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重度認知症の彼らがよく使う「怒られる」という言葉の意味【認知症の人が考えていること、心の裡/奥野修司】

日刊ゲンダイDIGITAL / 2025年2月5日 9時26分

重度認知症の彼らがよく使う「怒られる」という言葉の意味【認知症の人が考えていること、心の裡/奥野修司】

本人は怒られていると受け止める

【認知症の人が考えていること、心の裡】#2

 私が初めて重度認知症の人から話を聞いたのは敬子さんだった。あらぬ方向を見つめてはぼんやりしていて、ほとんど口を開かなかったが、たまたま彼女が大好きな自転車を話題にしたことがきっかけで話をすることになった。ただ数分もすると忘れるから、そのたびに同じことが繰り返される。その中でこんなことを言った。

「旦那や息子は怒ってばっかり。怒られたらどうしていいか……」

「怒られる」は認知症の人がよく使う言葉で、この場合は家族から「しっかりしてよ」などと、わが子を叱るように言われたからだ。むろん家族は怒ったのではないが、本人は怒られていると受け止めたのである。

 彼女がつづった手記には怒られると〈何でおこるかと私もおこる。おこられると家出することがある〉とある。怒られたら気分が悪い。むしゃくしゃして自転車で飛び出したら自宅に戻れなくなり「徘徊」になったそうだ。さいわい、彼女の手記を読んだ家族が対応を変えたことで徘徊はなくなったという。

 彼女のことで今も思い出すのは、デイサービスの利用者と一緒にワイナリーを見学して帰ったときだった。数分も記憶を保持できない彼女が、数時間前のことを思い出してこう言ったのだ。

「楽しかったねえ」

 身の回りのことはすぐ忘れても、楽しかったことや怖かったことなど感情が伴うと、時間が経っても覚えているのだ。

 もう一人紹介したいのが喜一さんだ。息子夫婦と2世帯住宅に住んでいた。普段から妻が家長のように振る舞ってきたせいか、認知症になると妻は喜一さんの前で「ボケるなんて情けない!」などとこぼした。すると夫婦喧嘩になって喜一さんは家を飛び出し、徘徊するようになった。息子の秀正さんは、なんとか母親の態度を変えさせようと説得し、認知症の勉強会にも連れて行った。

 ところが納得したかに見えても、すぐに夫婦喧嘩を始める。それでも根気よく続けると次第に母親は変化を見せた。それまで朝は「起きなさいよ!」と怒鳴り声で起こしていたのに、「朝ですよ。起きてください」になった。すると夫の喜一さんに笑顔が戻り、妻の料理を「おいしいね」と褒めるようになったのだ。

 それに加え、喜一さんは小さい頃に夢中になった将棋をデイケア施設で再発見したらしく、施設が居場所になった。居場所ができると安心するのか周辺症状も出なくなると聞くが、喜一さんもその一人だった。

 敬子さんや喜一さんが穏やかになったのは、家族が周辺症状を認知症の人のSOSサインだと受け止めたからである。

 例えば、普段から暴力を振るわない人が振るったとする。なぜ暴力を振るうのか、その理由を推理することで解決できることはよくある。認知症の人は記憶に障害はあっても、心の裡は私たちと同じなのだと思えば当然だろう。ただし、原因が分かったとしても、本人は自ら修正できないから、家族が対応を変えられなければ無理である。

(奥野修司/ノンフィクション作家)

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