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シナリオライターが遊ぶ『Void Stranger』虚空を彷徨い、ひたすらに献身を示せ―難易度と物語の奥深さ、2つの意味で常軌を逸したパズルゲームに挑む

Game*Spark / 2024年7月28日 17時30分

ビデオゲームに秀逸なシナリオが盛り込まれ、それを読み解くことも遊びの一部として受け止められるようになった現代……本連載記事では、古今東西のビデオゲームを紐解き、優れたゲームシナリオとは何かを考えていきます。第8回は『Void Stranger』を取り上げます。


※ゲームプレイに際し、有志の日本語化MODを使用させていただいています。


はじめに断っておきます。


この『Void Stranger』というゲームですが、凄まじく難しいです。


人を選ぶ……とか、尖った表現がある……なんてものではありません。正直言って、万人にオススメするつもりは毛頭なく、とりあえず買ってみた人に恨まれても仕方がないくらい大変な作品だと思います。


しかしながら、並大抵のパズルゲームに飽きてしまった方、創作なんて度が過ぎていてナンボだと思っている方、クリエイターの狂気に触れるためなら何百時間でも付き合えるという方には、もしかしたら一生の思い出になるほどの作品かもしれません。


クリアするだけでも頭を掻きむしるほどの苦悩に苛まれること間違いなしです。それでもこの無限に広がる大迷宮で彷徨いたいという新米Strangerや、すでに隅々まで歩き倒した真のVoid Lordsは、是非とも本稿をチェックしてみてください。


ゲーム部分は非常にシンプルです。


主人公のGrayという女性を操作し、ゲームボーイ世代くらいのドット絵で描かれた迷宮「Void」で、ひたすら倉庫番&床入れ替えパズルをこなし続ける……というもの。十字キーとAボタンしか使いません。


どんどん難しくなっていく倉庫番に食らいつき、少しずつ新しいギミックを理解していく過程は、なかなか面白いものです。種類ごとに特定の行動を取る敵を掻い潜ったり、一度乗ったら割れてしまう薄氷の床を恐る恐る踏みしめたりと、なかなかバラエティに富んでいます。最初のうちはニコニコ顔で楽しめることでしょう。


28階ごとに白樺の木が立っており、その木陰で休むことで、Grayは夢を見ます。どうやらGrayは、このVoidに挑む前までは、中世ヨーロッパのような世界観のとある王城で王女Lilyの世話係をしていたようでした。断片的な記憶からGrayの生い立ちを知りつつ、次のパズルへと挑みます。


200階以上に渡るパズルを踏破し、Grayが「Void」に踏み込むまでの動機や物語もひと段落がついて、筆者が「これで1400円は相当安いな~、エンディングはどうなるんだろう?」と思ったあたりで、このゲームが牙を剥き始めます。


真っ直ぐにゴールを目指して進んでいたはずのパズルが、実は何一つ始まっていなかったことに気付くわけです。


この200階以上分も用意された倉庫番パズルは、それ自体を解くことがゲームなのではなく、言わばただのマップであり、それらのなかに巧妙に隠された大量の謎解きやシークレットを見つけていかなければならないのです。それが『Void Stranger』なのです……!


もう充分すぎるほど遊んだパズルが、ただの下地でしかなかったことに恐れおののきながら、もう一度同じパズルを解きます。数時間ものあいだ特に進捗はなく「他にも面白いゲームは山ほどあるのに、なんで俺はこんな作業を強いられているんだ……?」と疑問に思い始めたとき、まだ試していなかったことを思い出し、そこから目が覚めたように新しいシークエンスへ突入する……そんなゲームなんです。


事実、ゲームの終わりを隠すためなのか、それ自体に驚いて欲しいためなのか、このゲームの実績はひとつしかありません。実績を見てエンディングまでを逆算するようなメタ読みすらも否定し、ただシナリオと向き合ってほしいという製作者の意図を感じます。


普通のゲームだったら、イースターエッグとして数少ないプレイヤーを喜ばせるために用意するようなレベルの謎解きが、当たり前のようにワンサカと出てきます。パズルやアートのなかから特定のパターンを見つけ出し、それらを総当り的に試しつつも、ときに自分で作り上げてしまった常識や思い込みを破壊することも必要になってきます。


導線を見逃さないようにあらゆる文章をメモして、違和感を覚えたところはスクリーンショットを撮っておくことが必須となります。「攻略のためにやっておくと楽」というわけではなく、これらが「必須」なんです。すべてのゲームプレイを録画ないし配信して、暇な時に観返してもいいくらいです。


そんなプレイヤーを信頼しきったやりすぎ&盛りすぎの謎を解いた先に用意されているのは、丁寧に描かれた美しいスチール絵と、耳に残るサウンドと、そして重厚に練り込まれたストーリーです。


GrayやLilyの行く末というフックから始まったストーリーは、当初プレイヤーに向け提示された枠すら超えて、本作のパズルの難易度のようにどんどんスケールアップしていき、Voidを統べる者たちをも巻き込んだ一大スペクタクルへと変貌していきます。


その物語のキーワードは「献身」。ただひたすらに願いを込めて、自らを犠牲にして迷宮を彷徨い続けることだけが、すべてを終わらせる鍵となっています。


「諦めるな」というシンプルなメッセージが繰り返し語られ、それはまさしく画面の前で脳ミソを沸騰させているプレイヤーに向けられたものなのですが、同時に、この大迷宮に訳あって挑むこととなったVoid Stranger――Grayたちにも向けられているわけです。


幸か不幸か、日本語での攻略記事がまだ充実していないこともあり、恐らく多くのプレイヤーが似たような体験をすることでしょう。


また、本作はゲームボーイ風の画面でありながら、絶対に当時では再現できなかったであろう演出を山ほど盛り込んだアナクロニズムな作風が特徴的でもあります。


『INDIKA』の16bitシーンなどを始め、昨今のインディーシーンではこういった新旧取り交ぜた演出というのはよくあるものではありますが、ゲームの進行に応じて、その都度大きくゲームのメカニクスが変わるところに、作り込みの深さを感じます。本当にこれが1400円!?


長く苦しい繰り返しにイライラさせられながらも、ふいに飛び込んでくるアハ体験が忘れられないという、修行のようなゲームである本作を送り出したのは、フィンランドの開発会社System Erasure。ところどころにロボットシューティングや百合文化が盛り込まれているあたりに、ジャパニーズ・オタク・カルチャーへの目配せも感じられます。


この『Void Stranger』……ちょっとヘンなゲームがひしめくインディー界隈でも、彗星のごとく輝く奇作中の奇作です。そんな本作と向き合う気持ちが出てきた人は、気迫と、時間と、そしてクールダウン用のおやつにイナゴの干物でも用意して、その身をVoidに捧げてみせてください。


(まさか100時間も倉庫番をすることになるとは思わなかった……。)


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