「必殺本まつり」開催記念鼎談 高鳥都+髙橋佑弥+山本麻「秘話大告白」前編
ガジェット通信 / 2024年9月30日 12時0分
人気テレビ時代劇「必殺シリーズ」のスタッフを中心にインタビューを敢行し、異例の大ヒットとなった高鳥都氏の「必殺シリーズ聞き書き三部作」。驚くべきことに豪華俳優陣を中心とした、まさかの第4弾『必殺シリーズ談義 仕掛けて仕損じなし』が10月18日に発売予定となった。また、刊行に先駆けて9月19日より必殺シリーズ52周年を記念した立東舎×かや書房の共同フェア「高鳥都の必殺本まつり」が全国の書店でスタートし、5月刊行の高鳥氏の新著『あぶない刑事インタビューズ「核心」』は「書店員が選ぶノンフィクション大賞2024」にノミネートされている。
今回は「高鳥都の必殺本まつり」開催を記念し、雑誌『映画秘宝』で新刊映画本の書評放談を連載している新鋭ライターコンビ・髙橋佑弥&山本麻両氏と高鳥氏との鼎談が行なわれた。「高鳥ファン」を公言する両名による質問は途切れることを知らず、話題も必殺シリーズに留まることなく広範に展開。そんな鼎談の模様をお届けする二部構成の「前編」では、高鳥氏のライターデビュー秘話から取材術まで、さっそく驚きのエピソードがいくつも飛び出した。お楽しみいただけたら幸いである。
9月19日より全国56の書店でスタートした「高鳥都の必殺本まつり」
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ライターデビュー秘史
髙橋 いきなりこんな話から切り出すのはわれながらどうかと思うんですが、まずは必殺本でもあぶ刑事本でもなく……これらのお仕事をされる前の話、いわば『必殺シリーズ秘史』にいたる前史についてお伺いしたいなと。ライターとしてのデビューは、雑誌『TRASHーUP!!』Vol.6(2010年)に載った約1万5千字の長文「消えた映画群 東映ニューポルノと依田智臣」ですよね。
高鳥 そ、そこから……まず東横線の学芸大学駅にあった「ひらいし」という古本バーに当時よく通ってたんですね。1階が古本屋とカウンターで、店主が本好きだから2階と3階にも本が置いてある。もう亡くなられたんですが、店主は週刊誌のOL告白記事を得意としたベテランライターで必然的にお客さんも本や映画の話をするひとが多いわけですよ。そんななかで飲み友達が、たまたま来ていた『TRASH-UP!!』編集長の屑山屑男さんを紹介してくれたのがきっかけです。
山本 以前、書泉グランデで行われた吉田豪さんとのトークイベントでも、デビューの経緯に触れていましたが、ライター未経験にもかかわらず、その場の勢いで「いいネタあるので、書きますよ」と切り出したとか……(笑)。
高鳥 いま思うとムチャクチャなんですが、「誰も書いていない面白いものをお見せしますよ」と、山岡士郎みたいなことを言ってしまったという(笑)。初期の『TRASH-UP!!』は、各ライターがそれぞれの得意ジャンルで自由に腕を奮っていて、特に柳下毅一郎さんが謎多き怪作ピンク映画監督について書いた「わいせつ男獣・関良平」なんて素晴らしかった。ものを書くとしたら、そういった自分にしかできないネタをやりたいな〜と思ってたんですね。まだ一文字も書いてないのに。
山本 それが、俗に「500万ポルノ」とも呼ばれる東映ニューポルノの作品『処女かまきり』(73年)や『史上最大のヒモ 濡れた砂丘』(74年)の監督である依田智臣だったと。
高鳥 東映ニューポルノ自体は先達のライターも言及していますが、ジャンルの全貌を明かすテキストが存在しなかった。映画雑誌に記録が残ってない作品もある。しかも依田智臣の場合、一流大学を出て東映に入社して助監督から監督というお決まりのコースじゃなくて、もともと松竹京都撮影所で大部屋俳優をやってたとか、エログロ路線のときに東映の社員助監督がボイコットした石井輝男作品の現場に契約助監督の立場で付いているとか、その後は劇団を主宰しながらスプラッターAVを撮っているとか……そうした点と点をつなげてゆくと、面白いんじゃないかと思った。要は誰もやらない大穴を狙ったんですね。それからツカミが大事なので、冒頭に「謎のポスター」というミステリ的なフックを入れました。
