30年間で地球上から9割の「虫」が消えた…この事実が示す、先進国の「少子化問題」の行方とは【養老孟司氏が考察】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年6月20日 10時0分
(画像はイメージです/PIXTA)
解剖学者の養老孟司氏によると、1990年代以降、世界中で虫の数が劇的に減っているそうです。この事象と、日本をはじめとした先進国が直面している「少子化問題」には、何らかの関係があるのでしょうか? 養老孟司氏と名越康文氏の共著『ニホンという病』(日刊現代)より、詳しく見ていきましょう。
虫が9割消えた理由は「わからない」
―地域や自然とのかかわりについてお伺いしたいと思います。
養老 人によるでしょう。僕が付き合っているのはアクティブな人が多いですね。なぜだか知らないけど、そういう人の方が気が合うんだね。
だいたい、虫が好きで集まっているヤツなんて、ほとんどが職業を別に持っていますからね。みんな仕事を辞めたがっている(笑)。虫だけやりてえと。しょうがないから(仕事を)やっていると、そういう人が多いんですね。若い人もいますよ。まあ、僕から見るとほとんどの人が若いですから。
もう2年ぐらい続いているかなあ。毎週1回、ZOOMで集まっているんですよ。
名越 週1ですか、なかなかアクティブですね。
養老 話がなくてもちゃんと集まるから。
名越 2時間ぐらいやっているんですか。
養老 そうです。木曜日の夜に。ZOOMは便利ですよ。
名越 バリバリのビジネスマンですね。ZOOM会議みたいな。
―何人ぐらい集まるんですか。
養老 10人ぐらい。出たり入ったりしてますよ。
名越 10回ぐらいやったら、ちゃんとした本になりますよ。
養老 デイヴ・グールソンという人がね、「サイレント・スプリング(沈黙の春)」(レイチェル・カーソン)に倣って「サイレント・アース」という本を書いたんだけど。それによると1990年代から現在までの間に、全世界で8割から9割、虫が減ったんですよ。
名越 そんなに減ったんですか。
養老 (種類ではなく)量です、これはね。場所は関係ないんですよ、データがあるところはどこでもですよ。冗談じゃないんです。
名越 いまでも、(絶対数は)動物の中では圧倒的ですよね?
養老 そりゃそうです。食物連鎖でいくとかなり下の方にいきますからね。鳥なんかかなり減っているんじゃないですか。ツバメなんて口あけて飛んでたって虫が入ってこなくなったんですよ。小鳥はだいたい、毛虫を捕っているんですからね。
名越 それは、やはり農薬とかの影響ですか。
養老 いや、理由は分からないんですよ。
名越 それでそんなに減るわけないですからね。知らなかったですね。僕はいまだに地球は虫の帝国だと思っていました。いま、世界の人口は約80億人ですよね。それがいきなり8億人になったみたいなことですね。
養老 はっきり数えられているケースがあります。オオカバマダラというアメリカのチョウですけどね、メキシコで冬を越して、春になると北上してシカゴあたりまで行って、秋に出たやつが一斉に集団で帰ってくるんですよ。アメリカのアマチュアが面白がって、メキシコの越冬地で数を数えたら、1989~90年、その時は200万頭。2019~20年では3万頭になっていた。木に止まってうんこするんで数えやすいんですよ。大きいチョウでね。
名越 昆虫のあらゆる種類にも影響が及んでいるんですか。
養老 僕も子どものころにこの辺で捕った虫を探しているんだけど、なかなか見つからないんだね。だから、昆虫食とかって言われるとね、冗談じゃないよ、食うほどいないよって。
「少子化」の要因は“単純”ではない
―自然界で何が起きているのか、ちゃんと検証していかないと怖いですね。
養老 ここまで(環境問題を)無視すればね。そりゃあね。
―いつ人類に及んでもおかしくないですよね。
