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夫への罪悪感はなかった(『それ自体が奇跡』第7話)

ゲキサカ / 2017年12月26日 20時0分

夫への罪悪感はなかった(『それ自体が奇跡』第7話)

30歳、結婚3年目、共働き。
夫は本気のサッカーを目指し、妻は違う男に惹かれ始めた。
初めて訪れる危機を二人は乗り越えられるのか!?
夢を追うすべての男女に贈る、話題の小説「それ自体が奇跡」をゲキサカで特別公開!


 亮介と二人で映画を観たからどうということはなかった。夜、自宅で貢と顔を合わせたときも平常心でいられた。一夜が明けた今も、やはり罪悪感はない。こうして売場を歩いていてもそう。昨日、男の人と歩いてなかった? と誰かに声をかけられるのでは、とビクビクしたりもしない。かけられたらかけられたで、なじみのお客さまとバッタリ会っちゃって、とすんなり返せると思う。
 通路の先に一体のマネキン人形が見える。宮地清美さんが担当するブランドの売場に立つマネキンだ。淡いブルーのサマージャケットに白のパンツを合わせている。悪くない。日焼けした男性ならよく似合うだろう。
 ただ、ちょっと邪魔だ。先週からそう感じていた。売場の部分改装を経て、そのマネキンがそこに置かれることになった。スペースの関係からしてそうなるのはしかたない。が、通路にはみ出しているわけでもないのに、何か邪魔。
 あぁ、そうか、と気づいた。こちらから歩いてくると、肝心の売場が見えにくくなるのだ。つまり、そのマネキンで大いにアピールしたい清美さんのブランドの売場が。
 一度前を素通りし、逆向きに歩いてみた。そしてさらにもう一往復。
「綾さん、何してんの?」と清美さんに言われた。
「このマネキン、邪魔じゃないですか?」
「いや、邪魔って」
「着こなしはいいんだけど、場所がよくないかなぁって」
「そう?」
「エスカレーターのほうから歩いてくると、売場自体がちょっと見にくいんですよ。お客さまの流れはその向きだから、もったいないと思って。反対側に置いたらどうですかね。売場に食いこんじゃうけど、商品を見る妨げにはならなそうだし」
「あぁ。それでそっちからも歩いてみたわけ?」
「はい」
「どれどれ、わたしもウロウロするわ」
 清美さんも、実際に両方向から歩く。
「言われてみると、ちょっと邪魔かなぁ」
 二人、通路に並んで立ち、売場を眺める。
「位置を移すとして。空いたとこはどうする?」と清美さんが言う。
「倉庫に一つワゴンがあるんですよ。それを置きましょう。腰の高さなんで、見通しはだいぶよくなるはず。黒のモノトーン。安っぽくはないから、たぶん、ここに合いますよ」
「だったらいいかも」
「さっそく持ってきます」
「でも柴山さんは?」
「今日はお休みです」
「許可をとらなくてだいじょうぶ?」
「売場をよくするのに文句を言うマネージャーなんていませんよ。わたしが明日朝イチで言っときます。試しにやってみましょう。ダメなら戻せばいいんだし」
「了解。売場に綾さんがいてくれて、ほんと、たすかるわよ。麻衣子りんじゃとてもこうはいかない。仕事は全部内向き、お客さまにものを売ることなんて考えてないから。時々、本気で一戦交えようかと思うわよ。って、同じ社員さんにこんなこと言っちゃマズいか」
「聞かなかったことにします」
「さすが綾さん」
 一人で倉庫に行き、ワゴンを持ってきた。キャスター付きなのでたすかった。サイズも色合いも、うそみたいにピタリと合った。清美さんと二人して笑った。初めからここ用につくられたみたい、と。
 そして翌日、朝イチで柴山さんに報告した。朝礼後に、清美さんとの三人で売場をあちこちから眺め、通路を歩いてみた。
「昨日の半日でわかりました。お客さまからもそうだけど、わたしから見えるのがいいんですよ」と清美さんは柴山さんに言った。「だから早めのアプローチが可能」
「このほうがやりやすい?」
「はい」
「じゃ、これでいこう」
「いいですか?」
「もちろん。どんどん手を加えていきましょう。小さいことの積み重ねで、日々変えていかないと。そうできるのが売場のおもしろいとこよ。売場のというか、デパートの、かな。とにかく、目的はなくても店に行きたいと思ってもらわなきゃ」
「確かに、ちょっとのことでも風向きは変わりますもんね。それを見極めるのが難しいんだけど」
「読めそうで読めないのよね。でも今日のこれはいい。綾さん、ナイス!」
「ナイスって」と清美さんが笑う。「柴山さん、古っ!」
「じゃあ。綾さん、グッジョブ!」
「それも微妙」
 わたしが笑う。柴山さん自身も笑う。
 館内に音楽が流れだす。
 午前十時。開店。


<「それ自体が奇跡」の購入はこちら>

▼第1話から読む
○30歳サラリーマンがJリーガーを目指す!?(第1話)
○ある日突然、夫が本気のサッカーを始めたとき、妻は……(第2話)
○入社13年目でやらかしてしまった痛恨のミス(第3話)
○30歳のDF、試合で体が動かない!(第4話)
○試合の翌日、起きられずに会社に遅刻!?(第5話)
●エピソード一覧へ

<書籍概要>

■書名:それ自体が奇跡
■著者:小野寺史宜
■発行日:2018年1月9日(火)
■版型:四六判・272ページ
■価格:電子版 500円(税別・期間限定)、単行本 1,450円(税別)
■発行元:講談社
■kindle版の購入はこちら

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