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映画「箱男」の魅力とは…安部公房の世界を“娯楽”と“現代”に引き寄せた(金澤誠/映画ライター)

日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年8月24日 9時26分

映画「箱男」の魅力とは…安部公房の世界を“娯楽”と“現代”に引き寄せた(金澤誠/映画ライター)

「箱男」(C)2024 The Box Man Film Partner(C)日刊ゲンダイ

 石井岳龍監督、永瀬正敏主演の「箱男」が8月23日に公開された。今年は原作者・安部公房の生誕100年を記念して、未完の遺作「飛ぶ男」をはじめとする彼の作品が再版され、イベントなども開催されている。このタイミングで登場する「箱男」は、1997年に同じ石井監督、永瀬主演、さらには今回も出演している佐藤浩市の共演で映画化されるはずだった作品。そのときはドイツ・ハンブルクで撮影の準備を重ねていたが、クランクイン寸前で製作中止が決まったという、彼らにとっては幻の企画だ。以来27年、「箱男」の映画化を「一度も諦めたことはなかった」と語る石井監督の念願がかない、ついに作品が完成した。

 これまで安部公房の小説の映画化には、小林正樹監督の「壁あつき部屋」(56年)を皮切りに、「おとし穴」(62年)やカンヌ国際映画祭審査員特別賞も受賞した「砂の女」(64年)、「他人の顔」(66年)、「燃えつきた地図」(68年)などの勅使河原宏監督作があるが、それらはすべて原作者が脚本も手掛けたもの。安部公房文学特有の不条理や難解さが織り込まれ、その“わからない面白さ”が逆に注目を集めてきた。

 対して今回の「箱男」は、石井監督が原作者が93年に亡くなる前に直接会って映画化権をもらったときに、唯一の条件として「娯楽にしてくれ」と言われたもので、原作世界を尊重しながらエンタメに引き寄せているのが特徴である。

 基本の物語は、段ボールをかぶってのぞき窓を開け、完全に孤立することで社会を勝手に見つめて匿名性を獲得した“箱男”(永瀬正敏)が、彼からその座を奪おうとする“ニセ箱男”(浅野忠信)と対決するというもの。

■SNS全盛の日本は“1億総箱男化”

 昨年夏、撮影現場にお邪魔して石井監督に話を聞いたが、彼は原作を読んだ時、“箱男”をダークヒーローのように感じたという。ただそれはマーベルもののような唯一無二のスーパーパワーを持つ存在ではなく、段ボールをかぶれば誰でもなれるところに日本的な面白さを覚えたとか。また石井監督は、段ボールをかぶらずとも誰もが匿名性を獲得しているSNS全盛の現代を思うと、日本はすでに“1億総箱男化”していると感じて、このテーマが今にも通じると改めて思った。逆に言えば安部公房が原作を書いた1973年から半世紀が過ぎ、時代の気分が彼の小説に追いついたともいえる。

 また映画には白本彩奈扮する葉子が登場するが、彼女が完全なる孤立を存在の基本とする“箱男”や“ニセ箱男”の心に揺らぎをもたらすヒロインとして強い印象を残す。原作では男性たちに搾取される側の葉子が、ある意味男たちを弄ぶような側面も持っているところが現代的な味付けで、石井監督はその部分でも今の時代に対する目配せを忘れていない。

 最近、コロンビアの作家ガルシア・マルケスが1967年に発表した「百年の孤独」が初めて文庫化されて、若者層も巻き込んでちょっとしたブームになっているが、マルケスの小説の愛読者でもあったという安部公房の作品は、どこまで今の人々にアピールするか。石井岳龍という映像作家の目を通して、SNS時代の預言者とも言うべき彼の世界が、この映画によってマルケスのように再発見されるかもしれない。まずはあまり小難しく考えず、永瀬正敏、浅野忠信、佐藤浩市と日本映画界を代表する実力派俳優が揃った「箱男」を、見て楽しんでいただきたい。

(金澤誠/映画ライター)

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