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ある日突然、夫が本気のサッカーを始めたとき、妻は……(『それ自体が奇跡』第2話)

ゲキサカ / 2017年12月21日 20時0分

ある日突然、夫が本気のサッカーを始めたとき、妻は……(『それ自体が奇跡』第2話)

30歳、結婚3年目、共働き。
夫は本気のサッカーを目指し、妻は違う男に惹かれ始めた。
初めて訪れる危機を二人は乗り越えられるのか!?
夢を追うすべての男女に贈る、話題の小説「それ自体が奇跡」をゲキサカで1月10日まで限定公開!


反感の四月

 すでに三十歳の夫が本気でサッカーをやると言いだすとは、普通、思わない。ねぇ、バカなの? と言いたくもなる。サッカーをやること自体が悪いというんじゃない。毎晩飲み歩く夫よりはずっといい。体にもいい。ケガをされたら困るけど。
 去年までは会社のサッカー部に所属していたから、ちょっとは安心感もあった。例えば試合でケガをしても補償はしてくれるだろうし、仕事面での配慮もしてくれるだろう。でも今年からはそうはいかない。サッカー部はなくなり、貢はよそのチームに入ったのだ。会社とは何の関係もないチーム、プロを目指すチームに。
 貢自身がプロになる。そんな話ではない。じゃあ、何故やるのか。力になってほしいと言われたからやるという。大学サッカー部の先輩に誘われたのだ。
 去年までも、貢は社会人リーグでプレーしていた。三部とはいえ、きちんとした東京都のリーグだ。それが今年からは、一つ飛ばして一部になる。その上の関東のリーグを目指す。でもそこで終わりじゃない。その上、さらにその上を目指すのだ。来月には三十一歳になる夫が。
 貢が大学でサッカーをやってたことは知っていた。キャプテンを務めたことも知っていた。ただ、三十歳の今になって声をかけられるほどの選手だとは知らなかった。そのことを素直に喜べなかった。今さら? との思いが先にきた。一番いやだったのは、事後報告をされたことだ。事前の相談はなかった。チームに入ることを決めたあとで、というかすでに入ったあとで、伝えられた。
 事前に相談されていたとしても、まちがいなく反対した。反対は、今もしている。やめてほしいと、ことあるごとに言っている。貢は聞き流している。聞くふりをしている。最近は、わたしがその件で何か言っても返事をしないこともある。だからわたしも言わなくなる。返事をしない相手に話しかけるのは苦痛だから。
 わたしが勤めるデパートにもそんな人はいた。今はいないが、昔はいた。新人のころだ。あいさつをしても返してくれない人。同性の先輩に多かった。ある日突然そうなることもあった。たぶん、どこかで何かよからぬことを聞いたのだ。ありもしないよからぬことを。
 わたし自身は、先輩後輩を問わず、職場の全員にあいさつだけはするようにしている。そこはすべての基本だと思う。周りには多くの人々がいる。立場がちがう人もいるし、考え方がちがう人もいる。折り合いがよくない人は、どうしても出てくる。でもあいさつさえしておけば、どうにかなる。相手が返さなくても、自分からする。しつづける。もめる気はないのですよ、とそれだけは示す。
 会社では簡単にできるのに、家庭ではなかなか難しい。身内だからこそ、かもしれない。夫と妻。二人家族。近すぎるのだ。たぶん。
 その夫が、外から帰ってくる。インタホンは鳴らさない。手持ちのカギで玄関のドアを開けて、入ってくる。ウインドブレーカーの上下を着ている。走ってきたのだ。埋立地のこのみつばから、海のほうをまわり、国道の向こう、高台の四葉まで行ったのだと思う。
 おかえり、と言いそうになるが、言わない。でも。
「ただいま」と言われ、結局、言ってしまう。
「おかえり」
 木曜日、午前十一時。たまたま休みが重なったので、二人とも家にいる。
 十二月の繁忙期以外は、一応、週休二日。貢はサッカーの試合がある日曜とあと一日は平日、わたしはどちらも平日になることが多い。水曜は催事が立ち上がったりもするので、月、木、金あたりのどれか。月に一度ぐらいは土日に休めることもある。
 店の営業時間は午前十時から午後八時。早番遅番のシフト勤務なので、行きも帰りも重ならない。シフトが同じときでも、貢はわたしより早く出る。帰りも、退店時刻はちがうから、わざわざ待ち合わせたりはしない。外で食べて帰ろうか、となることもたまにはあるが、ここ最近はない。ここ最近。貢が今のチームに入ってから。
