「スシとアニメとショーヘイ・オータニ」は世界に誇る〈令和の三種の神器〉!?…大谷翔平という「最高のコンテンツ」を利用したい人たちの思惑とは?
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年5月29日 11時15分
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(※写真はイメージです/PIXTA)
「スシ」「アニメ」「ショーヘイ・オータニ」という世界に誇る令和の「三種の神器」となった大谷翔平。本記事では内野氏による新刊『大谷翔平の社会学』(扶桑社)から一部抜粋し、大谷選手を利用した「スポーツ・ウォッシング」について論じます。
大谷を利用した「スポーツ・ウォッシング」
1990年代以降はスポーツだけでなく、寿司やラーメンなどの日本食や、日本のアニメや漫画などサブカルチャーも海外で人気を博すようになった。最近では「スシロー」や「一蘭」は外国人観光客に大人気だし、「日本で年収300万円だった寿司職人が海外に出たら年収が10倍になった」という話もあるくらい、日本食は世界でニーズがある(そして日本と海外の賃金格差が拡大した)。日本政府が「クール・ジャパン」と銘打った日本のアニメや漫画も、今や多くの外国人が「日本」と聞いて真っ先に連想するもののひとつだ。日本のアニメーションは今や、国家アイデンティティのひとつになっている。
日本経済の低迷と反比例するように、日本は独自の食文化やサブカルチャー、そして優れたスポーツ選手を世界に輸出するようになり、それを見て「ひょっとして日本はすごいのかも」と再び日本人が思うようになった。もはや経済大国ではなくなり、かつてのように画期的な工業製品を生み出すことはできないが、その代わりにユニークな文化や世界の第一線で活躍できるアスリートを生み出すようになった。言うなれば「スシとアニメとショーヘイ・オータニ」が、現代日本が世界に誇る「三種の神器」になったのだ。
日本のテレビ番組を見ると、このことがよくわかる。日本のアニメや漫画を愛する「オタク」な外国人を面白おかしく紹介する番組や、美食やローカルグルメを食べ歩く番組には事欠かない。そして高視聴率を叩き出すスポーツ中継。古代ローマ帝国の時代から、腐敗した政府は国民に「パンとサーカス」を提供することによって国民の不満をそらすと言われてきたが、さしずめ現代なら「B級グルメとスポーツ」といったところか。 糖質たっぷりの安価な食べ物と、スポーツ観戦がもたらす一時的な興奮は、日本人の多くを”ドーパミン中毒”にしている。国民に不満を露わにされては困る為政者は、マスメディアを通じてイージー&コンビニエントな娯楽を提供し、国民が余計なことを考えないように仕向ける。ジワジワと貧しくなっていく国民をおとなしくさせておきたい政府と、公共の電波を使ってチープな娯楽を提供するマスメディアは共犯関係にある。テレビやインターネットはいわば、現代社会の「ガス抜き装置」なのだ。テロップとCMだらけの刺激的な映像を延々と垂れ流し、国民を思考停止に陥らせる。
そんな為政者とマスメディアにとって「大谷翔平」は最高のコンテンツだ。
大谷を見ていれば「日本はすごい」と錯覚できるし、たとえ目先の生活が苦しくても、給料が上がらなくても、将来が不安でも、大谷の活躍を見ていれば忘れられる。それが束の間だとしても、世界を舞台に戦う大谷の姿に感動し「自分も頑張ろう」と思える。本当は社会に対して怒るべきことがあっても声を押し殺し、大谷の活躍に励まされながら苦しい日々を淡々と生きる……それこそが為政者たちが望む国民の姿だ。
スポーツの熱狂をうまく利用して、権力者が自分にとって不都合な情報や世論を洗い流すことを「スポーツ・ウォッシング」という。これはアメリカの政治学者ジュールズ・ボイコフが提唱した概念で、ボイコフはオリンピックをはじめとする現代のスポーツが一部の既得権益層に政治利用されていることを全面的に批判している。ボイコフは元プロサッカー選手で、1992年バルセロナ五輪にアメリカ代表チームの一員として出場した経験がある。自身が選手として出場したオリンピックを批判しているのだから、相当に強い問題意識を抱えているのだろう。
大谷翔平に国民栄誉賞を打診した日本政府の思惑
2021年11月に大谷がMLBで自身初となるMVPを受賞した3日後、日本政府は大谷に国民栄誉賞の授与を打診した。大谷は「時期尚早」と固辞したが、この国民栄誉賞とはいったい何のための賞なのか? そんな賞をもらわずともすでに国民的英雄である大谷の人気とクリーンなイメージに便乗して、国民の政治に対する不満を洗い流そうという意図があったのではないか? 大谷の先人であるイチローに至っては、過去に3度も国民栄誉賞を辞退している。かたくなに受賞を拒む人物に3度も打診するという政府の図々しさに、逆に不信感を抱かざるを得ない。
さて、かくして大谷は寿司やアニメと並ぶ日本の“主要輸出品”となったわけだが、経済が低迷して大衆文化の振興に走ったのは何も日本だけの話ではない。かつてイギリスやイタリアや韓国も、自国経済が疲弊した際に音楽や美食など自国文化の輸出に舵を切った。
イギリスは1990年代、不況を乗り越えるために当時のトニー・ブレア首相が国家ブランディング戦略「クール・ブリタニア」を推進。オアシスやレディオヘッドなどのUKロック、ポール・スミスらのUKファッション、そしてサッカー選手のデビッド・ベッカムらが世界的人気を得た。イタリアも自国経済を支えていた製造業が衰退すると、美食とエスプレッソ文化、ファッション(イタカジ)を世界に輸出した。1997年のアジア通貨危機で経済破綻した韓国はK-POPをグローバルコンテンツにするため、ハリウッドなどエンターテインメント産業の本場に人材を送り込んだ。
このように、経済や社会がダメになると文化を輸出するようになるのは世界的なセオリーだ。日本の場合はバブル崩壊後の1990年代ごろから日本食やアニメーション、そしてスポーツ選手の輸出を始めた。この30年間で日本人メジャーリーガーが激増したことも、その一環として説明できる。そうした時代の流れの中で2018年、ついに大谷がMLBの舞台に登場した。
内野 宗治
ライター
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