『METAL WOLF CHAOS XD』リンカーンは独裁者?米大統領の「英雄」から消された戒厳令の黒歴史【ゲームで英語漬け#156】
Game*Spark / 2025年1月19日 19時0分
『メタルウルフカオス』の劇中では、ホワイトハウスのすぐ側にあるリンカーンの像がアメリカの象徴として用いられていました。リンカーンは南北戦争における奴隷解放宣言や“ Government of the people, by the people, for the people”のゲティスバーグの演説で南北融和の英雄として称えられる人物。しかしその一方で「独裁者」と評される面もあることを知っていますか?『MWC』の世界ではリチャード・ホークがクーデターで圧政を行う様子が描かれましたが、リンカーンも一歩足を踏み外せばああなっていたかもしれないというのです。
専制政治を打ち倒した国は権力分散、日本の場合は行政(内閣)、司法(裁判所)、立法(国会)のいわゆる三権分立で相互抑止の仕組みを設けています。しかし国家に危急の事態が発生した場合は、例外的に権力を集約する「国家緊急権」が発動します。アメリカの場合は戒厳令(Martial Law)にあたり、各権限は連邦軍の下に集約されます。軍の最高指揮権は大統領に与えられているため、一度発令されると大統領は自国軍を私兵のように使役し、集権で専横ができてしまう。
それ故に戒厳令はクーデターに用いられる可能性を常に孕んでいます。古代ローマの独裁官から皇帝が発生したように、戒厳令に限らず、非常事態における権力の集中は容易く民衆を苦しめる強権政治へと繋がります。最悪の結果がどうなるかはドイツを見れば明らかでしょう。
就任後まもなく南北戦争が勃発すると、リンカーンは戒厳令を布告してあらゆるリソースを北軍勝利に向けて徴用していきました。米国初の徴兵や、議会の承認を得ないものも多数含まれており、特に「人身保護令状(Habeas Corpus)」の発行停止は守られるべき人権を侵害するとして物議を醸しました。
人身保護令状とは、令状無しの逮捕など正当な手続き、いわゆるデュープロセスに依らない不当な拘束を受けたときに、裁判所の審理を経て身柄の解放を命じるものです。当局が無茶なことをする例は往々にしてあるので、そことは独立した司法が人権を守る盾になる仕組みです。
1861年の「メリーマン判決(Ex parte Merryman)」と呼ばれる裁判では、サボタージュを行った疑いで軍に無期限拘束されたジョン・メリーマンが、不当だとして裁判所に人身保護令状の発行を求めました。全ての国民は裁判を受ける権利を有しており、裁判をしないまま拘束を続けるのは人権の侵害に相当します。最高裁は釈放を軍に求めますが、司令官は裁判所命令を無視。すると今度は令状発行を差し止めた大統領令が違憲だと判断は見解を示します。
アメリカはマグナカルタを持つイギリスの立憲主義を継承し、例え戒厳令中でも憲法を遵守する義務は免じられません。しかしリンカーンは要請を拒否、国家存立のためにはある程度の憲法無視も止む無しという立場を示し、メリーマンの釈放を拒否しました。メリーマンの事件の後、リンカーンは人身保護令状の差止めの適応範囲を拡大する以下の大統領令を発布します。
Now, therefore, be it ordered, first, that during the existing insurrection, and as a necessary measure for suppressing the same, all rebels and insurgents, their aiders and abettors, within the United States, and all persons discouraging volunteer enlistments, resisting militia draft or guilty of any disloyal practice affording aid and comfort to rebels against the authority of the United States, shall be subject to martial law and liable to trial and punishment by courts-martial or military commissions;(後略)
(Presidential Proclamation 94 of September 24, 1862, by President Abraham Lincoln suspending the writ of Habeas Corpus.)
以下に布告する通り、第1に、現存の反乱が継続する間、これを鎮圧する必要のため、合衆国内における全ての反乱軍、叛徒、幇助者、教唆者、志願兵を思い止まらせる者、民兵の徴用に抵抗する者、政府に背き反乱軍を幇助や擁護する不実の者は、全て戒厳令の対象となり、軍法会議または軍事委員会による裁判と処罰を受ける義務を負う。
ざっくり言うと、歯向かう人間も怪しい人間も片っ端から問答無用で捕まえて軍法会議に掛けます、という法令です。リチャードの公開処刑宣言まではいかないものの、人権の制限においてはかなり危ない領域に手を出しています。リンカーンの目的はあくまでも内乱をいち早く収めるためで、ほとんどは拘留を短期間に限定していたとは言え、独裁的な権限の行使は、アメリカにおける自由の根源たる立憲民主主義を脅かしかねない対応でした。
リンカーンは奴隷解放宣言が主にクローズアップされますが、それは北軍勝利を得るための副次的な策に過ぎなかったとも言われています。一部の奴隷解放は、南軍支援者の財産を強制的に差し押さえることで実施されており、これも戒厳令下の違憲行為とする見解もあります。リンカーンに自制心があったのかは不明ですが、幸いにも歴史に刻まれるような強権政治には至らず、「英雄」となった彼の伝記には戒厳令と憲法違反の件はあまり書かれていません。いわゆる黒歴史、平たく言えば「汚点」でしょうか。
クーデターでリチャードが掲げた「革命」も人民に与えられた権利と見做されますが、戒厳令も革命権も保身や私欲のために利用されるかも知れない諸刃の剣。ベトナム戦争後の1973年には「戦争権限法」が制定され、議会のブレーキに強い権限が与えられましたが、今を以てしても内閣府と議会の綱引きは続いています。1月20日(日本時間で1月21日午前2時)にはドナルド・トランプ氏2期目の就任式が執り行われますが、今の世界情勢を見るに平穏無事とは行かないでしょう。万一に備え、アメリカの自由が危うく死にかけたリンカーンの事例に、改めて向き合うべき時が来ているのかも知れません。
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