映画『本心』水上恒司インタビュー「“生きていくことに必死”という所にはすごく共感出来ました」
ガジェット通信 / 2024年11月7日 12時0分
日本映画界屈指の鬼才・石井裕也監督(『月』、『舟を編む』)の最新作『本心』が11月8日(金)に全国公開となります。原作は、「ある男」で知られる平野啓一郎の傑作長編小説「本心」。キャストには、池松壮亮を主演に迎え、三吉彩花、水上恒司、仲野太賀、田中泯、綾野剛、妻夫木聡、田中裕子ら、映画界を牽引する豪華実力派俳優陣が集結しています。
物語の始まりは2025年。主人公・朔也(池松壮亮)の母・秋子(田中裕子)が、ある日突然「大事な話があるの」と言い残し急逝してしまう。生前母が “自由死”を選んでいたことを知った朔也は、彼女の“本心”を探るため、彼女の情報をAIに集約させ人格を形成するVF(ヴァーチャル・フィギュア)として仮想空間に母を“蘇らせる”が…。本作で、朔也の幼馴染である岸谷を演じた水上恒司さんにお話を伺いました。
――素晴らしい作品をありがとうございました。観る方に委ねられる様な、問いを投げかけてくれる作品となりましたが、水上さんは脚本をどう捉えましたか?
「こういうことは実際に今後起こるんだろうな」と感じました。映画は2025年を舞台にしていますが、その通り、決して遠くない世界を描いています。本作に出てくるリアル・アバターとかVF(ヴァーチャル・フィギュア)も、やろうと思えば出来る技術もあるでしょうし、必要だなという人が多くなれば職業として成り立つと思います。僕はまだ完成した作品を1回しか観ていないので、これから観てくださる観客の皆さんと同じくらいの解釈しか出来ませんけれど、観た人に委ねられる“余白”のある良い作品になっていると思います。
――撮影現場でも、水上さんの中で模索しながら役を掴んでいく様な感じだったのでしょうか?
この作品に限らず、カメラの前に立つときは迷いをなるべく消し去った方が良いと思っているので、それを心がけましたが、カメラの前に立つ前までにたくさん悩みました。本番前だったり、段取りをしている時間、移動中もずっと悩みは続いていました。
――本作出演への決め手はどの様なことでしたか?
今まで僕はシンプルな作品に出演させていただくことが多かったです。シンプルなものを作ることもすごく難しいのですが、本作は余白を見せるべき作品で、それらの作品との違いがあるなと感じました。ハッキリと誰かが説明したりしなくて良い、というニュアンスが脚本の中に散りばめられている感触があったので、どう演じれば良いのかということも未だに答えは分かっていないです。良くも悪くも正解が無いから、自分がどんな料理をすれば良いのか? 石井監督に委ねられている様な、挑戦させられている様な感覚があったことが決め手です。
――岸谷という役柄への理解もすごく難しかったのではないかと思います。
「生きていくことに必死」という所にはすごく共感出来ました。“難しさの種類”が違うだけで、みんな生きるのに必死だし、不安定な世界の中で、25歳からさらに歳を重ねていくこの時期に、こういった作品を届ける意味があるなと思いました。
夢って何だろう、生きていくって何だろうということが分からない若者って多いと思うんですね。その中で「俺はこう生きたい、こう思う」とハッキリもがいている岸谷に共感出来たし、その気落ちを成仏させてあげたいという気持ちもありました。
――岸谷は物語をかき乱す大きな存在の一つでもありますね。石井監督は、水上さんが演じられた岸谷について「人たらしな好青年の笑顔で、人を地獄まで一気に引きずりおろせる」と表現されていました。(https://getnews.jp/archives/3566056 [リンク])
後から見返せる様に、自分が思ったことや感じたことを書いているメモがあるのですが、初めて石井さんとお会いして岸谷という役について話した時のメモに「捉え方が同じで嬉しかった」ということが書いてありました。石井さんは岸谷について「ファムファタールの様な」という表現をされていて、僕はその言葉はその時に知ったのですが、捉えているニュアンスが近かったんです。『本心』における岸谷の役割について、石井さんと同じことを気付けていたことが嬉しかったです。
――岸谷は1番人間味があるキャラクターだと感じつつ、環境によって犠牲になっている現代の若者たちとの近しさも感じました。
今ご一緒している大先輩の役者さんとお話する機会があって、その方がおっしゃっていた言葉なのですが、「水面に愛情の赤、楽しさの黄、悲しみの青とそれぞれ色を落としたとして、“とりあえず青だけ見えていれば良い”という作品もあるけれど、実際の人の心というのはいろんな色が混ざっていて良い」のだと。それを聞いて、なるほどと勉強になりましたし、それを一般的に「人間味」と表現するのだろうなと思いました。
どんな役でも役者は人間味を感じさせないといけないと思うんですよ。監督に「それいらないよ」と言われた時に削れば良い話だと思うので。自分が何を大事にしていて、何を否定しているのか。嫌いだけれど取り入れざるを得ないのか。様々な葛藤が岸谷の中にあったのかなと思います。
――すごく腑に落ちる言葉です。ありがとうございます。池松さんとの共演で刺激を受けたことはどんなことですか?
「諦観」という言葉があるじゃないですか。僕はすごく大事なことだなと思っていて。諦めるという言葉って、現代だとネガティブな意味に捉えられていますが、仏教における諦観には、物事を客観的に見つめてありのままに受け入れる、見えなかったものが見通せたといったニュアンスがあります。その諦観って、みんなが目指したい所の1つでもあるなと思うんですね。それが池松さんの中にある気がしていて、すごく憧れています。演じる時にも力が抜けていますし、自分の中で必要の無いこと、自分がやるべきことみたいなことを、正解とか悪いとかではなくて分かっているんだろうなと僕はお見受けしました。若い時って自分を良く見せたい気持ちがあると思うし、僕にもそういう時がありますが、そこを抜けた池松さんの姿はとても魅力的です。
――客観的にご覧になれない部分もあると思いますが、特に好きなシーン、印象に残っている部分はどんな所でしょうか。
田中裕子さん演じる朔也の母の、女性としての強さ、母としての優しさ、余白、朔也が大切にしたくなる説得力がすごく印象に残っています。それが無いと朔也がVFを利用してまで母の本心を知りたいという行動につながっていかないので。田中さんが提示してくださった意味はものすごく強いと思います。
――私はいち観客ではありますが、たくさんの方にご覧になっていただいて、様々な感想を見ることを楽しみにしています。
僕は岸谷という役柄で参加させていただきましたが、石井さんと池松さんが持たれている本作への信念には到底敵うはずが無いと思っています。「面白いから観て欲しい」としか言えませんが、僕もこの作品について考えることを積極的にやりたいと思います。
――今日は素敵なお話をありがとうございました。
撮影:たむらとも
(C)2024 映画「本心」製作委員会
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