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病気の最大の原因は“恐れ”である…仏哲学者アランの『幸福論』から学ぶ「病を遠ざける方法」

THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年4月16日 11時0分

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(※写真はイメージです/PIXTA)

どれだけ健康に気をつけていても、すべての病気を遠ざけることはできません。それは年を取ればなおさらです。では、病気をただ受け入れるしかなく、抗う方法はないのでしょうか?今回は、小川仁志氏の著書『60歳からの哲学 いつまでも楽しく生きるための教養』(彩図社)より、フランスの哲学者アランの考えた「病気に対峙する方法」を解説します。

アランの『幸福論』から学ぶ「病を遠ざける方法」

生きていくうえで、あらゆる病気を避けるのは無理なことです。それに年老いていけば、病気を抱えることも多くなるでしょう。病気になれば身体の痛みやだるさを感じるだけでなく、行動を制限され、治療に気を使わなければいけなくなります。なんとか病気に抗う方法はないのでしょうか? 

フランスの哲学者アラン(1868~1951)いわく、それは「上機嫌でいること」です。気の持ちようで、病気を防いだり、苦痛を和らげたりできるというのです。彼の著書『幸福論』から、病を遠ざけるすべを学んでいきましょう。

「上機嫌」が病を退ける

病気は基本的にネガティブなものです。それに、病気は誰もがなるものです。もちろん、病気には軽いものから重いものまで、罹患する期間も短かったり長かったりと様々あります。また治ったと思っても、何度も繰り返し病気になることだってあります。そういう違いはあっても、誰もが病気になってしまうのはなぜでしょうか?

それは人間だからです。つまり、繊細な身体を持った存在だからです。もしスーパーマンのように完璧な身体だったら、病気のつけ入る隙はないかもしれません。でも、人間は違います。内臓も筋肉も、ちょっとしたことで痛くなったり、菌に侵されたりするのです。

しかも、多くの場合、病気の原因は自分の外部にあるものではありません。とりわけアランはそう考えています。

病気の最大の原因は何なのか? それは恐れである。アランはそう明快に答えています。

不安と恐怖とを生理的に、詳細に研究すれば、不安も恐怖も病気であって、しかも他のいろいろな病気に加わり、さらに病気の進行をはやめるのもわかるだろう。(『幸福論』岩波文庫、P30)

つまり「不安や恐怖が病気を引き起こしている」というのです。受験生が突然腹痛にみまわれるのはその証拠だといいます。

また、テバイドの隠者と呼ばれる初期キリスト教徒たちは、死を望むことで結果的に長寿の人生を送ったといいます。何の恐れもなければ病気にならないので、死を恐れないことで、かえって健康でいられたということです。

病気の方が恐れをなして逃げて行ったのかもしれません。これは冗談ではなく、よく医者がいう言葉です。危篤状態になったような時、医者はこういいます。「最後はご本人の気力です」と。これは気持ちが病を退けることの証ではないでしょうか。

だから病気になりたくなければ、何事も恐れないどころか、もっと積極的に上機嫌でいればいいとアランはいいます。彼はそれを治療法と呼んでいます(正確には予防法なのでしょうが)。さすがは不撓不屈の楽観主義者を自認するだけあって、医学に関する考え方も徹底しています。

でも、これもまた理にかなったものではあります。普通なら腹の立ちそうな場面でも、上機嫌になることでイライラせずに済みます。それが病気を遠ざけるというのです。ストレスは万病の元といいますから、案外事実なのかもしれません。そういえば、笑いが長寿に影響するという話をよく耳にします。

アランはこんな喩えもしています。内臓をマッサージできればいいが、それは無理だろうと。でも、喜びは内臓のマッサージみたいなものだというのです。しかもそれはどんな医者にもできないマッサージだと。

たしかに医者は喜ばせるのが仕事ではなく、むしろ不安を突きつけてくる一面もあります。病院に行くのがつらいというのは、私たちが病院や医者を不安と結び付けてしまう想像力が災いしているのだと思います。

気持ちの切り替えが重要

そもそもアランにいわせると、病気になって苦しむのには、現実の痛みや苦しみだけではなく、想像上の苦痛がそこに加わっているからなのです。だからアランはこうアドバイスします。

よく注意しないと、一生を台なしにしかねない。全力をもって、真の叡知をはたらかせて、実際の現在を考えねばならない。悲劇を演じようとしないで。(前掲書、P37)

