【特集】シナリオライターが遊ぶ『バイオショック』―海底都市で渦巻く巨大な陰謀…“選択”について問いかける傑作FPS
Game*Spark / 2025年1月19日 20時0分
ビデオゲームに秀逸なシナリオが盛り込まれ、それを読み解くことも遊びの一部として受け止められるようになった現代……本連載記事では、古今東西のビデオゲームを紐解き、優れたゲームシナリオとは何かを考えていきます。第19回は『バイオショック』を取り上げます。
本記事には『バイオショック』のネタバレを含みます。
閲覧時にはご留意ください。
2007年に欧米で発売された本作(日本では翌年に発売)は、FPSとRPGの双方の楽しみが詰まった良質なゲームプレイや、おつかい型のストーリーテリングを逆手に取ったシナリオなどが多方面から評価され、制作者であるケン・レヴィンや開発スタジオであるIrrational Gamesの名前を不動のものにしました。
海底都市ラプチャーの美しいビジュアルや、暗がりから襲われるホラー表現など、他にも見るべきところが多い一本です。本作の素晴らしいところは世界中のゲーマーたちによって何度も語られていますが、『Judas』の発売も控えていますし、もう一度ラプチャーを訪れてみようと思います。
なお、2016年に発売された『バイオショック コレクション』では、制作者たちが開発秘話を語るディレクターズコメンタリーが付いてきました(それも、ゲーム内にアイテムとして隠されているというなかなか素敵な計らいです)。
The Game Awardsの司会として有名なジェフ・キーリーが、クリエイティブ・ディレクターのケン・レヴィンと、アニメーション・リードのショーン・ロバートソンに質問するという内容です。本稿ではそこで語られている話についても多少触れていきます。
『バイオショック』の舞台は1960年。大西洋上で飛行機事故に見舞われたジャックは、巨大な灯台に迷い込み、そこにあった潜水艇で海底都市ラプチャーへと誘われます。そこは煌びやかなビル群が聳え立ち、科学者たちが地上の争いに惑わされず、純粋に自分たちの技術を披露できる楽園……になるはずでした。
しかしながら、その理想とは裏腹に、ラプチャーはADAMという物質を過剰摂取しておかしくなってしまったスプライサーという元住民たちが殺し合い、凄惨な事態になっていました。そこでジャックはアトラスという男から「恐縮だが」とお願いされ、彼の家族を救うために崩壊しかけたラプチャーを探検することになります。
本作は銃撃戦で敵を倒していくFPSの側面と、特定の目標を攻略するためにビルドを組んだり、おつかいをこなしたりするRPGの側面があります。非常に高いレベルで両者の良いところを融合させたゲームプレイの点だけでも賞賛に値しますが、シナリオにおいても、その両者が今までに培ってきた文法を逆手に取っており、すこぶるユニークです。
ジャックというどこにでもいるような名前がついた主人公は、ラプチャーを作り出した男アンドリュー・ライアンと、家族を探しているらしいアトラスという男の対立に巻き込まれます。コーエンやスタインマンといったような、壊れかけの楽園にしがみつくNPCたちも魅力的で、彼らにもそれぞれ行動規範や動機がありますが、基本的には“ライアンvsアトラスwithジャック”という構図のままゲームは進んでいきます。
さて、ゲームも中盤に差し掛かり、既プレイヤーにとっては忘れようとしても忘れられないほどの衝撃的なシーンに出くわします。
ジャックはここラプチャーで生み出された実験体であり、ゲーム中に何度も聞いた「恐縮だが(Would you kindly)」というアトラスからのお願いは、ジャックの精神に作用して彼を意のままに操らせるためのコードだったわけです。
それを明かしたライアンは「人は選択し、奴隷は従うということだ」と言い、ジャックに命令させて自らをゴルフクラブで撲殺させます。ライアンの死体をプレイヤーが呆然と見つめているのも束の間、アトラスが自らの正体を密輸業者のフォンテインだと明かして、終盤の展開に雪崩れ込んでいくわけです。
目の前に立つ障害を打ち倒すことはゲーマーとしての原初の喜びであり、そこに大した説明がなくても何となく遊びが成り立つのが、ゲームのメディアとしての特色です。
