カップ戦“2冠”で感じたリーグ戦の厳しさ…C大阪MF山口蛍「1年を通して安定するのは本当に難しい」

ゲキサカ / 2018年1月1日 20時38分

負傷から還ってきたセレッソ大阪10番はフル出場で優勝に貢献

[1.1 天皇杯決勝 C大阪2-1(延長)横浜FM 埼玉]

 2か月前にルヴァン杯の決勝を戦ったセレッソ大阪。その経験値が、この日の天皇杯決勝にも活かされた。「ルヴァンの決勝を経験したことで、今回の決勝も精神的にラクにというか、リラックスして入れた」とMF山口蛍は試合を回想する。しかし、チームは前半8分に伊藤翔に得点を許して先制されてしまう。

「同点にできる自信はあったので、負けているからと焦ることはなかった」。山口をはじめそう信じていたC大阪イレブンは攻撃の手を緩めずに攻めると、後半20分にFW山村和也が同点弾、延長前半にはMF水沼宏太が逆転弾を決めた。「前の選手が点を決めてくれる、後ろの選手からしたらそういう信頼もある」。体を張った守備で、2度目のゴールを割らせることなく、120分の戦いを終えた。

 天皇杯決勝を迎えるにあたって、11月下旬に右腓腹筋筋損傷で全治3週間の診断を下された山口は出場が危ぶまれていたが、120分を戦い抜いた。「決勝に間に合わせてくれた、トレーナーやフィジカルコーチに今日の勝利を差し上げたい」とスタッフへの感謝を語った。

 C大阪はルヴァン杯、天皇杯で2冠を果たしてシーズンを終えた。一発勝負であるカップ戦を勝ち抜く強さを得た一方で、年間を通して戦うリーグ戦については「1年を通して安定するのは本当に難しいことだというのは、逆に感じた」と痛感したという。

 天皇杯に優勝したことでACLへのストレートインを決めたC大阪が最後にアジアの舞台に立ったのは、2014シーズン。ACLでは決勝トーナメント進出を果たしたがリーグでは低迷、前年の4位から一転して17位に沈んでJ2降格となった。「途中で怪我をして何もできずに落ちてしまった」。日本代表としてブラジルW杯を戦った後の8月に重傷を負うと、ピッチに戻ることができないままチームの降格を見るしかなかった。27歳になり「余裕」が備わった山口は同じ轍を踏むつもりはない。

(取材・文 奥山典幸)●第97回天皇杯特設ページ
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