山本 依田智臣は森﨑東の『喜劇 特出しヒモ天国』(75年)の助監督もやってるんですよね。驚きました。
高鳥 女優の中島葵の追悼本で川谷拓三が回想してましたが、『ヒモ天国』のときも森﨑と一緒に依田がホン直しに加わっている。もともと森﨑東は松竹京都の助監督として大部屋俳優をふくめた組合活動に熱心で、もちろん面識もあったでしょうね。
髙橋 いま、デビューの経緯を直接お聞きして、あらためて意外というか驚いたんですけど、お酒が入ってたにしても、未経験の状態で「書きますよ」なんて言い出せるものかなと(笑)。たとえば編プロで働いていたとか、覆面ライターをやっていたとか、そういう経験があればまだ分かるんですが。そういうことでもなく……。
高鳥 ただの素人です。しかも30歳という。
髙橋 いざ「書いていいよ」って言われたとしても、もし自分だったら、なにから手を付けたらいいかも分からず、絶対にあたふた戸惑うだろうなと。「その場の勢い」と言われたら、それまでなんですが。
高鳥 飲んでたから(笑)。結局、酒は怖いっていう話になっちゃうんですけど。
山本 それだけなんでしょうか? そのときの酒量はどのくらいだったんでしょう。
高鳥 こんな話、誰が喜ぶのかわからないですけど、別に酔っ払う量とかではなく。だから、やりたいという気持ちはあったんでしょうね。ただ、自発的に何かを書いて売り込むほどの熱意もないというか。でも……依田智臣もそうですが、日々読書や古本漁りをするなかで「これをやったら面白い。なのに、なぜ誰も書かないのか」という企画のストックがぼんやりあったんです。
髙橋 それこそ昔の映画雑誌なら、投稿者からプロになる例もありましたよね。佐藤忠男さんとか。そういうモチベーションではなかったと。
高鳥 嫌じゃないですか、売り込んで断られたら(笑)。本当に書きたかったら、例えばネットもあるわけで。当時は映画ブログが盛り上がってて読むのは好きでしたけど、自分で書いて発信しようという熱意はなかった。そもそも自分が書くような題材がインターネット上でウケるかというと、そうじゃないだろうと。その点『TRASH-UP!!』なら、きちんと文章をレイアウトして読めるものにしてくれるじゃないですか。そういう場があって、タイミングも合って、最初にしてはいい結果を残せたという。
髙橋 そもそも当時、東映ニューポルノの作品群は、どのくらい見れる状態だったんですか。
高鳥 ほぼ見られなかったですね。ようやく牧口雄二の『玉割り人ゆき』(75年)のDVDが出たくらい。あとは、なぜか90年代に依田智臣のVHSが1本だけ出ていた。
髙橋 ということは、基本的に資料で……。
高鳥 記憶と手元にある資料がメインで、国会図書館と大宅壮一文庫にも行きました。極端な話、映画の文章って見なくても書けるじゃないですか。だから想像の翼を広げて、点と点をつなげる……これは昨今の陰謀論と同じ、あやういフォーマットですが(笑)。
髙橋 そもそも映画史のなかには、フィルムが失われて見ることが出来ない作品も無数にありますもんね。見なければ書いてはいけないと考え始めると、書けないことがたくさん出てくる。
高鳥 とはいえドラマ版『眠狂四郎』(72-73年)で1本だけ依田智臣が撮った回とか、テレビの作品は見てたんですよ。
髙橋 第25話「黒髪が殺しを呼んだ」ですね。再会した男女の周囲を旋回する、まるでファスビンダー監督作と見紛うような撮影が忘れ難いです。
高鳥 冒頭の山城新伍が石畳を走るショットから見事ですよ。もちろん本家大映の井上昭たちが組んだフォーマットに沿ってはいるのですが、あの情感と様式美を見てしまうと「こと『眠狂四郎』については牧口雄二より依田智臣が上である。みな、それに着目せねばならぬ」と、まぁシネフィルよろしく思うわけですよ。要は依田智臣ってキャリアだけでなく作品も面白い……それがモチベーションでした。
山本 最近は配信などで、ずいぶん色々な作品が容易に見られるようになってきましたけど、東映ニューポルノの作品は、まだまだなかなか見ることができない。
