マレー半島を自転車で縦断しようとしたが、3日でリタイア
Global News Asia / 2014年11月2日 12時59分
そして野犬の恐怖。道路沿いで野犬が群れを形成していた。タイの野犬は昼間はだらしなく寝そべっているだけなのに夜になると途端に凶暴になる。筆者が群れの横を通り過ぎると、ガウ、ガウ、ガウ! と吠え立てながら一斉に追いかけてくるのだ。
「うおおぉぉ―――ッ!」
思い切りペダルを漕いでなんとか振り切った。
「はあ、はあ、はあ……はああっ……」
暗闇の中に響く僕の荒い呼吸音。それはすぐに嘆息へと変わった。暗闇の中でいくつかの目がきらりと光っていた。
ガルルルル……。
一難去ってまた一難。また別の野犬の群れだった。呼吸を整える暇もなく、また全力でペダルを漕がなくてはならなかった。心臓はすでにパンク寸前だった。
光が見えた。小さな川に橋が架けられており、そこに設置された外灯の光。そこに自転車に止め、倒れこむようにして地面に横になった。体力は限界に達していた。リュックを枕にして、ここで野宿をすることにした。
目を閉じた。ウトウトとまどろんだ。
ガルルルル……。
犬の唸り声。やれやれ、寝ても夢の中で野犬にうなされるのか……。
目を開けた。夢ではなかった。野犬の群れが半円を描くようにして筆者を取り囲んでいた。筆者の背後にあるのは橋の欄干。逃げ場はない。
数を数えた。11匹。どうする……? どうしようもない。とりあえず上半身だけを起こして野犬たちの出方をうかがった。
野犬たちは唸り声をあげるだけでなかなか襲いかかってこようとはしない。しばらくして1匹が前に進み出た。黒色でこの群れの中でいちばん体が大きく、ボスの風格をまとっている。しかし、片足が悪いらしく、引きずるようにして歩いていた。
筆者の前までやってきた。筆者が手を前に差し出すと、ボス犬はクンクンと匂いを嗅いでからペロリと舐める。他の犬たちのほうに振り向いた。それだけで何かを伝えたらしく、他の犬たちは暗闇の中に、さあっと消えていった。
ボス犬1匹だけが残され、筆者の傍らで横になった。筆者も横になり、ボス犬の体に腕をまわして目を閉じた。温かかった。
翌朝、目を覚ますと、ボス犬はすでにいなくなっていた。筆者は体を起こして大きく伸びをしてから自転車のサドルに跨った。
道路の両側に広がるのは、昨夜の恐怖が嘘に思えるようなのどかな田園風景。日差しは相変わらず厳しかったが、順調に走り続けた。
コンビニに寄って水を買った。店の前に腰を下ろして飲みながらマレー半島の地図を広げた。今はどのあたりまで来ているのだろうか? 自分の感触としてはもうプーケットあたりまで来ているはずだが……。
近くにいた男に地図を見せて訊いた。
「ここはこの地図だとどのあたりですか?」
「こりゃまた大きな地図だな。ここはだいたいこのあたりだな」
そう言って男が指差した場所に筆者は唖然となった。サムットソンクラーム県。地図上ではバンコクからほんの数センチしか離れていない。バンコクからシンガポールまでの全行程の20分の1にすら達していなかった。
「あんたはどこまで行くつもりだ?」
「あ、えっと……」
シンガポールまでなんて答えるのが恥ずかしくなってしまった。
「海まで」
「ほう、そうか。海まではまだけっこう距離があるけど、頑張りなよ。あはははは」
「あはははは」
男がいなくなってからまた別の人をつかまえてバスターミナルの場所を訊いた。そしてそこまで移動し、自転車を捨ててバンコク行きのバスに乗った。
全行程の20分の1にすら達せずにリタイアしてしまったマレー半島縦断記を筆者はそのまま雑誌の記事に書いた。そして読者の方たちから「ボケ」だの「カス」だの「根性なし」だのといったありがたい言葉をたくさんいただいたのである。
でも、仕方ないではないか。こっちは房総半島を縦断するくらいの気持ちでこの企画に挑んだのだから。
【執筆 : 小林ていじ】
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