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「談志師匠が鰻重を3人前、お土産にお持ち帰りになりました」【立川晴の輔 大いに語る】

日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年8月2日 9時26分

「談志師匠が鰻重を3人前、お土産にお持ち帰りになりました」【立川晴の輔 大いに語る】

立川晴の輔(C)日刊ゲンダイ

【立川晴の輔 大いに語る】#4

 前座修業6年の後、2003年、志の吉(前座名)は二つ目に昇進する。

「立川流には昇進試験があります。落語50席、歌舞音曲、講談のさわりを読むのが必須科目で、家元(談志)の前で演じて合否が決まるんですが、孫弟子の場合、それぞれの師匠の判断で決めていいことになってました。それで師匠(志の輔)が、僕の昇進を報告したんです。すると家元が、『孫弟子を見せてみろ』と言い出して、快楽亭ブラック門下のブラ房(現・立川吉幸)と志らく門下の3人の5人が、昇進試験を受けることになりました」

 試験会場は談志の行きつけ、上野公園内にあるうなぎ屋、伊豆栄別館の<梅川亭>である。

「舞台が付いてる座敷を借りて、家元のお食事とお土産のサーロインステーキ肉を用意しました。そこで5人が順番に落語と講談、歌舞音曲をやるわけなんですが、あんなに緊張したのは初めてでした。合格しないと、昇進を決めてくれた師匠、志の輔の顔に泥を塗ることになりますから。なんとしても合格しないと、というプレッシャーが凄かった。ブラ房がうたってる最中、家元がトイレに立ったので中断したら、トイレの中から家元が、『うたってろ!』と怒鳴る声が聞こえたこともあって(笑)。いよいよ発表の時、最初に僕を指さして、『おまえはいい』と言われました。家元の指先からレーザー光線が出て、体が裂かれるような感じでした。安堵感で体の力が抜けるような。結局合格は2人、3人が不合格でした。お勘定は合否関係なく5人が割り勘で払うんですが、予算よりずいぶん高いので女将に尋ねたら、『談志師匠がうな重を3人前、お土産にお持ち帰りになりました』と言う(笑)。そこまで手が回ったかと。これが今も立川流に伝わる『鰻の幇間』の実話版です」

 不合格の3人も、後日追試を受けて昇進が決まったが、高い受験料であった。

「すぐに師匠に合格を報告しました。顔をつぶさずにすんで、本当によかったです」 (つづく)

(聞き手・吉川潮)

▽立川晴の輔(たてかわ・はれのすけ) 落語立川流・立川志の輔一門。1972年11月21日兵庫県神戸市生まれ。岡山県作陽高校、東京農業大学農学部卒。97年、立川志の輔に入門。志の吉を拝名。2003年、二つ目に昇進。08年、東西若手落語家コンペティション・グランドチャンピオン。13年、真打ちに昇進。志の吉から晴の輔へ改名。

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