髙橋 実際われわれも「高鳥さんの原稿で知ってはいるけど見ていない」という状態が長いこと続いていて、ようやく今年のラピュタ阿佐ヶ谷の特集上映に通って見ることができたばかりです。とりわけ、ずっと見たかった『史上最大のヒモ 濡れた砂丘』は本当におもしろくて。素晴らしき哉、川谷拓三劇場!という感じでした。
山本 女性銀行員がヒモ男に規格外の大金を貢ぎ続けた「滋賀銀行9億円横領事件」の映画化ですが、逮捕が73年10月で、映画が74年12月公開という電光石火のフットワークには笑っちゃいました。この事件に限らないですけど、昔の日本映画はすぐ映画にしちゃいますよね。
髙橋 この事件も、同年に10ヶ月先駆けて日活ロマンポルノ『OL日記 濡れた札束』が作られているし、81年には『滋賀銀行九億円横領事件 女の決算』という2時間ドラマにもなってる。これがまた傑作で。
山本 じつは今年のニューポルノ特集は2度目。そもそも初回の2013年も高鳥さんの記事がきっかけですよね。編著のVシネ本(『別冊映画秘宝 90年代狂い咲きVシネマ地獄』)のときも、必殺本のときもラピュタで記念特集がありました。
高鳥 たびたび特集上映になったのは運がよかったです。必殺シリーズの特集は、必殺ファンだけでなく名画座ファンに支えていただいた印象がありますね。この特集だけは自分から提案して「やりませんか」と仕掛けました。
髙橋 われわれも「必殺大上映 仕掛けて仕損じNIGHTS」に通って、八割がた見ることができたんですが、すっかり『必殺からくり人 血風編』(76-77年)のファンになってしまいました。石原興さんの撮影作を集中的に連続で見ていくなかで、かえって中村富哉さんの撮影がいっそう新鮮に感じられて。
山本 クレーン撮影が贅沢ですごいんですよね。配信もあるから自宅でも見れるわけですが、それを劇場で見るという体験も楽しかった。本当にいい特集でした。
「都」印のインタビュー術(?)
髙橋 ライターデビューのあと、同じく依田智臣の流れで『処女かまきり』などにご出演の女優・桜マミさんにインタビューもしていますよね。録音機を持って行き忘れて記憶で仕上げたという話を聞いた覚えがあるのですが。
高鳥 知らなかったんですよ(笑)。レコーダーを持っていくものだというのを。
山本 いま、あらためて記事を読んでも、とても記憶で仕上げたとは思えないです。
髙橋 のちの必殺本の特徴でもあるわけですが、すでにこのときから、質問ではなくまず発言者の言葉で記事を始めていることに驚きました。個人的に、インタビュー記事は聞き手が立ちすぎていてノイズに感じることも少なくないんですよね。その場で実際に、いい質問、いい切り返しをしているのかもしれないけれど、それをわざわざ残す必要があるのかよと。なので、高鳥さんの慎ましやかなインタビューは、読んでいて本当にストレスがないというか、すごく心地がいい。
山本 できる限り聞き手の言葉を最小限に、というスタイルは意識的に採用されているものですよね。
高鳥 そうです。聞き手の発言が多いと、読んでいて鬱陶しいじゃないですか。それこそ阿川佐和子や吉田豪くらい「芸」が確立されている人はさておき。文字数の制限もあるなかで自己アピールを残すよりは、ピンポイントで短く切り上げたい。導入のリード文があればインタビュイーの発言から始まったとしても、問題ないだろうと。サッと始まるのが好きなんですよ。
山本 無駄を省くという点ではストイックなアプローチとも言えますが、これ見よがしではないというか、さりげなくて自然だから、意識することなくツルツル読み進めてしまう。
高鳥 貧乏性なんですね。ウェブのインタビュー記事なんか読んでると、外国の監督が「それはいい質問だね!」「そんな独自の視点は君が初めてだよ!」みたいに聞き手を称揚する発言がそのまま使われてたりする。本心かリップサービスかは置いといて、「正気かぁ」と思いますね。そんな文字数の余裕があるなら、別のエピソードを入れてほしい。
髙橋 高鳥さんは、過去の著者インタビューで「インタビュー作法みたいなものは特にない」とお答えになっていましたが、取材前の準備はどうしてますか。というのも必殺本の場合、作品単体のインタビューではないですし、DVDで1本を入念に見ておけば済むとか、ひとつの事柄を集中的に調べて把握しておけば聞けるという内容ではありませんよね。
