気の利いた格言よりも…迷ったらアニマル浜口を思い出せばいい【それでも物書きになりたい君へ】

日刊ゲンダイDIGITAL / 2020年10月30日 9時26分

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【それでも物書きになりたい君へ】#9

「締めに近づいております」と青年からのメール。なにを勝手に締めにしているのかしらんが、とにかくメールが来た。

「質問① 小説を書くうえで気をつけていること、また格言のようなものが頂ければ」

 絶対この青年は自己啓発本が好きだなと想像。いや、格言などない。わたしなんぞの格言をきいてどうする。ロクなことはない。とりあえず返事は短く、「気合です」と返信した。

 だってそうなのである。よく物を書くうえで「降りてくる」と表現されることがあるが、そんなものは迷信だ。いや、降りてくることはある。無意識に、また自分がそんなこと知ってたかしら? という事柄までが勝手に脳から体をつたい指先からあふれ出ることはある。とくにはじめたばかりのころは、そのような経験は多かった。が、47歳のおじさんになったいま、そうは簡単に降りてきてはくれない。うん、うんとうなりながら日々髪の毛をかきむしっている。「あ、迷うことなくさらさら書けますね」なんて天才ぶってみたいがわたしはバカなのであり、かきむしる髪の毛があることを死んだ親父に感謝しながら、今日も苦しむのである。

 そんな時は大好きな野球選手のことを想像する。プロの選手ともなれば、体に痛いところがない選手はいないだろう。それでも彼らはプレーする。チームのためもあるし、なおかつポジションを奪われないためだ。電子化が進んでも、やはり紙の本が好きだ。文庫本は手にすっぽりと収まり、なんともいとおしい。単行本は厳かさと優雅さを兼ねそなえながら、「さあ、こちらの世界へ来てごらん」と言わんばかりに両手を広げてくれる。本屋さんに一歩足を踏みいれれば、そんな本たちが迎えてくれるのだ。でも本棚には限りがある。

 わたしは物書きもカップラーメンと一緒だと思っている。スーパーやコンビニのカップラーメンの棚。真ん中にはベストセラーヌードルたちが威風堂々と立ち並ぶ。ずっと皆さまに愛される味だ。食べるのに不安もない。その脇や下には新商品が置かれる。「パクチー味です!」「チョコレート味です!」。特徴がなければ「とりあえず増量です!」。

 手に取るのは不安だ。食ったことないんだから。でも彼ら彼女たちも、いつか真ん中に堂々と立てるように、と日々新たな新商品の開発におびえながら、凜とたたずみ立っているのだ。

 わたしは、わたしの書いた本が本屋の棚に置かれていたい。チョモランマみたいに、高く平積みされたい。可愛い女の子の店員さんが書いてくれた、「おすすめ!」みたいなポップも作ってもらいたい。「たい」「たい」「たい」ばかりだが、これが正直な気持ち。ずっと本屋さんに置かれていたい。だから作家になりたい青年、気の利いた格言は送れぬが、迷ったらアニマル浜口を思い出せばいい。「気合だ、気合だ、気合だ」そう叫びながら今日も、妻に「すこし声が大きくて近所迷惑だよー」と階下から叱られる。

(一雫ライオン/作家)

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