養老 もう及んでいますよ。それが少子化ですね。これも理由がハッキリ分かっているわけじゃない。ただ、なんとなく子どもがいないっていう状況になっている。
―メディアは社会的な要因を強調していますが、そんなに単純な話ではない。
名越 人間って、原因がこれだって言いたいんですね。とくに日本はその傾向が強い。ある種のエリート主義かな。そうじゃなくて、なぜか減っているんですといったら、もっとゾクッとするじゃないですか。この原因で、と言ったら、例えばじゃあ排気ガス出すなという、短絡過ぎてしょうもないことになって。コロナ禍で本当に参りましたね。この原因でとか。
養老 それで片付くような問題なら、問題になっていません。それで片付かないから問題が起こっているんですよ。
名越 安易に原因を言うなって思います。書いたらね、多くの人は信じてしまうんですよ。そこはですね、強権的に、安直に原因を書くなと。
養老 原因を書かなくても、原因があるんだよという形の書き方をしょっちゅうしますよね。要するに、異常な事件が起こるじゃないですか。そうすると、警察は動機を追及中と書く。動機を追及すれば分かりますよという暗黙の前提で成立しているけど、そりゃ嘘だ。異常な事件なんだから分かるわけないんですよ、普通の人には。そう書くべきなんですよ。
名越 それ大きいですよね。世界に対する認識のイメージが完全に狂ってしまうから、だから小説なんか衰退したんでしょうね。
今の小説は結論を書かないといけませんからね。でもそれだと法則や定理を書いておけばいいわけで、わざわざ長々と物語を書く必要もない。本来は矛盾していたり、理屈に合わないことを筆力で納得させたりするのが、小説や戯曲の醍醐味だと思うんですが。なんでも原因があるって、あの浅薄さが、僕らの生き方をものすごく陳腐にさせていますよね。
―そうやって自然界でどんどん異変が起きて、個を確立するうえでも、自然の中に入ってその厳しさを実感することが子どものころから必要ですね。
養老 今はあんまりやらせてないでしょ。だから、僕は学校を遊ぶところに変えろと言っているんですよ。山の中に造ってね、子どもが来たら外に放して、先生は見張ってりゃいい。どうしても教室で勉強するのがいいと言ったら、させてあげればいい(笑)。そんな子はいないと思うけど。その方がよっぽど健康な人が育ちますよ。
名越 早急にやってほしいですね。少子化が進んでいるからできますよね。
自然から学ぶ機会が失われた子どもたち
―健全な精神をつくらないと歪んでいってしまう。
名越 健全な精神ってぜいたくなことやね。1980年代、90年代ぐらいまで言われてたけど、それがないと箸にも棒にもかからなくなるよって、ちょっと分かってきたんじゃないかなと思うんですよ。
養老 子どもなんてみんな注意欠陥多動性症候群ですよ。
名越 ほんと、そうです。だから一つに集中して、感覚遮断みたいにしてえらく勉強する子か、何にも集中しない、関心を持てない子が量産されるような教育システムになっている気すらします。
―今は教室にまでPCやタブレットが入って来て、そこで勉強。五感、六感で判断することがなくなってきているようにみえます。
名越 カリキュラムを今日からやめっていったらいいんですけど、教育の現場のみならず教材を刷る人、作る人などなど、すごいシステムが動いているんだからそうはいかない。
―逆説的ですけども、大地震のようなガラガラポンが起これば、そういうシステムが変わる可能性はあるのでしょうか。
名越 通常ならめったなことは言えませんが、現在の日本にとってはリアルな話ですからね。もしそうなるとあふれてしまう人がいっぱいいるから、全体が動くかも知れませんね。その時に元に戻すのではなくて、残っているインフラや人員やその地域の自然環境をとりあえず活用した教育が仮に始まれば、可能性はあると思います。既得権益もいったん崩壊しているだろうし。
―地方では独自のカリキュラムで運営している学校が出始めています。周りの自然環境が豊かですからね。少しはそういった動きが出てきています。