つまり、「悲劇を演じるように想像を膨らませて苦痛を感じるのではなく、しっかり落ち着いて現実の状況だけを考えなさい」ということでしょう。いたずらに想像を膨らませるのではなく、冷静になるべきだと。

冷静になることで、人はリラックスできます。深呼吸をするのはそうした理由からでしょう。アランによると、人は冷静になることで身体の力を抜くことができ、自然に正常な状態を取り戻そうとするのです。それが病気を悪化させないコツです。仮に病気になったとしても、過剰に反応しないことです。

例えばアランは、医者さながらにこんなアドバイスをします。風邪をひいても無理に咳をしてはいけないと。その通りですよね。大げさに咳をすることで風邪の症状を悪化させた経験は、誰しも持っているのではないでしょうか。

このように、恐れや想像が病気を生み、悪化させているということです。彼が提唱する最良の治療法は、すべて魚の目だと思えというものです。たとえ胃や肝臓に痛みを感じたとしても。

実際魚の目はかなり痛いわけですが、そんな皮膚の一部の痛みが重要な臓器の病気と同じ痛みをもたらすというのは、逆に勇気づけられるだろうというわけです。

アランの健康法、あるいは病気に対する治療法は、主に気持ちの切り替えによって行うものだということがよくわかったかと思います。でも、だからといって物理的に何をしても意味がないわけではありません。彼はプラトンが唱える二大療法について論じています。なんとそれは、体操と音楽だそうです。

筋肉の規則正しい運動は、たしかに最良の治療法となる。音楽がダンスの先生の姿をして現われるのはここなのだ。この先生は、安物の小さなヴァイオリンを使って、内臓の血液循環を最良の状態に調整してくれる。(前掲書、P287)

体操と音楽とは、アランらしい素敵な表現ですよね。もちろん、実際に病気になれば、薬も飲むし、手術をすることもあるでしょう。でも、アランの病気に関する哲学を思い起こせば、少なくとも前向きになれるのではないでしょうか。

同じ治療を受けるのにも、暗い気持ちでいては不幸になる一方です。それに対して、こんなの魚の目だとか、上機嫌でいれば吹き飛ぶと思っていれば、明るい気持ちになれるように思うのです。

アランが病気に関して綴ったいくつかのエッセイが、後に『幸福論』としてまとめられたのにはうなずけます。病気を暗く捉えると不幸になるけれども、明るく捉えれば幸福につながるのです。

心だけはなんとかなる

どんな病気も身体のどこかに不調をきたしているのが原因なのかもしれませんが、それによって痛いと感じたり、苦しいと感じたり、嫌な気持ちになるのは、心です。

身体はなんともできなくても、心はなんとかなるものです。だとするならば、その心の方を全力で変えようというのが、アランのいいたいことなのだと思います。

彼は決して気休めの言葉を並べているのでも、無邪気に楽観主義を装っているのでもありません。本気でそう思っているのです。心だけは変えられる。そして心を変えれば、病気にならない、あるいは病気は悪化しないと。

私も半世紀も生きていると、何度か病気になったことがあります。妙な病気にかかったり、手術をしたこともあります。特に最近は重いめまいに悩まされていました。無理な生活がたたったのは事実でしょうが、病院ではそれ以上にストレスが原因だといわれました。だからアランのいうことは本当によくわかります。

そこで騙されたと思って、アランの医学を実践してみました。すると気のせいかだいぶ症状が改善したのです。上機嫌になることや、体操と音楽などを実践してみたのですが、おそらくストレスが軽減されたのでしょう。

つまり、こういうことを意識すれば、何か自分の生活の中で悪習となっていることが改善され、その結果病気が改善するということなのだと思います。

残念ながら、年を取るにつれ、私たちの身体は病気に対して弱くなっていきます。これは物理的な現象なので抗うことができません。でも、気持ちはいつまでも抗うことが可能です。だから年を取るのに比例して、喜びを増やすべきなのです。

その意味では、アランの『幸福論』自体が、病についての項目に限らず、とても楽しくてためになる数多くのエッセイから成っているので、これを読むのもまた喜びを増やすことにつながるといえます。ぜひ家庭の医学の隣に『幸福論』を!  

小川仁志

山口大学国際総合科学部教授

哲学者

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