本当の自分をさらけ出せたような気がした八虎は、美術に興味を持ちはじめ、どんどんのめりこんでいく。
そして、国内最難関の美術大学への受験を決意するのだが…。
立ちはだかる才能あふれるライバル達。正解のない「アート」という大きな壁。経験も才能も持ってない自分はどう戦う!?
苦悩と挫折の果てに、八虎は【自分だけの色】で描くことができるのか。
<CAST&STAFF>
眞栄田郷敦
高橋文哉 板垣李光人 桜田ひより
中島セナ 秋谷郁甫 兵頭功海 三浦誠己 やす(ずん)
石田ひかり 江口のりこ
薬師丸ひろ子
原作:山口つばさ 『 #ブルーピリオド 』(講談社「月刊アフタヌーン」連載)
監督:萩原健太郎
脚本:吉田玲子
音楽:小島裕規 “ #Yaffle ”
主題歌:WurtS「NOISE」(EMI Records / W’s Project)
製作:映画「ブルーピリオド」製作委員会
制作プロダクション:C&Iエンタテインメント
配給:ワーナー・ブラザース映画
(C)山口つばさ/講談社 (C)2024映画「ブルーピリオド」製作委員会
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