養老 だいたい大人が邪魔するんですよ。爺さんが邪魔する。しつけなきゃいけないと思い込んでいますから。子どもは勉強するもんだとか。本当に勉強しなけりゃいけないのはおまえだろうって(笑)。
虫捕りのイベントなんかで小学生の子どもたちと付き合っているんだけどね。広島の虫捕りイベントの時も、その手の教育を受けていないから親が喜んで参加しているんですよ。何も言わないだけで。一番うれしそうですよ。
人間もある環境に置かれたら、あっという間に「野生」を回復する
―コロナ禍のキャンプ人気を見ていると、お父さんたちもブームに乗せられているだけで、内発的な動きとは違うなと思います。
養老 そういう人たちに、地震になったらどうするのって、教えてあげたらいいと思いますね。そうすると将来のために、まさにいいトレーニングになりますよ。
―アウトドアは防災のスキルが満載ですからね。自然の中でサバイバルを身に付けるためにも、小さいころから自然と触れた方がいいということですか。
養老 そうですよ、もともとそうやって人は育ってきたんですから。それを無理やり人工環境においている。僕はネズミを飼っていたから、よく分かっているんですけども、生まれた時から籠の中にいて、エサと水はいつもあるという状況にいるネズミはどうしようもない。だけど、あんまり悲観的でないのはね、そういうネズミを机の上におくとね、机のヘリをヒゲで触って歩いているわけです。ゆっくり歩いている、逃げもしないで
そのまま1週間も経つとね、完全に隠れちゃう、いなくなっちゃう。どこへ行ったんだろうと思って探したらね、古い大学ですからね、棚の一番下がね、ちょっとスが入っているんです(細かな穴が開いている)。そこに切れ目があって、そこから棚の中に入ってね、角っこで天井を向いていました。だから、人でもある環境に置かれたら、あっという間に野生を回復しますよ。
名越 あらゆる知恵が脳の中に残っているのでしょうね。
養老 それじゃなきゃ、何十億年も生存してこないですよ。
名越 未曽有の災害があっても生き延びてきたのは、その時になんか発現するんでしょうね。
養老 AIなんてバカみたいなもんでね、70〜80億もあるものを、またなんで作ろうというんだよ。脳みそを。あるのをもっと使えって。
名越 養老先生の別荘「昆虫館」に行った時に、森林の中の話をしてくださって、その時からずっと気になっているのが多様性ですね。1枚の葉っぱとて同じものはない。それって恐るべきことだなと思ってきて。
養老 複雑でしょ、そういうのを見ると。その複雑さというのがひとりでに(自分の中に)入っちゃうんですよ。そして、自分の中にある複雑さと対応しちゃう。だから気持ちがいいんですね。統制が気持ち悪いのは、きれいにしちゃうでしょ。なんでも直線になっているし、そんなルールを見せられても面白くもなんともない。
ところが、自然の中のルールというのはものすごく複雑なんですよ。その複雑さからルールが生まれているんで、そこが共鳴するんですね。世界は複雑だよって教えてくれる。共鳴すると気持ちがいい。だから、みんな自然の中で気持ちがいいんですよ。共鳴しているんですよ。
―山や森の中にテントを張って泊まる。最初は真っ暗の闇の中で葉っぱが揺れただけでも恐怖を感じたものですが、なんども体験しているうちに居心地が良くなってくる。そういう体験って必要だなと思いますね。
養老 そんなことを言わなくてはならなくなったことが変なんですよ。ブータンを旅行した時にですね、夜、真っ暗なところを地元の人は平気で歩いているんですよ。よく歩けるな、と思いましたね。石ごろごろですからね。でも彼らは見えるって言うんだから、自然と共に生きているってことはすごいものですよ。
養老 孟司 医学者、解剖学者
名越 康文 精神科医
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