[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:因縁(岡山・長澤徹監督)
ゲキサカ / 2016年12月6日 19時0分
ただ1つの目標だけが課せられた日々。大熊を支え続けた長澤は、その指揮官の姿を見て「監督っていうのはこんなに孤独な職業なんだな」ということを痛感させられたという。傍から見れば盤石に思える結果も、想像を絶する苦しい日々の積み重ねによって成り立っていることは言うまでもない。昇格という目標達成に加え、クラブ初の天皇杯優勝を置き土産に大熊は監督を退くと、時を同じくして長澤もJリーガーとしてのキャリアを送ったジュビロ磐田にヘッドコーチとして赴き、小平の地を後にする。2人が初めて仕事を共にした日々から、既に11年が経過していた。
長澤が岡山を、大熊がセレッソ大阪を率いて対峙した一戦の結果は、あえて触れるまでもないだろう。試合後、チームの輪から少し離れたピッチ中央で、C大阪の喜ぶ姿を見つめ続けていた長澤の姿が印象的だった。「『この光景を目に焼き付けておかなければいけない』と思ってね。『ああ、熊さんが胴上げされてるな』って。熊さんを見ていた所もあるかな。あの人は“使命”の人だから。周りに何を言われようと関係ないんだよ。自分に課せられた“使命”を果たすことしか考えてないから。そういう人なんだよ」。後半アディショナルタイム。タッチを割ったボールがなかなか返ってこなかったのを見た長澤は、C大阪ベンチに向かって猛ダッシュでボールを拾いに行った。その際に大熊と言い争っていたと見る向きもあったようだが、長澤はそれを強く否定する。「そんなことする訳ないでしょ。だって大熊清だよ」。その短い言葉に2人の過ごしてきた時間の重みが凝縮されていた気がした。記者会見で長澤との対戦について問われた大熊は、こう答えている。「本当に優秀な監督でこれからが楽しみだし、正々堂々と戦えたというのは誇りに思うし、苦しい中を本当にプロとして一緒にやってきたヤツなので、心より敬意を本当に払うし、本当に今日対戦できて良かったですね」。その眼は少し潤んでいるように見えた。監督室での直談判から20年。痺れる舞台での再会は、長澤にとって“一番厄介な人”の執念がわずかに上回る格好となった。
会見で長澤はこう語った。「セレッソさんにも本当におめでとうと伝えたいです。昨年隣の長居で我々は、私自身もそうなのですが、その現場で福岡に敗れる姿を見ていました。そういう歴史の積み重ねで、やっぱり本当に最後の際という部分で押し込まれるとか、そういう部分があるのかなと、今ぼんやり思っています。我々は無念ではありますが、その無念がやはり次への想いとか願いとか祈りとかを輝かせると思っていますので、この敗退をしっかり受け止めて、選手と共にクラブでしっかり受け止めて、次に向かう一歩にしていきたいと思います。本日はありがとうございました」。彼らしく、相手への敬意と真摯に満ちた言葉だったと思う。ただ、20年前のあの日と同様に人一倍血気盛んで、人一倍負けず嫌いな面も持ち合わせていることを見逃す訳にはいかない。それは物腰の柔らかさと丁寧な物言いに覆い隠されているだけである。因縁に彩られた決勝に敗れ、昇格を逃したその夜。言いようのない悔しさに支配された長澤は一睡もできずに朝を迎えたそうだ。このことは最後に付け加えておきたい。
■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」
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