高鳥 『必殺』に関しては、もともと好きな作品なので、要の何本かは見返しますけど、あとはけっこうなんとかなるというか。
山本 え! ということは、監督、撮影、照明といった方々に取材するとき、その方の特徴を指摘してから具体的に方法を聞いてゆく流れがあると思うんですが、それらの細部の個性みたいなものも、インタビューのために分析するというわけではなく、ファンとして見ていたころからある程度認識していて……。
高鳥 多少は、ですけどね。たとえば工藤栄一の監督回なら過剰な光と影とか、石原興の撮影だと望遠レンズの凝ったカメラワークとか。毎週の番組なので、飛び抜けて別物になっても困るけれど、とはいえ色々な人が撮っているから多少の違いは出てくる。ただ、こっちもそんなに覚えてないし、向こうはそれ以上に覚えてなかったりするので(笑)。
髙橋 インタビューって、読者は完成形だけを目にするわけで、もとの素材は分からないじゃないですか。要するに編集がどういうふうにされているか知りようがない。ある程度、想像を膨らませたりはするにしても、どうしてもすごく円滑にやりとりが進んでいる、すごく巧みに話を促しているように見えてしまうんですが。
高鳥 ぜんぜんそんなことはないんですけどね。でも、髙橋さんが挙げていた、ぼくの「インタビュー術は特にない」という発言も鵜呑みにしちゃダメですよ。そりゃあ、たしかにそんなふうに答えましたけど、ないわけないじゃないですか(笑)。
山本 そりゃそうだ……。
髙橋 ……ハイ(苦笑)。
高鳥 よく「これは第○話のことですね」と即答できるのがすごい!みたいな感想をいただくことがありますけど、いうまでもなく、あれは後から足してるだけです(笑)。必殺本の強みは、インタビュー対象が基本的にスタッフなので、関係性を築けば、あとから電話でちょっと追加で聞けたりもするところ。そういう面でも、一発勝負の俳優インタビューに比べれば多少はなんとかなる。
髙橋 われわれも、ごくたまにインタビューをする機会があるのですが、困ったことにぜんぜん話が弾まないんですよ。どうしても性格的な要因もあって一問一答形式になりがちで、なおかつガチガチに「準備してきました!」という感じになっちゃうんです。質問百連発みたいな感じで、ひとつひとつぶつけて答えを得るけど、それを広げるわけでもなく、次の球を黙々と投げ続けるというような……。これが結構悩みというか、自分以外はもっとキャッチボールできているにちがいないというパラノイアがあって。
高鳥 いや、こっちの取材もそのまま外には出せないですよ。本を売るために版元が「インタビューの名手」ってぶち上げてますが、とんでもない。シラフでは全然しゃべれない。いまも明らかに要領を得てない自分の話ぶりを、あとで上手に整理してもらえるんだろうなと期待しています(笑)。
髙橋 とはいえ、手帳を胸元に構えて、ジッと相手を見つめて、あまりにも事前準備を匂わせる感じだと威圧感を与えるというか、どうしても相手も構えてしまうでしょうし、そうじゃないほうがいいだろうと思ってるんですが。だから、ほかの方はどうしてるんだろうといつも考えるんですよね。
高鳥 ぼくも自己流というか、だれかのインタビューに付いて行ったりしたことがないんですよね。本来ならどこかで学んだほうがよかったとは思うんですけど。このさいなので、こちらの手の内をすこし明かすと、だいたい質問の用紙を2〜3枚用意して……あ、今日持ってるのでお見せしますね(取材メモを取り出す)。こんな感じです。
山本 A4用紙2枚にわたって、箇条書きで簡潔に質問案が書いてありますね。
髙橋 でも、あくまで箇条書きでもある。一言一句、質問が台詞みたいに書いてあるわけではない(笑)。
高鳥 それを取材中は手元に置いておく。それから先方にもペライチの作品データだけ渡します。作品名と脚本家と監督だけ載っけたシンプルなもので、それらの単語から思い出されることがあったりするので。あと、インタビューしていると当人の持ちネタみたいな、話し慣れている鉄板エピソードを聞く流れになったりするじゃないですか。そういうときは「それってどういうことですか?」と、ひとつふたつ踏み込んだディテールを聞くようにしてます。次の話に行こうとしても「いや、まだ行かせない!」みたいな。
