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格闘技界と芸能界を自在に行き来するノンフィクションの賞獲り男として、細田昌志の快進撃は当分続くのではないか。(松尾潔)

日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年5月31日 9時26分

格闘技界と芸能界を自在に行き来するノンフィクションの賞獲り男として、細田昌志の快進撃は当分続くのではないか。(松尾潔)

細田昌志著「力道山未亡人」(講談社)

【松尾潔のメロウな木曜日】#87

 今年2月に完結した本紙連載「『テレビと格闘技』2003年大晦日の真実」でおなじみ、細田昌志さん。彼の第30回小学館ノンフィクション大賞受賞作『力道山未亡人』がついに出版された。未発表原稿の公募制で知られる同賞の頂点に輝いただけあって、ズドンとした読みごたえと、300ページ超の長さを感じさせないリーダビリティを併せもつ快作に仕上がっている。2021年には『沢村忠に真空を飛ばせた男/昭和のプロモーター・野口修評伝』(新潮社)で第43回講談社本田靖春ノンフィクション賞を獲った細田さんは、続く今回の受賞で作家としての地位を揺るぎないものにしたのではないか。畏友の快挙を心から祝したい。

 昨年の初夏、四谷を妻と歩いていたら、銀行の玄関から勢いよく出てきた細田さんと思いがけず邂逅した。Tシャツに短パンという軽装の彼は「そいつに乗って国会図書館に行くところなんですよ、最近の日課で」と停めていた自転車を指差した。これも何かの縁だからと3人で近場のカフェに入り、アイスコーヒーを飲みながら彼が連射する言葉に耳を傾けた。話題は「放送作家時代にジャニー喜多川にかけられた言葉」から「ノンフィクションを書いて生きていくこと」、「鳥取の実家の両親」と多岐にわたりながら、その語り口は滑らかな一筆書きのごとし。ぼくと妻はときに爆笑、ときに落涙しそうになるほどで、彼の職歴にはリングアナウンサーもあったと思い至らずにはいられなかった。その日が初対面の妻も「細田さんならどんなインタビュイーも心を開いてしまうんじゃないかしら」と妙に納得していたほどだ。いま思えば、その時期に彼がかかりきりで取り組んでいたのが、締切が迫った『力道山未亡人』だったんだなあ。

 題名通り、同書は戦後復興の象徴として国民的人気を博した〈日本プロレス界の父〉力道山の4人目にして最後の妻・田中敬子さんの評伝。読書欲をいたく刺激する「遺された負債は30億円。英雄の死後、妻の『戦いのゴング』が鳴った」という帯文は、誇張でもハッタリでもない。ページをめくればすぐにわかる。1960年の暮れ、なんと260倍の超難関を突破して日本航空のCAに採用された19歳の女性は、じつに、じつにチャーミングなのだ。だが細田さんの筆があまやかな波に溺れることはけっしてない。また、敬子さんをとりまく若者たちの登場するタイミング、彼らのキャラクターの立ち具合、どれも思わせぶりながら十分に抑制も効いており、著者のバランス感覚の冴えは憎らしいほどだ。当時まだ名もなき若者だった彼らこそは、のちのアントニオ猪木、人気作家・安部譲二、ジャーナリスト大宅映子、あるいはサザンオールスターズ原由子であったりするのだから。

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