 貢は一人、和室で整理体操のようなことをする。3DK。その間取りだと今は和室がないところもあるが、貢は和室をほしがった。畳だと腹筋運動やストレッチがやりやすいからだという。板張りの床で腹筋運動をやるとお尻の上のあたりの皮が擦りむけてしまうのだそうだ。そんな理由で和室? と思ったが、反対するほどのことでもないので、賛成した。今はちょっと苦々しい。
 姿が見える入口のところまでは行かず、居間から貢に言う。
「お昼、どうする?」
「何でもいいよ。またチャーハンでもいいし」
 またというのに、ややカチンとくる。いつのチャーハンに対してのまたなのか。前に貢と休みが重なった日からはもう二週間経つ。そのときも、確かにあり合わせのものでチャーハンにしたけど。
 今度はちょっと意地悪な気持ちで尋ねる。
「そんなのばっかり食べてていいの?」
 プロを目指すサッカー選手なのにいいの? という皮肉を込めたつもりだ。
「おれはもういいんだよ」との答が返ってくる。
 もう三十だからいい、ということだろう。
 貢はいつもそんな感じだ。食べものにはこだわらない。ラーメンもカレーも食べる。ハンバーガーもピザも食べる。ランニングの途中で四葉のハートマートに寄り、割引のシールが貼られたパンやおにぎりを買ってくることもある。
 お酒も飲む。家ではほとんど飲まないが、たまには飲みに行く。行ったときは結構飲む。タバコは吸わない。吸ってみたことはあるそうだ。でもそのせいで持久力がなくなったように感じたので、すぐにやめたという。高校生のころの話だ。アスリートがどうこうじゃない。ダメじゃん、タバコ吸ったら。
 タバコは吸わないし、ギャンブルもやらない。その意味ではいい夫だと思う。そのうえ、さすがにアスリート。腹筋はポコポコに割れている。太腿とふくらはぎの筋肉もすごい。腿は全体的に厚く、ふくらはぎはこんもりと盛り上がっている。身長は百八十センチ。それでも、センターバックとかいう貢のポジションでは特に大きいことはないそうだ。
 わたしは百六十センチなので、二十センチちがう。厳密には二十一センチ。というのも、百六十は自称、本当は百五十九センチなのだ。サバを読んでるつもりはない。あくまでも四捨五入をしてるだけ。カップルがハグをするときの理想の身長差が二十センチだと聞いてから、何となくそう言ってる。もうあまりハグはしないけど。
 まあ、そんなことは抜きにしても、貢の体形はちょっと誇らしい。友だちのダンナさんのなかには、すでにお腹がポッコリ出ている人や逆にガリガリの人もいるから。
 ただ、腹筋がどうとか太腿やふくらはぎがどうとかいうのは、夫としてプラスアルファでしかない。主たる長所ではない。三十にもなって本気でサッカーをやると言いだすのは、主たる短所かもしれない。そのことを妻に相談しないというのは、まちがいなく、主たる短所だ。
 それを自覚しているからなのか、貢は今もこんなことを言ってくる。
「掃除機、かけちゃうよ」そしてとってつけたように続ける。「そういえば、髪切った?」
「切った」
「似合うよ」
 似合わない。わたしはいつもミディアムのレイヤーボブにしているが、今回は前髪を切りすぎた。切られすぎた。ほんの数ミリのことだが、この二日、気になってしかたがない。こんなふうに失敗したときに限って、貢は気づくのだ。それもまた腹立たしい。
 ありがと、を言おうか迷ってるうちに、貢は掃除機をかけ始める。ウィ~ンという音が和室から聞こえてくる。
 掃除や洗濯は、わたしと貢、どちらか休みのほうがすることになっている。わたしだけが休みの日はわたしがやり、貢だけが休みの日は貢がやる。今日みたいに両方が休みのときはわたしがやる。やってくれと言われるわけではないが、まあ、やる。でもこのところ、両方が休みの日でも、こうして貢がやるようになった。自ら進んでやるのだ。わたしは何も言わない。やるからいいよ、とは言わないし、やってよ、とも言わない。貢の好きにさせておく。
 本音を言えば、特にやってほしくもない。やらないで、とまでは言わないが、期待はしない。何故って、きれいにすることではなく、終わらせること自体が目的の、男の掃除だから。肝心の汚い箇所には手をつけない。窓の桟とか家具の隙間とか、そういうところには意識が向かない。目に見えるところ、すでにきれいなところを、なぞる。やったとの満足感を得るためだけの無駄な作業。フロ掃除でもトイレ掃除でもそれは同じだ。だから期待しない。できない。