言葉を残していくということ
山本 粘ってエピソードを引き出しているなという雰囲気は、特に『必殺シリーズ秘史』の高坂光幸さんのインタビューを読んだときに感じました。インタビューも長時間に及んだということで、やりとりからもちょっと強敵なのかなという印象も。
高鳥 高坂さんは1冊目の『必殺シリーズ秘史』をつくる上での大きなモチベーションのひとつでした。現場叩き上げで、あれだけ監督としての才能もあったのに製作主任に移って現場を管理する立場になった。かつて、もちろん事情を知らないまま作品を見ていて、出来としては素晴らしいわけで、ずっと「どうして高坂さんが監督じゃなくなったんだろう」っていう思いがあったんです。だから絶対にこの人の話は聞きたいっていう。
髙橋 高鳥さんは、高坂さんの監督回『新必殺仕置人』第17話「代役無用」をマイベストにも挙げてますね。
高鳥 『必殺』で好きな監督を3人挙げよと言われたら、貞永方久と工藤栄一、そして高坂光幸になるんですね。だいたいスタッフには1時間半から2時間半くらい取材してるんですけど、高坂さんは4時間を突破して、結局撮影所が閉まるまで(笑)。高坂さんに限らずですが、助監督をやった人の話はすごく面白いんですよ。映画監督の本でも助監督時代のほうが現場を冷静に観察していて、近刊だと手塚昌明さんの『ゴジラ×市川崑』(ホビージャパン)もそうでした。先ほど「強敵」と表現していましたけど、読んでいてどんな印象だったのでしょうか。
山本 そうですね……、高坂さんが最初は語りすぎないようにされている印象を受けたのと、高鳥さんの思い入れがひときわ強いなという感じもあって。話数調整エピソードで必殺シリーズの監督デビューをしたことについて、高坂さんは「たぶん誰も監督がいなくて、ぼくになったと思います」「しょせんは代打ですから、『初監督だからがんばろう!』みたいな、そういう力は全然入っていない」と、かなりクールな回答で。ただ、そのあとで高鳥さんが具体的なシーンを挙げつつ「このアクションとカット割の切れ味。めちゃくちゃ力が入っているように見えます」などと粘って、一転「よくやったと思います」という返答がある。「なるほど」のひと言で受けて終わってもいいはずのところ、何度も角度を変えて聞き直して、別の話を引き出している。
高鳥 そうですね。そこは聞き方としても一文増やして、構成でも前のめり感は残しています。
山本 もうひとつ、具体的なインタビュー内容で、個人的にひときわ興味深かったのは、必殺本もあぶ刑事本も、どちらもなぜかスクリプターの方の個性が弾けていることで……。
高鳥 なんなんですかね、あれ(笑)。桂千穂さんの『スクリプター 女たちの映画史』(日本テレビ)や白鳥あかねさんの『スクリプターはストリッパーではありません』(国書刊行会)もそうですが、なぜスクリプターの聞き書きはあんなに濃いのかという。当時の必殺シリーズの場合、メイクや衣裳は個人名がクレジットされず会社名だけなので、女性で毎回名前が載るのはスクリプターだけなんです。相対的に数が少ないけれど、女性スタッフの話はなるべく聞いておきたいという気持ちはありますね。
髙橋 黒澤明を支えたネガ編集者で戦前はスクリプターをしていた南とめさんの聞き書き本『フィルムを紡ぐ』(パンドラ)や、敗戦後の中国映画草創期に活躍した編集者・岸富美子さんに取材した『満映とわたし』(文藝春秋)など、映画業界で女性が少なかった時代に働いていた方の話は濃密なものが多いですよね。正直、労働環境としての過酷さが窺えるエピソードも枚挙にいとまがない。
山本 南とめさんのスクリプター時代の話でいうと、役者には医者がついていてカンフル剤のようなものを注射していたけれどスタッフはそうもいかないから、照明さんがライトを持ちながら寝てたとか、結核になりながら仕事を続けたとか、そういうエピソードが出てきます。
高鳥 正直、必殺本も現在の倫理からするとうっすら危ういところがありますよね。でも「昔はそうだった」の一言で割り切るわけにもいかないというか、ただ面白いからとそのまま載せるのはマズい。発言者の立場だけじゃなくて、こちらの倫理としても。
