かつての“勧善懲悪”は廃れ…時代劇の復活は本物か?『八犬伝』『十一人の賊軍』が趨勢を占う(金澤誠/映画ライター)
日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年10月29日 9時26分
(C)2024「十一人の賊軍」製作委員会
『SHOGUN 将軍』のエミー賞18部門受賞で、にわかに注目を浴びている時代劇。テレビではNHKを除いて、時代劇が姿を消したことが嘆かれているが、テレビ界の現状を見れば刑事ドラマ、医療ドラマ、グルメドラマ以外のジャンルで、定番化しているドラマはない。時代劇は制作費がかかるので敬遠されてきたといわれるが、制作本数が減ったのはそれだけの理由ではない。一番のポイントは、かつて時代劇の王道だった“勧善懲悪”の娯楽時代劇が、時代に合わなくなったことである。
「SHOGUN」にしても、正義のヒーローが悪の勢力を倒すのではなく、戦国の覇者となるために知略を巡らせて、主人公・虎永を中心とした登場人物たちが駆け引きをする面白さが目を引いたわけで、いわゆる“勧善懲悪”ものではない。過去の時代を描いていても、作品が現代とどうマッチするかが重要なのである。そういう意味で、10月25日から公開中の曽利文彦監督、役所広司主演の『八犬伝』、白石和彌監督、山田孝之と仲野太賀主演の『十一人の賊軍』(11月1日公開)は、今後の時代劇を占う上でも注目の作品だ。
どちらも約2時間半の大作だが、2本に共通するのは“正義とは何か?”というテーマだ。山田風太郎原作の「八犬伝」には、伝奇小説「南総里見八犬伝」を書き続ける作者・滝沢馬琴を描く【実】の世界と、彼が書いた物語世界を実写化した【虚】の世界が登場する。馬琴は物語のすべての伏線を回収し、最後は正義が勝つという、完璧な構成の“勧善懲悪”小説を完成させようとするが、【実】の世界では彼の善良な息子が病気になり、つましく生きてきた彼自身も失明するなど、正義が勝つわけではない。“勧善懲悪”など嘘だと実感しながら、それでも物語の中では正義が勝たなければならないという信念を持つ馬琴の苦悩を、役所広司が見事に表現している。つまりこれは“勧善懲悪”を否定しながら、一方ではアクションとVFXを駆使して【虚】の世界に娯楽時代劇の面白さを映し出した二重構造の映画で、馬琴とその周辺の人物による“勧善懲悪”時代劇批評にもなっているのが目新しい。
名脚本家・笠原和夫が残した原案を映画化した「十一人の賊軍」は、幕末の戊辰戦争で激戦地となった北陸の新発田藩を舞台に、新政府軍と旧幕府軍の奥羽越列藩同盟という、敵対する2つの勢力の板挟みになった新発田藩の家老が、10人の死刑囚を使ってこの窮地をくぐり抜けようとするもの。彼らはある砦を新政府軍の侵攻から防ぐ代わりに、死罪を免じられるのだが、言ってみれば新発田藩を存続させるための捨て石でしかない。死刑囚たちは自分が生きるために戦い続けるが、新発田藩、旧幕府軍、新政府軍のいずれにも正義はない。そこには立場が違う、権力争いがあるだけである。劇中では派手なアクションが満載で、中でも死刑囚と行動を共にする直心影流の使い手を演じた仲野太賀は本格的なチャンバラは初めてだったというが、素晴らしい太刀さばきを披露している。
国ごとにそれぞれの正義を主張し、民間人を巻き込んだ攻撃が世界中で日常化した現代。本当の正義を見失った今に、折り合った時代劇とは何なのかを、この2作品は模索している。その挑戦が観客にどう受け止められるかが見ものだが、時代劇ではもう1本、第2の“カメ止め”として大ヒット上映中の「侍タイムスリッパー」にも注目。幕末と現代をタイムスリップしてきた侍によってつなぐこの作品は、斜陽の一途をたどる時代劇へのラブレターにもなっている。その点ではまさに今生まれるべき時代劇だったわけで、さまざまな角度から生き残りをかけて、時代劇の作り手はジャンルの可能性を探っているのである。
(金澤誠/映画ライター)
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