今も愛され続ける軽オープンカー〈ダイハツ・コペン〉で2002年の誕生時から選べた、当時のトレンド最前線の「ある仕様」とは
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年4月16日 16時0分
1990年代、日本車のなかでも世界中の物好きから注目されていたのが、軽自動車のスポーツカーでした。しかし、バブル崩壊後の景気後退と排ガス規制強化により、21世紀を迎える前に軒並み生産終了となっていたなか、国内でも厚い支持を得たのが、ダイハツの「コペン」でした。鈴木均氏の著書『自動車の世界史』(中央公論新社)より、詳しく見ていきましょう。
Jリーグ開幕と勢いを増す「軽自動車」
バブルの熱気が未だ残る1993年、サッカーJリーグが開幕した。それまで唯一地上波で放映されるプロ・スポーツとして君臨した大相撲と野球に加え、初めて他の選択肢が登場した。以降、バレーボール、バスケットボールが続き、さらに選択肢が増えた。
93年のJリーグ開幕10チームのうち、横浜マリノス(日産、合併前の横浜フリューゲルスはANA)、サンフレッチェ広島(マツダ)、ジェフユナイテッド市原(古河電気工業)、鹿島アントラーズ(住友金属工業、そして人的にホンダからの移籍組多数)、名古屋グランパスエイト(トヨタ)、ガンバ大阪(松下電器産業、現パナソニック)、浦和レッドダイヤモンズ(三菱)と、自動車メーカーとサプライヤーの大量参戦となった。
そうした変化を求めるムードが自動車業界をも包むなか、変わらぬ「良さ」を堅持するジャンルもあった。軽自動車である。21世紀に入り、米欧から「非関税障壁」として名指しで廃止を求められている、日本独自の優遇規格だ。
米欧でのクラッシュテストの成績は微妙だが、軽のスポーツカーは世界中の物好きから注目される。89年が国産車ビンテージ・イヤーならば、91年は軽スポーツのビンテージ・イヤーである。同年に2乗りのスズキ・カプチーノとホンダ・ビートが登場した。どちらも馬力自主規制値一杯の64馬力を発生し、700キロ前後という驚異的な軽さと極小な車体により、運転する楽しさは、何百馬力もの出力を持て余すスポーツカーよりも地に足がついていた。
翌年に登場したマツダAZ-1は、ガルウイング・ドアを採用し、ついにスーパーカーと同じアイテムが軽にも降臨した。ガルウイング・ドアを採用しているにもかかわらず、車重は700キロほどに抑えられ、スズキ・アルトワークスの高出力エンジンを搭載し、愛嬌のある顔からは想像できないほど速かった。
バブル景気の余韻が贅沢に盛り込まれたこのABCトリオは、景気後退と排ガス規制強化のダブルパンチに勝てず、21世紀を迎える前に生産が終了し、短命だった。すれ違うように登壇したのが、2002年のダイハツ・コペンである。軽のオープンカー(K−open)、コペンと名付けられ、自主規制上限の64馬力を発生しつつも、この4台のなかで唯一、登場と同時にオートマ(AT)を選べる親切な売り方だった。
この頃から、日本の多くのユーザーがマニュアル変速ではなくオートマを選ぶようになった。自動変速機の技術的な進化もさることながら、女性ドライバーの増加、女性総合職人口の増加など、バブル後の社会的、経済的な変化が背景にあった。共働き世帯の割合が専業主婦を上回ったのは、90年代に入ってからである。
日本勢が撤退したF1は「イタリア車」の独占状態に
日本でガラパゴスな文化が温存された一方、日本人の海外への興味関心はバブル崩壊と関係なく継続した。日本勢が撤退した後のF1は、長くチャンピオンに君臨したミハエル・シューマッハとフェラーリの栄冠が焦点となり、日本で人気が続いた。
ミハエル・シューマッハ(愛称シューミー)はドイツ人初のF1ドライバーズ・チャンピオンであり、近年イギリス人のルイス・ハミルトンに破られるまで、最多優勝など多くの記録を作った。
シューミーが初めて年間タイトルを勝ち取ったのは、セナが事故死するなど、何かと荒れた94年である。プライベート・ジャンボ旅客機を所有するなど、彼は最も稼いだアスリートの1人だったが、決して裕福な家庭に育ったわけではない。幼少期から父親の友人の伝手でカートに乗り、他のチームが捨てた使い古しのタイヤを拾って使うなど、いまから見ればエコな苦労人である。おかげで人一倍、レース中の運転が丁寧・繊細でタイヤを労わる走りだった。
シューマッハを表彰台の常連にしたフェラーリの親会社は、フィアットである。この「フランスはシトロエンを持っているが、フィアットはイタリアを持っている」とまで揶揄される巨大複合企業の歴史を見てみよう。
フィアットは創業家のアニェッリ一族が経営を握る、陸海空の全てに跨がる巨大メーカーである。1899年の創業で、1908年に初めて航空機エンジンの開発に成功すると同時に、自動車の北米輸出もはじめ、たちまちイタリア最大の自動車メーカーになった。両大戦では航空機、小銃、トラックをはじめ、何でも作った。そして戦間期、国内自動車市場の8割をフィアットが占めた。
戦前・戦中は独裁者ムッソリーニに協力したため、第二次大戦後、アニェッリ一族は60年代まで経営から追放された。66年に一族が経営に復帰すると、アルファ・ロメオをはじめ、イタリア・ブランドを片っ端から買収しはじめ、ランボルギーニなどの例外を除き、再びほぼ独占状態となった。
なぜ日本人がフェラーリ含むフィアット車をチヤホヤしたのか。フランスも日本車の締め出しに熱心だったが、アニェッリ一族はイタリア政府のみならず、EC・EUの首都ブリュッセルでも絶大な影響力を誇り、いわばEC・EUから日本車を締め出そうとした張本人である。しかも故障が多い。口さがないイギリス人などは、「FIATとは、もう一度修理してくれ、整備士のトミー君(Fix It Again Tommy)の略称」と嫌味を言う。
その対極として世界的に名声を得た「壊れない」日本車だったのだが、それでもなお惹きつけられる魔力が「イタ車」にはあるようだ。
鈴木 均 合同会社未来モビリT研究 代表
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