事業承継は「単なる経営者交代」ではない…企業が内包する価値・成長力・人的資源を引き継ぐ方法
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年4月29日 11時15分
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(画像はイメージです/PIXTA)
日本の中小企業が抱える、事業承継という大問題。しかし、事業承継は経営者が交代すれば終了といった単純なものではなく、次世代へ引き継ぐべき資産には、さまざまなものがあります。今回は、事業承継において重要な事業価値源泉の把握と企業価値評価について取り上げます。メガバンク出身で、多くの企業の事業承継をサポートしてきた公認会計士・税理士の岸田康雄氏が解説します。
単なる経営者の交代ではない…事業承継の「本当の目的」とは
事業承継の目的は、単に経営者の交代を超え、「事業の長期的な存続」と「成長」を目指すことにあります。後継者には、事業価値の根源を活用し、環境変化に適応する能力が求められます。経営戦略は、将来の事業目標と現状のギャップを埋めるための長期的な計画です。環境の変化に対応することが、事業の長期運営には不可欠です。
経営戦略は大きく分けて「企業戦略」「競争戦略」「機能要素別戦略」の3つに分類されます。企業戦略は、全社的な視点から事業領域や資源の配分を考えます。競争戦略は、特定の事業でライバルに勝つための戦略です。機能要素別戦略では、職能ごとに、具体的な戦略が策定されます。
企業は、外部環境と相互に影響し合うオープンシステムとして機能します。そのため、外部環境の変化に敏感である必要があります。経営環境は、マクロ環境とミクロ環境に分けられ、それぞれが企業に異なる影響を与えます。マクロ環境では、政治、経済、社会、技術などの要因が、企業戦略に影響を及ぼします。ミクロ環境は、企業が直接競争する市場環境を指し、競合他社や顧客、仕入れ先との関係が重要になります。
経営戦略を策定する際には、3C分析やSWOT分析、ファイブ・フォース分析などの手法が用いられます。これらの分析を通じて、企業は自身の強みと弱み、外部環境の機会と脅威を把握し、戦略を練ります。
経営資源には、人的、物的、資金的、情報的資源があり、これらは企業の重要な構成要素です。とくに、人的資源は個々の価値観や感情を持つため、適切なマネジメントが求められます。物的資源、資金的資源、情報的資源も、それぞれが企業戦略において重要な役割を果たします。
市場から容易に調達できる資源と、そうでない資源があり、後者は企業特有の強みを形成し、競争上の優位性を生み出します。特に、ファミリービジネスに見られるような、伝統や文化、ブランドなどの見えざる資産は、事業承継を通じて培われ、長期的な競争力の源泉となり得ます。
後継者は、これらの戦略的視点を持ち、事業価値を最大化するための活動を行う必要があります。
「権限の委譲」「後継者育成」は、事業承継の重要な要素
事業承継とは、経営者が経営責任と経営権を後継者に移譲するプロセスです。
このプロセスは、創業経営者タイプと二代目以降の経営者タイプに分けられ、それぞれに独自の課題があります。創業経営者は、ビジネスを立ち上げた情熱を持ち、しばしば承継を躊躇します。一方、二代目以降の経営者は客観性を持ちながらも、既存の経営資源への依存や自身の立場への意識の希薄さに直面することがあります。
権限の委譲と後継者育成は重要な要素で、とくにファミリービジネスでは後継者の選定と育成が計画的に行われます。後継者は、他社での経験を積むことにより、多様な視点を獲得し、自社を客観的に評価する力を養います。この経験は、後継者が事業全体と文化を理解し、従業員との関係を築くうえで貴重です。
利害関係者との関係構築も事業承継には不可欠です。従業員、仕入先、顧客、金融機関、株主、地域社会といった各ステークホルダーとの関係は、後継者の認知と信頼を得るために重要です。後継者は、これらの関係を維持・発展させることで、事業の安定と成長を図ります。
さらに、イノベーションは事業承継において中核となるテーマです。新しいアイデアやビジネスモデルを生み出すことは、長期的なビジネスの成功に不可欠です。後継者は、先代から受け継いだ事業を基盤としつつ、現代の経営環境に適応した変革を実施する必要があります。
企業価値評価は、プライベートバンキング業務において重要な役割を果たします。投資家が創業家一族に限らず、一般投資家も含まれるため、異なる立場からの企業価値の見方が必要です。プライベートバンカーは、顧客との対話を通じて、創業者や後継者の経営能力やビジネスモデルの持続性を含む定性的な評価を行う必要があります。
「企業価値」「事業価値」を評価する、さまざまなアプローチ
企業価値と事業価値の評価は、投資家が獲得できるキャッシュフローを測定するものです。これは、企業が事業活動を通じて生み出す付加価値だと言うことができます。株主価値は、企業価値から有利子負債を差し引いたものと定義されます。
プライベートバンキング業務における企業価値評価は、特に中小企業にとって重要であり、イノベーションや知的財産を活用したビジネスモデルの評価が中心となります。資金調達、M&A、IPOなどのシナリオでは、適正な企業価値の評価が企業と社会の両方に利益をもたらします。
企業活動の事業性を評価する際には、経営者の資質やビジネスモデルのみならず、市場や競争環境、技術力、財務状態、組織力、販売戦略など、多角的な視点が求められます。これらはすべて、将来のキャッシュフローの予測と密接に関連しています。
企業価値を評価する方法にはいくつかの代表的な手法があります。その中でも、マーケットアプローチ、インカムアプローチ、コストアプローチは、とくに重要です。
マーケットアプローチは、市場での同種または類似の企業の情報に基づいて企業価値を評価する方法です。マーケットアプローチの代表例は、マルチプル(倍率)方式です。ここで使う倍率には営業利益倍率やEV/EBITDA倍率などがあり、業界平均や類似企業の倍率を用いて企業価値を計算します。そこに非事業資産価値や有利子負債を考慮に入れ、さらに非流動性ディスカウントを減算し、支配権プレミアムを加算します。
インカムアプローチでは、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を評価します。インカムアプローチの代表例は、ディスカウントキャッシュフロー(DCF)方式です。これは、企業が将来生み出すと予想されるフリーキャッシュフローを現在価値に割り引くことで企業価値を算出する手法です。割引率には、加重平均資本コスト(WACC)が使用されます。
コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)は、企業の資産の再調達コストに基づいて価値を評価します。このアプローチは、主に資産が事業価値の主たる源泉となる企業に適しています。
岸田 康雄 公認会計士/税理士/行政書士/宅地建物取引士/中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
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