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「私の心の中にある『故郷』は誰にも譲れない」に心を揺さぶられ、「帰郷」の歌詞を急遽朗読した(松尾潔)

日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年6月7日 9時26分

「私の心の中にある『故郷』は誰にも譲れない」に心を揺さぶられ、「帰郷」の歌詞を急遽朗読した(松尾潔)

口頭弁論後の記者会見の様子(C)日刊ゲンダイ

【松尾潔のメロウな木曜日】#88

 先週木曜(5月30日)の朝、東京地裁へ行った。56歳にして初めての裁判所である。若いころに法曹の道に進むのもいいなあと漠然と憧れたこともあるが、気づけば裁判とはまったく無縁の人生を過ごしてきた。文章を書いたり話したり歌を作ったりして糊口を凌いでいるが、筆禍や舌禍に発展するような仕事内容でもなく、婚姻や相続で裁判の世話になったこともない。いわゆる犯罪や交通事故を起こしたり巻き込まれたりした経験もない。ま、今のところはね。ついぞ裁判所に行くことのないまま一生を終える人って全人口の何パーセントくらいかな。そんなことをぼんやりと考えながら地下鉄霞ケ関駅の長い長い通路を急いだ。

 法廷に足をはこんだのは、ある裁判を傍聴するため。在日コリアン3世の69歳の男性・金正則さんが、SNS上で差別的投稿を繰り返されたとして、高校の同級生に慰謝料などの損害賠償を求めて起こした訴訟の第1回口頭弁論だった。社会問題に関心の強い読者なら、この春ネットで拡散した〈「在日の金くん」ヘイト訴訟〉というニュースをご記憶かもしれない。提訴日(3月29日)の緊急記者会見には、法政大学前総長の田中優子さん、ジャーナリストの有田芳生さん、弁護士の宇都宮健児さんも同席。この錚々たる顔ぶれをみれば、事件の本質が「同級生間のトラブル」なんて生易しい言葉で括れるようなものではないことがすぐに理解できるだろう。「差別はなくならないとも言われますが、私はこれまでの歴史の中で育まれ蓄積されてきた日常的な差別意識を、次の子どもたちの時代にまで継承させることだけは止めたい」と話した金さんが、自分の身に及んだ災いを個人的な問題として終わらせずに、広くマイノリティ当事者への風当たりを変えたいと考えていることは明らかだ。

 ぼくがこの訴訟を知ったのは、記者会見から10日後。本連載を単行本化した『おれの歌を止めるな』(講談社)のプロモーションでYouTube番組『デモクラシータイムス』に出演した際、収録後のスタジオで司会の池田香代子さん(ベストセラー『世界がもし100人の村だったら』でも知られるドイツ語翻訳家)から「松尾さんは福岡の修猷館高校のご出身ですよね?」と訊かれた。ええそうですよ、と答えたら「修猷館の同窓生のあいだで裁判が始まるのをご存じですか」と意外すぎる言葉が返ってきたのである。それからYouTubeにアップされていた先述の記者会見を見て、ようやく事件の概要を知る。怒り、悲しみ、そして恐怖。それらがないまぜになった感情が沸きあがってくるのを抑えることができなかった。

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