そこに違和感を覚えたケン・レヴィンたちは、“プレイヤーが選択していると思わせること”に着目しました。なんとなくプレイヤーが敵を殺してリソースを集めたりビルドを構築していったりする行いは、すべて敵側の思い描いていた壮大な計画の一部であり、自分は主体的にゲームを遊んでいたわけではなく(キャラクターたちが仕掛けていた)別のゲームの駒に過ぎなかったことが明かされるわけです。
アプローチや主題は異なりますが、FPSを遊んでいただけなのに、行き過ぎた暴力が破滅を導いてしまうという作りについては『Spec Ops:The Line』も上手くやっていましたし、自らが選んだ戦いにより悲劇が進行していくという意味では『ワンダと巨像』も近しいように感じます。
『バイオショック』では、ライアンという男が「人間」と「奴隷」の違いについて説くことで、そのテーマについて浮き彫りにしています。
彼は天才技術者であり、冷戦下という厳しい時代において、真の意味で科学者の独立を考えた人間でした(『メタルギアソリッド3』もほぼ同時期の設定であり、同じく科学者の独立について語られているゲームです)。
しかしながら、個人の独立を重んじるのであれば、ラプチャーの技術を外の世界に売りつける密輸業者フォンテインのような寄生虫も許さなければなりません。結果として彼はフォンテインを暗殺しようとして、自分が地上世界に君臨する独裁者どもと同じ立場になり下がってしまったことに失望します。
誰よりも他人に選択の機会を与えたことにより、その限界をも目の当たりにした人間に対して差し向けられるのが、選択をする機会すら得られなかった改造人間=ジャックなわけです。彼はそんな刺客に対して、尊厳のある死を見せつけることで、人間としての生を全うしました。ライアン、か、かっこよすぎる……。
ちなみに、本作にはカットシーンが3つしかありません(オープニングの飛行機事故のシーンと、ライアンを殺すシーンと、エンディング)。ほとんどのストーリーをゲームプレイを通して見せることに美学を持っているという意味では、Valveの「Half-Life」シリーズと同じような哲学を感じます。
また、ここに至るまでに大量のどうでもいいザコ戦=殺戮を行ってきたという前置きがあるからこそ、ストーリーの根幹に関わる殺人は強制的にカットシーンで見せるだけだという作りも(何度も褒められている箇所ではありますが)ゲームだからこそできる表現方法として極上のものだと言えるでしょう。
と、衝撃的なシーンはここまでではありますが、実際のストーリーはもう少し続きますし、なんなら込められているメッセージ性を感じるためには、ここから先の方が重要ではないかと筆者は思いました。
ライアンの死後は、本作のビジュアルを象徴するキャラクターのビッグダディとリトルシスターのシナリオが前に出てきます。リトルシスターは、世界中から拉致されてきた身寄りのない子どもを、フォンテインとその配下である科学者テネンバウムが改造した存在であり、死体からADAMを精製することができます。そして、ビッグダディはその護衛役なわけです。
良心の呵責からリトルシスターの救済を手伝うように頼まれた主人公は、フォンテインからの洗脳を解き、リトルシスターたちとともにフォンテインに立ち向かうことに決めます。
死体から死体に練り歩くだけの哀しい機械と化した彼女たちの手によって、ラスボスであるフォンテインは葬り去られます。選択の機会を与えられなかった人々が、最後の最後で自らの意志を示し、創造主を倒して自らの未来を切り開いていくという流れは、ライアンの尊厳のある死があったからこそ感動できるのではないでしょうか。
そしてまた、この点についてはケン・レヴィンがディレクターズコメンタリーでも語っています。彼は本作をマルチエンディングではなく、ハッピーエンドだけを採用したかったと悔やんでいます。
“プレイヤーが選択していると思わせること”というのは、単にいくつもの選択肢やいくつものエンディングが用意されていればいいのではなく、プレイヤーが自らこのシナリオを選び取ったんだと感じさせるための工夫を凝らすことなのだと、改めて感じさせてくれる作品でした。ケン・レヴィンはこれらのプロットについて『オイディプス』や『ファイト・クラブ』などが念頭にあったとも答えています。
やはり、本作はいくらでも語り直せる余地がある傑作ですね。当時『バイオショック』を遊んだというプレイヤーの皆さんも『バイオショック コレクション』のオーディオコメンタリーを視聴するために、今一度ラプチャーを再訪するのも面白いのではないでしょうか。
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