事務所の社長を自ら解雇し…小林幸子を襲ったバッシングと孤立

日刊ゲンダイDIGITAL / 2019年9月21日 9時26分

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小林幸子(C)日刊ゲンダイ

【実録 芸能人はこうして干される】#9

 芸能事務所の権力が歴史上、最も強力だったのは2012年だったのではないかと思う。

 この年、起きたのが小林幸子(65)の騒動だった。小林は個人事務所、「幸子プロモーション」の社長、関根良江氏と専務の沢田鈴子氏の3人で事務所を切り盛りしてきた。

 だが、11年秋、小林が会社社長の林明男氏と結婚。その後、林氏が事務所の経営に口を挟むようになり、結果、関根氏と沢田氏の2人は退職に追い込まれた。

 小林は事務所のオーナーであり、関根氏らは小林に雇われていたに過ぎない。ところが、マスコミは「恩人社長を切り捨てた」などと執拗に小林を非難し、バッシングはエスカレートしていった。

 何があったのか。実は、解任された関根氏らは「芸能界のドン」と呼ばれるバーニングプロダクションの周防郁雄社長の元に駆け込んでいたという。

 後に小林は週刊誌のインタビューで次のように語っている。

「正直言って、地獄のような日々でした。マスコミの方たちが自宅に押し寄せる恐怖から、安定剤が手放せなくなり、大好きな歌さえも心から楽しめなくなっていたんです。私、何のために歌うんだろう……って」

 追い詰められた小林は、何度も関根氏らに和解の申し入れをしたが、周防社長はそれを排除したという。6月には新曲が発売される予定だったが、所属レコード会社の判断で延期が決定。レコード会社側は「元社長らと円満解決するのが先決」という立場だったという。

 6月15日、小林が解決金として関根氏らに合計6000万円を支払い、和解が成立した。だが、「けっきょくは、お金でした」と知人に伝えた小林のメールがスポーツ紙でスッパ抜かれ、ますます報道が過熱。

 小林が芸能活動を続けるために必要だったのが年末の「紅白歌合戦」への出場だったが、そのためには秋までに話題になった曲を持っている必要があった。

 小林は、新曲を出すためにレコード会社との契約を解除し、フリーに転身。すると、それがまた「恩ある会社を裏切った」として批判されることに。周辺にいた関係者の多くが離れ、小林は孤立した。

 10月、自主レーベルから新曲がリリースされ、ヒットにつながったが、NHKが発表した出場者リストに、それまで33回連続で「紅白」に出場し、豪華衣装で番組を盛り上げてきた小林の名前はなかった。

 小林は独立や移籍をしたのではなく、自分で雇っていた社長と専務を解任したに過ぎない。だが、芸能界には世間の常識が通用しないのである。

 今後、このような理不尽なことが起こらないよう願いたい。

(星野陽平/ジャーナリスト)

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