 とはいえ、やろうとするその気持ちを無下にはしたくないので、止めはしない。黙っている。やるならちゃんとやってよ、と言うのが一番ダメなことだ。そのくらいは知っている。
 結婚歴十年、今三十九歳の販売員、宮地清美さんが言っていた。結局ね、ほっとくしかないのよ。ほっといて、最後に軽くほめてやればいいの。ありがとう、たすかったって。ありがとうだけじゃダメ。たすかったって言葉に男は弱い。
 清美さんも、結婚五年めあたりでやっと気づいたのだそうだ。その手の無駄なやりとりも夫婦には必要なのだと。そしてこうも言った。ほんと、バカげてるけどね、でもそれでうまくまわるならそのほうがいいじゃない。無駄な家事を自由にやらせたところで、家が傷んだりはしないんだから。
 清美さんのダンナさんが聞いたら怒るだろうなぁ、と思いつつ、笑った。わたしはまだその域には行けない。結婚するときに二人でやろうと決めた家事をやってるだけなのだから、ほめるのもおかしい。だからといってほめたくないこともないが、今はほめられない。たぶん、今は貢が何をしてもほめられない。
 貢とは、どちらもが二十八歳のときに結婚した。知り合ったのはそれよりずっと前だ。貢が入社一年めのころ。高校を卒業して入ったわたしはすでに五年めだった。よく言えば仕事に慣れていたし、悪く言えば単調な毎日に飽きていた。
 毎年、新入社員のことは大きな話題になる。どの大学を出たか、どの売場に配属されたか。生々しいところで言えば、誰が一番カッコいいか、誰が一番手が早そうか。貢の代は自分と同い歳が多いので、いつもよりは気になった。貢の評価は悪くなかった。大学はいいところを出ていたし、配属も婦人服部。会社からの期待も高いことがうかがえた。
 話したこともないわたしに、通路でのすれちがいざま、おつかれさまです、とあいさつをしてきたのには驚いた。あとでそのことを言ったら、貢はまったく覚えていなかった。顔を見たことがある人全員にあいさつをすることにしていたのだという。悪くないな、と思った。わたしも自分からあいさつをするから。さすがに、顔を見たことがある人全員にはしないけど。
 しばらくは、店内のどこかで会えばあいさつをする、というだけの関係が続いた。貢はいつもワイシャツ姿で従業員用通路を走りまわっていた。ガムテープの丸い芯の部分を腕にはめたりもしていた。それがサッカー選手のキャプテンマークみたいで何だかおかしかった。
 二十六歳のとき、同期の椎名すずに飲み会に誘われた。合コンと言うほどでもない、二対二の飲み会。当時は外商部にいた若松俊平にすずが声をかけ、では二対二で飲みに行きましょう、となったのだ。
 すずが誘ったのがわたしで、俊平が誘ったのが貢だった。正直、すずと二対二はキツいな、と思った。すずはエレベーター係。いわゆるエレベーターガールなのだ。どう考えても、わたしが引き立て役になる。でもすずとは気が合ったので、二対二ならむしろいいかな、とも思った。すでに二十六歳。そうした飲み会や合コンにはあまり行かないようになっていた。声がかからなくもなっていた。二十四、五のあたりで、本当にパタリと声はかからなくなるのだ。
 ただ飲んでおしゃべりをするつもりでいた。実際、そんな感じになった。場所は銀座の沖縄料理屋。三線とかいう楽器が奏でる沖縄の音楽がゆったりと流れていた。初めて貢ときちんと話をした。紳士服部と婦人服部。接点はあまりない。
「滝本さんだったんですね」と貢は言った。「あいさつはしてたけど、初めて知りました。僕は田口です」
「知ってますよ」とわたしは言った。「田口さんは有名だから」
「有名、ですか?」
「有名です。いつも裏の通路を走りまわってる田口さん。マグロみたいに、止まったら死んじゃうんじゃないかって噂です」
「そんな噂が?」
「わたしが考えました。でもだいじょうぶ。どこにも流してません」
「じゃあ、今度からは止まりますよ。止まってあいさつします。でもだいじょうぶ。死にません」
 楽しい飲み会になった。充分楽しめたからそれでいい。そう思っていた。
 翌々日に、貢からメールが来た。さすがにアドレスの交換ぐらいはしていたのだ。
〈おとといは楽しかったです。また行きましょう〉
 こう返した。
〈わたしも楽しかったです。ぜひ〉
 すぐに次が来た。
〈電話番号を教えてもらってもいいですか?〉
 そのあとに貢自身の番号が記されていた。
 わたしは自分の番号を送り返した。
 今度はすぐに電話が来た。すぐもすぐだ。