山本 でも、事実がそうだったのにどうしようもない気もしますけどね。
高鳥 結局はそうなんですけど。ただ、面白さはちゃんと残しつつ、なんとか気になりすぎないように。
山本 旧作を好んで見る人は、巧く線引きして、倫理観をコントロールしている部分があるのではないかと思います。私は鈴木英夫や三隅研次が好きなんですけど、現場では明らかにパワハラをしていたりもするわけで……。
髙橋 色々な映画本を読んでいると、けっこう面食らうことも多いですよね。溝口健二もすごいし、相米慎二とか、今村昌平とかも。役者シゴキ系にそういう傾向がありますけど、それ以外でも溝口が現場で各パートに難癖をつけて時間を稼ぐとか神話化している逸話もある。たんなるパワハラなのに。実際は平気で「味噌汁で顔洗って出直してこい」とか言っているわけじゃないですか。
高鳥 それが一昔前は美談になってて、映画ファンにも支持されてきた。厳しい撮影こそが名作を生むのだと。必殺シリーズの現場も労働組合がなく、さらに技術スタッフが強いからこそ、あれだけの映像が作られています。逆に今後は東映の管理主義、徹底した時間厳守でスケジュールと予算を守ることこそ評価の対象になるかもしれない。まぁ、それを完成品だけで判別するのも至難の業ですが……現に黒沢清がそうですよね。
山本 黒沢清の現場は早く終わる、というのは有名ですよね。けれども、たしかにそういった情報は、作品を見ただけでは把握できないことでもある。それもあってか、近年は監督自ら現場の倫理に言及する機会が増えている気がします。例えば、三宅唱は『ケイコ 目を澄ませて』におけるフィルム撮影の理由について、回数制限が生じることでボクサーを演じる役者の身体的負担を軽減し、なおかつ現場全体がフレッシュな状態で撮影できると説明していました。
高鳥 それがまた宣伝に援用される。徹夜にしろ、効率化にしろ、映画ファンはそういう舞台裏を摂取しやすいので。ただ、これは極論ですが……集団作業である以上、たぶん嫌な目に遭ってない人がいない現場なんて存在しないんですよね。その声が残るか残らないかの違いはありますけど。人間が大勢集まってひとつのものを作っていて、全員が「いい思い出です」だけのはずがない。たとえばポルノ映画でも、もちろん現場には「いいものを作ろう」という熱気がある一方、その陰でやめていった女優さん、スタッフもめちゃめちゃ多いので。でも、そういう方々の存在はあまり残っていかない。
山本 とはいえ、じゃあその監督たちの作品を見ないかと言われれば見るよなとも思ってしまいます。ときには嫌な気持ちになる内容もあるし、せめぎ合いは個々人それぞれだろうなと思いますけど、あくまでわたしの場合は、たとえば女性の描写を理由にロマンポルノを見ないことにはならないというか。
高鳥 日活ロマンポルノ主演女優第1号の小川節子さんにインタビューしたとき、いかに日活時代が嫌だったかという話を聞いて、残した甲斐があったとは思うんですけど、それを映画ファンが読みたいか、喜ぶか……というのはある。ただ、そういう言葉をきちんと残す意義のほうが大きい。葵三津子さんや星野じゅんさんもそうですが、とっくの昔に引退した女優の取材は交渉のプロセスふくめて思い出深いですね。
髙橋 色々なインタビュー本を読んでいて、貴重な発言はもちろん重要ですけど、あれば必ずしも面白くなるというわけではないのが不思議なところで。貴重な逸話満載でも面白くないインタビューというのもありうるなと。となると、やはり肝は構成なのかなと思ったりするわけなんですが。
高鳥 大事です。取材より構成のほうが得意かもしれない。切り貼りの編集作業で、多少マニアックな切り口だろうと広く伝わるものにしたいとは思っています。
髙橋 何度も色々な人に言っていることなんですが、その点で高鳥さんの必殺本はファンじゃなくても心から面白がれるのがすごいと思うんですね。ぼくは、もともとぜんぜん見てなかったですから。なのに、多角的な証言で立ち上がる、撮影所を舞台にした活動屋青春群像として満喫して何度も読み返してしまう。極論ですが、下手したら工藤栄一や三隅研次のことを知らなくても、一種のバックステージものみたいに楽しめるんじゃないかと思えてさえくる。
