うつ病の引き金になる“有力要因”…医師・和田秀樹が「深刻な喪失体験」を回避できたワケ
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年5月27日 13時0分
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(※写真はイメージです/PIXTA)
認知症や加齢に間違われやすく、放っておかれてしまうことの多い「老人性うつ病」。発症のきっかけのひとつとして、「喪失体験」が挙げられます。高齢者専門の精神科医である和田秀樹氏の著書『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』(KADOKAWA)より、さまざまな事象によって引き起こされる「喪失体験」について、詳しく見ていきましょう。
うつ病を引き起こすきっかけにもなる「喪失体験」
高齢になるとうつ病とか、セロトニン不足で苦しむ人は意外に多く、各種住民調査では、人口の5%くらいがうつ病とされます。これも、歳を取るほどセロトニンの分泌が減ることが大きな原因だと私は考えています。というのも、若い人のうつ病の場合、脳内のセロトニンを増やす薬を使っても、あまり効かないことが多いのに、高齢者ではよく効くことが多いのです。
ただ、これから述べるような心理的要因も、うつ病になる契機としては重要です。つまり、もともとセロトニンが少ないことに加えて、ガクッとくるような体験をすると、それらを引き金にしてうつ病になってしまうのです。
このようなガクッとくる体験の中で、最もうつ病につながるとされているものが喪失体験です。親やきょうだい、配偶者、親友の死などをきっかけに、うつ病になる人は少なくありません。死別でなくても、会社を辞めて、職場やその人間関係を失ってしまったとか、子どもが巣立って、特に結婚して家からいなくなったなども、うつ病の契機になります。昔と比べて晩婚化が進み、30年とか40年一緒にいた娘や息子がいなくなる上に、自分も高齢になってセロトニンが減っている時期でもあるので、うつ病に陥りやすいのです。
高齢になると、この手の人間関係の喪失体験が増えるのは、確かです。私も父親が存命のときに「最近は、ハガキがくると思うと訃報ばかりだ」と嘆いていたのを覚えています。
母親業の喪失
意外に重大な喪失体験は、アイデンティティ(自分が自分であると感じられ、それが他者や社会から認められているという感覚のこと)の喪失です。女性が多く経験するのは「母親アイデンティティの喪失」です。
もちろん、子どもはそのまま存在しているので、母親は母親のままなのですが、子どもが、特に男の子が結婚すると配偶者(妻)に頼るようになり、母親の役割を失ってしまうことは珍しくありません。ストリーンという精神分析学者によると、奥さんに靴下まで洗ってもらうようになると、だんだんと奥さんを心理的に母親のように思うようになるとされます。
日本の場合、子どもができると妻のことをママと呼んだり、お母さんと呼んだりするのでなおのことです。妻が夫に小遣いをあげることも珍しくないので、さらに心理的に妻が母親化しやすいのです。逆に本当の母親にとっては、心理的に母親の座を追われる気分になります。
男女問わず降りかかる「深刻な喪失体験」
肩書の喪失
会社に勤務していたとき、役職についていた人は〇〇会社の部長や課長という肩書がありましたが、退職すると名無しの権兵衛のようになってしまうことがあります。欧米、特にアメリカでは、会社にいる頃も辞めてからも、どんなに役職が高い人でもトムはトムなのですが、日本の場合は会社にいるときには名前で呼ばれず、課長とか部長と呼ばれることが多いので、そのアイデンティティが失われるのです。これは人によっては深刻な喪失体験になります。大学教授が、教えなくなっても名誉教授の名にこだわるのはこのためでしょう。
私は38歳で常勤の医者を辞め、医長とか部長にならず医学部の教授にもなれませんでしたが、このようなアイデンティティ喪失を経験することを避けた側面もあります。「和田秀樹の名前で生きていけば、一生、和田秀樹だ」と思い、なんとか名前で通用する人間になりたいと思ったのです。最近は、女性も定年まで仕事を続けることが多くなったので、このアイデンティティの喪失は男性だけの話ではなくなりました。
自己愛の喪失
その他の喪失体験として、現代精神分析の世界で重要視されているものに、自己愛喪失というものがあります。自己愛というのは、自分で自分を愛するとか、自分が特別なものだと思いたい心理で、古典的な精神分析では脱却しなければいけないものと思われていましたが、現代精神分析では、それが満たされないと精神的に不安定になると考えられています。
高齢になると、「自分は生きている価値がない」とか、「自分は邪魔で迷惑をかけている存在だ」とか思うことが多くなります。自分で自分を愛せなくなるのです。これがまさに自己愛喪失の状態です。日本の場合、LGBTの人が子どもを産まないことでさえ生産性がないと発言するような人が国会議員になるような国ですから、仕事をしなくなり年金生活者になると、自分は世の中に迷惑をかけている存在だと思ってしまう人も、他の国より多い気がします。
現代精神分析の考え方では、自己愛というのはうぬぼれでなく、他人によって満たされると考えられています。「人に認めてもらう」「人にほめてもらう」というだけでなく、その人と一緒にいると自分まで強くなったと思えるような対象や、この人とは同じ人間なのだと思えるような仲間も自己愛を満たしてくれる対象なのだとされています。
ところが歳を取るにつれ、その手の自分をほめてくれる人や、メンター(指導者や助言者、相談者)のような人(通常は年上です)、あるいは心から打ち解けあえる仲間などを失うことが増えてきます。そういう意味でも自己愛喪失を経験しやすいのです。
老化や体力低下も喪失感につながる
自己像の喪失というのもあります。鏡に映った自分の姿が昔のものとすっかり違ってしまい、老いさらばえてしまったように感じたり、あるいは、かつては頭がいいと思っていたのにそうは思えなくなったり、仕事ができると思っていたのにそうでなくなったりすると、自己イメージそのものを失った気がするのです。足腰の衰えなど身体能力の喪失もそれに入るでしょう。
喪失体験だとは思われないのに、意外に心理的に重要なのは、感覚器(の機能)の喪失です。「耳が遠くなった」「目が見えにくくなった」という体験は、世間から遠ざかったり、人の話に入れないという形での喪失体験になり得るのです。
和田 秀樹 精神科医 ヒデキ・ワダ・インスティテュート 代表
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