「すいません。教えてくれてよかったです。善は急げと思って、かけちゃいました。いや、善て言うのもおかしいですけど。まあ、僕にとっての善てことで。で、どうですか? ほんとに飲みに行きませんか?」
「二人で、ですか?」
「はい」
「本気ですか?」とつい訊いてしまった。
「本気ですよ。楽しかったんで、また話したいと思いました。ダメですか?」
「ダメではないですけど」
「おとといは、サッカー部の試合とか練習であまり時間がつくれないと言いましたけど、その気になれば、どうにかつくれるんですよ。時間」
 体育会系の人なんだな、と思った。こうと決めたら突進する。でもいやな感じはしなかった。わたしが電話番号を教えなかったらその時点で潔く引いていただろう。そんなふうにも思えたから。
 一週間後に、二人で飲みに行った。貢が気に入ったと言うので、店はまたあの沖縄料理屋にした。その日は二軒めにも行った。バー『穴蔵』。銀座の端、一丁目。地下にある落ちついた店だ。
「こんな店も知ってるんですね」とわたしは言った。
「知ってる二軒のうちの一軒です。歩いてて、たまたま見つけました。この穴は何だと思って階段を下りてみたんですよね。そしたらバーでした。初めて、一人で入って飲みました。すごく感じがよかったんで、ここぞというときに来ようと決めました」
「今、ここぞですか?」と尋ねた。
「ここぞですよ」と答がきた。「ここぞもここぞです。サッカーで言うと、まさにヘディングシュートを打とうとしてる感じです」
 そんなふうにして、貢との交際は始まった。試合を観に来てほしいというようなことを、貢は言わなかった。わたし自身も、行くとは言わなかった。土日はまず休めないから、行きようもないのだ。それでも、一、二度は、試合の日に休めることもあった。行こうかな、と言ってみたが、無理に来なくていいよ、と言われたので、やはり行かなかった。試合はごく普通のグラウンドで行われるらしい。特に観客席などはない。だから来ても居場所がないんだ、と貢は言った。一人で長くは観てられないと思うよ。外だから陽射しも強いし。
 二年の交際を経て、わたしたちは結婚した。結婚生活自体が、何となく始まった感じだった。いや、何となくはひどい。当たり前に始まった、と言うべきか。お互い好きなんだから結婚するでしょ。同じ会社で働いてて二年も付き合ってるんだから結婚するでしょ。そんな具合だった。
 結婚式も披露宴も、大げさにはしなかった。繁忙期を避けて、十一月。呼ぶ人も少なめにした。わたしと貢が同じ会社に勤めてるからこそ、そうできた。ともに呼ぶのは上司何人同僚何人と、初めから決めてしまったのだ。そうすれば、あの人もこの人も、とならない。
 こぢんまりした披露宴だったが、主賓として水越専務が来てくれた。総務部長時代に貢の入社最終面接に立ち会ったのがその水越専務だ。貢が結婚すると聞き、じゃあ、行こうか、と自ら言ってくれたらしい。貢は案外買われてるんだな、と密かに感心した。
 主賓あいさつは、仕事の話よりサッカーの話のほうが多かった。
「田口くんがいなければ、サッカー部は一番下のリーグ四部にまで落ちていたかもしれません。その意味で田口くんは我が社の救世主となってくれました。できればその力で、二部一部とチームを引き上げてほしいです。田口くんならやれると思います」
 でもそのサッカー部は、去年、あっけなく解散した。そんな話はもう何年も前から出ていたらしい。それはそうだろう。社員たちでさえ、活動していたことをほとんど知らないのだし。
 主賓あいさつはこう続いた。
「一昔前の百貨店では、ほとんどの女性社員が結婚を機に退職していました。いわゆる寿退社ですね。むしろそうすることが当たり前という風潮さえありました。しかしもうそんな時代ではありません。結婚後も女性には大いに活躍していただきたいです。百貨店に来られるお客さまとは誰なのか。多いのはやはり既婚女性です。その既婚女性の目線こそが、働く側にも必要です。綾さん。貢くんを支えるだけでなく、どうか我が社も支えてください。貢くんと二人、夫婦で我が社を守り立ててください。よろしくお願いします」
 プレッシャーだなぁ、と思った。既婚女性の目線とか女性の社会進出とか、そんなことを考えていたわけではないのだ。お金を稼げるうちは二人で稼いでおいたほうがいいからそうするだけ。何ならほかの仕事でもよかった。事実、みつばに近いところで何か探してみようかと一度は考えたくらいだ。
 確かに、一昔前のデパートは寿退社が多かったと聞く。わたしが入社したときは、もうそんな感じではなかった。就職もデパート自体も冬の時代。高卒女子の採用があったのも、わたしの年が最後だ。