山本 インタビューに話題を戻したいのですが、これまで理想として「山根貞男と吉田豪の中間をイメージしている」と書かれていたと思うんですが……
高鳥 「山根貞男と吉田豪の中間」というのは、インタビューのまとめかたのことですね。批評は別として、山根貞男のインタビューはちょっと食い足りない。鋭いけど本質的なところで人が好すぎる。けど、吉田豪まで行くと振り切りすぎちゃって、あそこまでは無理(笑)。
髙橋 その山根貞男のインタビュー本では、どれが一番お好きですか。
高鳥 思い返すと、じつは山根貞男のインタビュー本はそこまでかもしれない。山田宏一とのコンビは別として、深作欣二へのロングインタビューも福間健二の石井輝男や筒井武文の牧口雄二に比べると微妙だなと、まぁ勝手に学生のころから思ってて、どっちかといえば取材対象への敬意とか、そういう部分でしょうか。
髙橋 ワイズ出版は、まさにその『石井輝男映画魂』を出したい!という熱意で立ち上げられた奇特な出版社なわけですけど、『映画監督深作欣二』をはじめ一時期はインタビュー本を一手に担っている感じがありましたよね。石井輝男のほかにも、澤井信一郎監督に鈴木一誌が話を聞いた『映画の呼吸』もあるし、ダーティ工藤の『大俳優 丹波哲郎』や『光と影 映画監督工藤栄一』もあるし、聞き手の執着が感じられる力作が多くて。
山本 荒井晴彦と絓秀実が1年半くらいかけて脚本家・笠原和夫に徹底取材した名著『昭和の劇』(太田出版)も、もともとはワイズ出版から出るはずだったという話ですしね。それを、仕上がりを予期した編集者が太田出版に持っていったとか(笑)。
高鳥 そういえば必殺シリーズの助監督から監督になった都築一興さんが亡くなられたワイズの岡田博社長と立命館大学の映画部で先輩後輩という間柄で、工藤栄一の本などを送ってもらったそうです。都築さんも映画青年で必殺本のキーマンなんですが、先日も松本俊夫とか小川徹とか昔の映画評論の本を段ボール2箱分いただきました(笑)。
山本 2箱も! それは羨ましい(笑)。まさかおふたりにそんなつながりがあったとは知りませんでした。ということは、ご両人とも三隅研次の後輩ということになるんですね。
高鳥 あっ、なるほど。それからインタビューの手本としては、東陽一監督が聞き手として大映出身の美術デザイナー・内藤昭に取材した『映画美術の情念』(リトル・モア)でしょうか。ふつうの映画評論家とちょっと違う粘着質な感じの切り口で。
髙橋 ビデオで逐一画面も確認しながら、細かく細かく聞いてゆく。あとがきの啖呵が痺れますよね。「私は、単純な質問者であるよりは挑発者であることを選んだ。それを不愉快に思われる読者には、ただごめんなさいと申し上げるほかにない」っていう。
高鳥 そうそう、ええこと言うなぁと(笑)。単純な質問者に堕してしまっては仕方がない。セット撮影の録音の反響に何度も文句をつける東陽一と、ピンク映画専門誌の『PG』でスチール写真のピントがボケていることに対して監督相手に疑義を呈する牛山哲はすげえなと思いました。
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と、まだまだ話題は尽きない様子のお三方。しかし「前編」はキリよくここまでとなりました。近日公開予定の後編も高鳥氏による「批評は書けない」という仰天告白、映画原体験の深掘り談義など読みどころ満載です。お楽しみに!(立東舎編集部)
高鳥都(たかとり・みやこ)
1980年生まれ。著書に『必殺シリーズ秘史』『あぶない刑事インタビューズ「核心」』などがあり、編著に『必殺仕置人大全』ほか
髙橋佑弥(たかはし・ゆうや)
映画文筆。『キネマ旬報』『SFマガジン』などに寄稿。現在、『映画秘宝』にて新刊映画本をめぐる書評対談を連載中(相方=山本麻)
山本麻(やまもと・あさ)
会社員、ときどき映画文筆。現在、『映画秘宝』にて新刊映画本をめぐる書評対談を連載中(相方=髙橋佑弥)
(執筆者: リットーミュージックと立東舎の中の人)
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