なんとなくソーシャル断ちをした。

ガジェット通信 / 2014年1月8日 19時0分

なんとなくソーシャル断ちをした。

今回は円谷洋平さんのブログ『やまいきたいですよぼくは。』からご寄稿いただきました。

■なんとなくソーシャル断ちをした。

1ヶ月前後、ソーシャル断ちをした。

Twitterはじめてから6年半ぐらい経った。

mixi→facebookはあわせると10年ぐらいやってる計算になる。

今まで身近にあって、なんとなく日常に溶け込んでいるけれど、一体これらに何の役割を求めていて、何を期待しているのかが知りたかったので、断ってみた。

●概要

断ったのは下記の通り。すべてGoogleChromeのExtentionで閲覧できなくした。

・twitter(およびサードパーティのクライアント)

・facebook

・tumblr

・まとめブログ

・mixi(もう全くやってないけど)

これらは見ないと色々支障を来すので、通知だけ切って、定期的に利用した。

・line

・facebook messenger

・Twitter DM

・はてブやニュースアプリに流れてくるヘッドライン

・社内SNSと、そこから飛べる記事(ブロックされていなければ)

例外的にあとからこれだけやるようにした。

・友だち承認とリフォロー(これだけiPhoneに通知がくるようにした)

●感想。

利用しているときに比べて、以下のような変化が見られた。

■ 人を直接誘うようになった。

僕はTwitterとかFacebookで「今から飲める人」を探すのが大好きで、何度かやっていたのだけれど、これが出来なくなったので、飲みたい人を決めて、直接誘うようになった。

なんとなく今までも「あーこの人がきてくれたら嬉しいなー」なんて思う相手はいたものの、空リプにもならないような、淡い期待で広範囲募集していたんだけど、この期待は全く意味がないことに気付いた。

飲みたい相手がなんとなく居るなら、ダメモトでも直接誘ったほうがいいと思いました。(小並感)

あ、でも突発飲みは好きなので、多分今後もやると思います。はい。

■ 生活にサイクルが出来た。

プッシュされる情報が極端に減ったので、自分のペースで生活出来ている実感が強くなった。

今までは、「あれをして、これをして、こうしよう・・・。大体2時間もあれば終わるだろ・・・」と思ったことが、なんとなく途中で情報収集をはじめて1時間ぐらい余計に時間がかかったり・・・なんてことがあったけれど、これがなくなって、わりと計画したことは達成できるようになった。

それが連続して、なんとなく生活にサイクルが出来始めた。

■ そこそこ仕事に集中できるようになった

仕事中、息抜きにサーフィンをはじめた結果、気付いたら30分・・・とかが無くなって、代わりに息抜きに誰かに話しかけにいく・・・といういい迷惑な方法で代替しはじめた。

