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【コラム】トロット一曲紹介「別離」 韓国

Global News Asia / 2022年6月30日 6時15分

韓国イメージ

 「別離(わかれ)」なんて、縁起の悪いタイトルより、「釜山港に帰れ」の方が命令調で、韓国国民からしたらいいのかもしれない。韓国演歌の代表として、筆者は「別離」をあげたい。

 「別離(わかれ)」と書いて、韓国では「イビヨル」と読む。1973年リリース。最初に歌った歌手は、韓国のパティ・キム(1989年に「別離」でNHK紅白歌合戦に出ている)。

 作詞作曲は、日本名:吉屋潤(韓国名:キル・オギュン)。吉屋は、1950年に日本に密航で入国した。その2年後、サックス奏者としてビッグバンドを率いた。1960年には、東京スイングオーケストラのバンマスとして、ソウル公演を行っている。

 日本では吉屋潤、韓国では韓国名を器用に使い、作詞作曲、日本語訳詞までこなしている。1966年あたりで韓国に帰ったのに、1988年には日本に移住している。そして、1994年にまた韓国に帰り、翌年死去している。

♪ときには思い出すでしょ 冷たい人だけど
 あんなに愛した思い出を 忘れはしないでしょ

 山越え遠くに 別れても
 海の彼方遥か 離れても

 自分の元を去った恋人を思う恋歌というジャンルでもあるが、北朝鮮への思いを込めたとも言われている~金正日氏の愛唱歌とも知られ、1999年には、国交はないがパティ・キムが平城で披露している。釜山港は韓国の土地名であり、北朝鮮的には、「釜山港に帰れ」より「別離」のほうがしっくりいったのだろう。

 多くの歌手(日本の歌手も含む)がカヴァーしたが、筆者は、閔海景というアイドル歌手の歌唱でこの曲を知った。桂銀淑もキムヨンジャも、チョーヨンピルも、いろんな歌を、日本語で歌っていたけれど、アイドルはめずらしく2番を韓国語で歌っていたからインパクトがあった。手話のような振り付けもついていたように思う。

 これが、けっこう、近隣の小学生にウケて、筆者の住む田舎ではプチヒットになったが、アイドルがその後日本で活動しなかったのを考えると、大人は大御所の歌唱が好きだったのかもしれない。

 吉屋の作曲したものには、キムヨンジャがソウルオリンピックで「韓国語」で歌った「朝の国から」(韓国演歌ではなく、大衆歌謡のジャンル)がある。韓国は根暗じゃないのよ~明るいんだよ~と一生懸命歌われた。

 でも、無理して元気を求められるよりも、「別離」の方が聞きやすい。恨を込めないで聞くことができる韓国演歌も、なくは、ない。
【編集 : fa】

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