大正デモクラシーの熱気に包まれて…朝ドラでは描かれなかった寅子のモデル・三淵嘉子の子供時代と身をもって知った「世の中を変える」ための絶対条件
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年5月1日 10時15分
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(※写真はイメージです/PIXTA)
4月から放送が開始された連続テレビ小説「虎に翼」。その主人公のモデルとなった「三淵嘉子」の型破りな性格は、どのようにして育まれたのでしょうか。本記事では、青山誠氏による著書『三淵嘉子 日本法曹界に女性活躍の道を拓いた「トラママ」』(KADOKAWA)から一部抜粋し、三淵嘉子が幼少期に身を置いていた教育環境と、彼女が目の当たりにしてきた「世のなかの変化」について、ご紹介します。
最良の教育環境で強い個性が育まれる
大正10年(1921)、嘉子は青山師範学校附属小学校に入学している。
東京府は教員不足解消を目的に東京府師範学校を男女に分離して拡大することを決定。明治33年(1900)に男子部を赤坂見附(あかさかみつけ)と渋谷を結ぶ丘陵の尾根道沿いの地へ移転させ、その8年後青山師範学校と改称した。
田畑に囲まれた閑静な地に約1万2000坪の広大な敷地が確保され、土地買収と校舎建築に費やした予算は合計28万6,000円。当時としては最上級の設備を誇っていた。併設された附属小学校もまた同様、他の小学校に比べてかなり立派な校舎が建てられていたという。
師範学校の附属小学校は先進教育の実験場でもある。この小学校でも1年生と3年生を同じクラスで学ばせる学級編成をするなど、様々な試みがおこなわれていた。また、他の小学校と比べて若くて情熱的な教師が多く、上から命じられずとも積極的に先進教育を実践しようとする。学校全体に進取の気風があふれていた。
大正時代になると、教師の講義や教科書の内容をひたすら暗記するだけの教育方法には疑問の声があがるようになる。この小学校ではすでにそれを先取りして実践していた。
子どもたちに自分の目で見させ考えさせて想像力を養わせようと、課外授業や課外実習をよくおこなっていたという。
幼稚園や小学校で受けた教育が、嘉子に大きな影響を及ぼしていることは間違いない。もしも貞雄の帰国のタイミングが遅れて、嘉子が四国の片田舎に住みつづけていたらどうなっていただろうか?
教師の言うことをひたすら暗記するだけの授業を受けつづける旧態依然のやり方では、子どもたちの考える力は損なわれる。彼女がもう少し型にはまった人間になっていた可能性はある。
一家が引っ越してきた頃の東京では、人々が「自由」「民主主義」といった言葉に浮かれていた。街のあちこちで普通選挙の実現を求める政治批判の集会が開かれ、工場では待遇改善を求めるストライキが相次いでいた。職場には女性の姿が増えて「職業婦人」という言葉がよく聞かれる。男女平等を訴える女性活動家たちが、精力的に活動するようにもなっていた。
この状況がつづけば、やがては明治時代の悪しき因習は取り払われるだろう。女だからという理由で、職業選択の自由を奪われるような不利益をこうむることもなくなる。皆が平等で民主的な社会が実現される……。そんな社会がそう遠くない未来に実現されるはずだと、世の期待は高まっていたのだが。
三淵嘉子が気づいた「世の中を変える」ための絶対条件
しかし、その熱気は10年余りで急速に冷めてしまう。大正12年(1923)に関東大震災(かんとうだいしんさい)が起きると、第一次世界大戦の戦後不況に見舞われていた日本の経済状況はさらなる痛手を被った。誰もが不景気を実感するようになり、もはや、民主主義だ、男女平等だと浮かれているわけにはいかなくなる。大多数の人々にとっては、そんなことよりも自分たちの生活が気にかかる。
震災発生当時、嘉子は小学校3年生だった。この年齢なら当時の状況を記憶していたはずだが、彼女がそれについて何かを語ったことはない。生活圏である山の手地域では、下町のような大火災は発生しておらず被害はほとんどなかった。それだけに後の戦災の時のような悲惨な光景を目にすることもなく、印象が薄かったのだろう。
だが、震災を契機に急変していった世の風潮は感じていたはずだ。集会やデモは減ってゆき、たまにデモを見かけても人々が訴えるのは生活のことばかり。街中で自由や民主主義という言葉が聞かれる頻度が減ってきた。
大正デモクラシーの盛りあがりと終焉(しゅうえん)をその目で見ている。そのことが、彼女のその後の生き様に影響を及ぼしたのかもしれない。世を変えるための凄(すさ)まじい熱量、それを長く保つのは難しい。しかし、熱を維持してやりつづけなければ、世を変えることはできないということを。
青山 誠
作家
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