必然的にしにいく話は仕事の話になるので、なんとなく仕事中の濃度は濃くなった気がする。

なにより、仕事中に余計な情報が入ってきて、考えが分散することが少なくなった。

■ 絶食しやすかった

ちょうどダイエット期間がかぶっていたけれど、食べ物の画像をふいに目にすることがなかったので、「うおおおお腹すいた!!!!」ってことがなかった。

完全絶食はほとんどしなくて、実際は梅昆布とかスープとか口にしているんだけれど、なんとなくそんな最低限の食事でも集中して仕事が出来た。

ランチ時間も仕事にあてられるのでよかった。

■ 新しい人間関係が築きづらくなった

新しく知り合った人と、ソーシャル上で繋がるみたいなことは途中からしていたんだけれど、

facebookやTwitterが見れないと情報のやりとりが出来ないので、つながったきり・・・になってしまう。

次会ったときのための情報源とかが確保しづらくなった。

いきなりLINEを交換することは少なくて、まずはFacebookとかTwitterでつながって様子見・・・みたいなことが多かったんだなーと再確認できた。

■ 多分ちょっと情報に疎くなった

ソーシャル断ちをしていても、わりと情報は色々なところから入ってくるんだなーとは思ったけれど、やっぱり情報量は少なくなったと思う。

ただ、知らなくても支障がないような情報を積極的に取りにいってたんだなーという実感は生まれた。ヘッドラインさえ把握しておけば、特に困ることもなかった。

仕事で調べた情報とか、社内SNSに貼られたリンクが閲覧規制にひっかかって見られなかったことだけは、正直困ったので、途中から条件緩和したりした。

■ スマホの使用用途が、ほぼゲームになった。

空いた時間でゲームをするようになった。今仕事でゲームをつくっているので、自社のゲームをやったり、他社の調査をしたりするのには、ちょうどよかった。

僕にとっては、ゲームよりソーシャルのほうが優先度高かったんだなーと気付いたりした。

■ スマホで写真撮らなくなった

食べ物を撮ることとか少なくなった。まぁ元々撮ってばかりでアップ無精だったんですが。

■ 出来事がネタ化するまでの熟成期間が出来た

今までは、わりと「何かが起こる」→「Twitter・Facebookに投稿する」→RTされると嬉しい。

みたいな感じだったんだけど、これがなくなったことによって、ネタとして熟成されるようになった。

「何かが起こる」→「これは誰に話すべきか」→「あのヒトに話すなら、こういう切り口はどうだろう」

みたいに、不特定多数ではなくて特定の人格を思い浮かべて、話の組み立てをするようになった。

昔、ヨシナガさんと飯野さんのイベント*1で、太田克史さん*2も仰っていた記憶があるんだけれど、「Twitterはネタを切り売りする」というのは本当にそうだなーと再実感した。

*1:「気になること。」 『Wikipedia』

http://ja.wikipedia.org/wiki/気になること。

*2:「太田克史」 『Wikipedia』

http://ja.wikipedia.org/wiki/太田克史

■ 「自分の身の回り」が明確に認識出来た。

ネットからの情報を大幅に制限したり、情報が入ってくる人が制限されたりしたので、「自分の身の回り」が認識出来た。

普段生活していて、色濃く影響を受けている人とか、何かあったときに考えはじめる起点となる人っていると思うんだけれど、僕の場合はそれがほぼオフラインに集約されていることがわかった。

オンラインで目にする情報というのは、世の中の出来事や、友だちの友だちの出来事、もしかしたら将来自分が関連するかもしれない出来事・・・としては捉えているけれど、言ってしまえばその程度なんだなーという認識に至った。

オフラインはいわばソーシャルネットグラフの今一番濃い部分なわけで、やっぱりそこから受ける影響は大きい。当たり前のことなのかもしれないし、なんかうまく言語化出来てる自信がないんだけど、感じたことなので一応書いておこう。

■ でもやっぱり薄く広い繋がりは大事だ!

そんなことを言っておきながら、やっぱり薄く広い繋がりが無い状態を、ずーっと続けるのはキツイなーと思った。

せっかくテクノロジーが、薄く広く繋がるための手段をもたらしてくれたわけだし、濃く深い繋がりとは、そもそも種類も役割も別なわけで。

PASSPO☆*3クルーのツイートやブログが読めなくなるのは寂しいし、みんなが何してるいるか気になるし、関連していることなら絡みにいって仲良くなりたい!

*3:『PASSPO☆オフィシャルサイト』

http://passpo.jp/

●雑なまとめ

上記のことは、もちろん万人にあてはまるわけじゃなくて、結局僕がもともと「どういう使い方をしていたか」に依っているわけなんですが、書き残してみました。

あと、いちるさんが書いていた*4のを思い出したっていうのもある!

*4:「1ヶ月半「ソーシャル断ち」してました」 2012年11月13日 『小鳥ピヨピヨ』

http://kotoripiyopiyo.com/2012/11/socialcut20121113.html

ここに書いてないモヤーッとしたことも含めて、色々思うところがあったので、いい機会として色々整理してみたいと思います。

まぁそんな感じで。なんか一個あったんだけどすごい書き漏らした感じがして気持ち悪いけどPostしちゃおう。

執筆: この記事は円谷洋平さんのブログ『やまいきたいですよぼくは。』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2014年01月08日時点のものです。

ガジェット通信

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