 試しに入社試験を受けてみたら、受かった。喜んで、入った。同期にはかわいい子が多かった。特にかわいかった椎名すずはエレベーター係になった。そうなるんだな、と思った。わたしレベルじゃ無理だったか、ともちょっと思った。三年前、売場に異動になったのを機に、すずは会社をやめてしまったけど。
 女子社員は各フロアのレジを担当することが多かった。販売は各メーカーから派遣された販売員さんたちにまかせることができるが、さすがに現金の管理までまかせるわけにはいかない。レジには常に正社員を置く必要があった。
 大卒の総合職でなければ、大きな仕事をまかされることはない。だからと言うのも何だが、結婚を機にわたしが会社をやめるものと、たぶん、誰もが思っていた。わたし自身は、やめるのは子どもができたときでいいと思っていた。そう言うと、貢も賛成した。そうだな。そのほうがいい。ウチは給料が安いから。
 すぐには子どもをつくらない。そこだけは二人で決めていた。もしできたら産む。でも積極的につくりにはいかない。わたしとしては、少なくとも結婚後二年は働くつもりでいた。その二年分のお給料を出産やらその後の何やらにつかいたかった。それまでとにかく無駄な出費は避けようと、このみつば南団地に住むことにした。D棟の五〇一号室。わたしが見つけ、申し込んだ。
 ドア・トゥ・ドアで、店まで一時間十分。東京湾とはいえ海に近く、いい場所ではあるのだが、駅まで二十分歩く。アスリートの貢は何でもないと言うが、スポーツ歴ゼロのわたしはちょっとツラい。でも駅前の駐輪場が有料だとわかり、歩くことにした。二年が過ぎて、少しは慣れた。二年前よりは体も少し軽くなった。
 そしてわたしも三十歳。八月には三十一歳。結婚してすぐには子どもをつくらない。でもそろそろ検討するべきだろう。これ以上先延ばしにする理由は見当たらない。
 そう思っていたところで、こんなことになった。貢が本気のサッカーを始めた。わたしに相談もせずに始めてしまった。もうシーズンは始まっている。去年まではリーグ三部だったが、今年は一部。力の差がどのくらいあるのかは知らない。聞いてない。興味を持ってるととられたくないから。ただ、差はあるのだろうな、と思う。貢の真剣度がちがうのだ。去年までも真剣は真剣だった。が、まだどこか余裕があった。楽しんでいる感じがあった。今年はそれがない。たぶん、ランニングの距離も伸びた。回数も増えた。絞れていた体がさらに絞れた。
 和室の掃除を終えた貢が居間に出てくる。掃除機を床に置き、コンセントにプラグを差す。わたしはソファから立ち上がる。邪魔にならないよう壁に寄る。貢が掃除を始める。止んでいたウィ~ンという音が再度鳴る。わたしの目があるからか、貢は思いのほか丁寧に掃除機をかける。一度だけではない。きちんと二度がけする。足でくずかごをどけたりもしない。きちんと手をつかう。
 わたしはその背中に言う。
「ねぇ」
 掃除機をかけている当人。わたしに話しかけられると思ってもいない。さすがに聞きとれなかったらしい。もう少し大きな声で言う。
「ねぇ」
 掃除を続けながら、貢がわたしを見る。わたしも貢を見ていたことで、空耳ではなかったのだと気づく。掃除機のスイッチをオフにして、言う。
「ん?」
「一年だけにしてね」
「何?」
「サッカー。この一年だけにしてね」
「あぁ」
 了解、の、あぁ、ではない。そういう意味か、の、あぁ、だ。ここ数ヵ月、居間に何度も流れたいやな空気が、今もまた流れる。
 貢が掃除機のスイッチをオンにする。ウィ~ン。今度はうるさいと感じる。ごみなど落ちてないきれいな床が、さらにきれいにされる。無駄な労力がつかわれる。
 やはりわたしはほめられない。ありがとう、たすかった。とは言えない。
 貢の耳に届くかわからない。でも言う。
「わたしも好きにするから」

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○30歳サラリーマンがJリーガーを目指す!?(第1話)

<書籍概要>

■書名:それ自体が奇跡
■著者:小野寺史宜
■発行日:2018年1月9日(火)
■版型:四六判・272ページ
■価格:電子版 500円(税別・期間限定)、単行本 1,450円(税別)
■発行元:講談社
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