〈退職金2,000万円・年金月33万円〉の67歳・大手企業常務、“勝ち組老後”が一転。風呂なしアパート生活へ…〈怒涛の転落劇〉のきっかけとなった「年金機構からの通知」【FPの助言】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年6月3日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
老後は、快適な施設でのんびりと余生を送りたい、と考える人も多いのではないでしょうか。70歳になったら、長年連れ添った妻と一緒に「老人ホーム」に入所することを計画中の山根さん(仮名)もその一人。しかし、定年退職の目前に、山根さんは妻からまさかの通告を受けることにー。神戸・辻本FP合同会社の代表である、ファイナンシャルプランナーの辻本剛士氏が、夫婦間の「年金分割制度」について、詳しく解説します。
定年退職の目前、妻から告げられた「まさかの言葉」
現在67歳の山根和也さんは、大学卒業後、某大手企業で常務取締役として勤めていました。趣味は銭湯に行くことで、日々の疲れを銭湯で癒し、次の日の仕事もリフレッシュしてこなしていました。そんな山根さんですが、65歳になるタイミングで定年退職を迎えます。
山根さんの資産状況は、夫婦で月33万円の年金収入、退職金2,000万円と、これまで貯めてきた資金が2,000万円あるため、このままいけば、引退後も余裕のある生活が送れそうです。住宅ローンも完済しており、いずれは今住んでいる家を処分し、夫婦で老人ホームに入居して、のんびり余生を過ごしたい、と考えていました。
しかし、定年退職を間近に控えたある日、妻の明美さんから「第二の人生を1人で歩みたい」と、突然の離婚宣告を受けてしまいます。山根さんには亭主関白な一面があり、家庭を顧みず、過去には浮気歴もあり、明美さんの積年の我慢は限界に達していたようです。
寝耳に水状態の山根さんは戸惑いつつも、妻の勢いに押される形で、自宅の権利と、貯蓄4,000万円のうちの2,000万円を明美さんに渡すことに。明美さんは、夫婦での話し合いの場を極力設けたくないとのことで、自宅や財産など、最低限の協議に留め、数ヵ月で協議は終了しました。実にあっけないものです。
離婚後、年金事務所から一通の封筒が
やむなく山根さんは妻との離婚が成立し、自宅と資産の2分の1を失いましたが、自身の年金がもともと26万円程度あったため、経済面での悲観はしていませんでした。山根さんは離婚成立後、すぐに家賃12万円の駅近のタワーマンションに引っ越しました。
自分より年金額の少ない妻のことだし、どうせ数ヵ月で「復縁したい」と泣きついてくるだろう、と甘く考えていた山根さん。一度住んでみたかったタワマン暮らしで、束の間ながら悠々自適な独身生活を謳歌してやろう、と目論んだようです。
しかし、しばらく経ったある日、年金機構から一通の書類が山根さんのもとに届きます。書類には「標準報酬改定通知書」と書かれており、年金分割によって変更となった年金記録が記載されています。離婚後、明美さんは、「3号分割」を年金事務所に請求していたのです。
その後、山根さんは実際の年金支給額をみて、愕然とします。山根さんの年金支給額は、26万円から約18万円に、手取りにすると15万円程度まで減額されていたのです。
山根さんは、明美さんとの離婚協議中に年金分割について話し合っておらず、自身の年金は、引き続きそのまま受給できる、と思い込んでいました。
「3号分割」の場合、夫の合意なしに年金を分割できる
年金制度には、夫婦が離婚した際に、老齢厚生年金部分の保険料記録を分割できる制度があります。この年金分割制度には「合意分割制度」と「3号分割制度」の2種類があり、明美さんが今回請求したのが、3号分割制度でした。
「3号分割制度」とは、婚姻期間中の厚生年金保険料の納付実績を分割する制度です。婚姻期間中の厚生年金保険料の納付実績を、2分の1に分割できます。
3号分割制度を利用する際の要件は、次のとおりです。
・分割を受ける側が第3号被保険者であった・2008年4月以降の婚姻期間である
たとえば、2002年から結婚生活が開始し、結婚当初から妻は専業主婦で第3号被保険者として生活を続け、その後、2025年5月1日に離婚したとします。この場合、2008年4月1日から2025年5月1日までの期間にかぎり、3号分割制度が適用されます。
この3号分割制度では、夫の合意は必要なく、自身で年金事務所に行き、「標準報酬改定請求書」を記載し、提出することで成立します。ただし、分割請求は、離婚した日の翌日から2年を経過すると請求できなくなる点に注意が必要です。
2008年4月1日以降の厚生年金記録が2分の1に分割されることとなった結果、当初月26万円ほどあった山根さんの年金額が18万円程度と約3割減少しました。手取りでは月15万円ほどです。
山根さんは、年金の3号分割制度について知らなかったため、驚きと困惑を隠せませんでした。資産と年金の多くを失った山根さんは、はじめて自身の置かれている危機的状況に気づきます。そして、このままではまずいと、親友の紹介で、ファイナンシャルプランナー(FP)に相談することにしました。
山根さんはFPに会うなり、元妻・明美さんから受けた仕打ちへの怒りをぶちまけます。「離婚してから一度も連絡なく、いきなり年金分割を請求するなんて、いくらなんでもひど過ぎる。事前に伝えてくれたら準備もできたのに」
FPは少し困惑した表情を浮かべながら、山根さんの話をひと通り聞き、今後の対策を話し合うことにしました。山根さんは、今までの生活スタイルや、70歳になったら老人ホームで暮らしたいことなど、自身の希望を余すことなく伝えます。そしてFPに、直近の家計支出をみてもらいました。
山根さんの月々の家計支出は次のとおりです。
家賃:12万円食費:7万円
水道光熱費:1万円
通信費:1万5,000円
その他:3万5,000円
民間の有料老人ホームの場合、入居一時金で数千万円にも
FPは、山根さんの現在の生活スタイルや将来の目標などをヒアリングし、月々の家計支出を把握したうえで、厳しい現実を告げます。
「収入と支出のバランスが完全に崩れています。山根さんは、このままでは資産がどんどん目減りしていき、老人ホームどころの話ではなくなります。そのために、今所有している資産2,000万円を目減りさせないことを考えましょう。まずは、家計支出のなかで家賃が大きなウエイトを占めているため、この部分をもう少し抑えたいところです。また、食費も1人暮らしであれば、もう少し抑えられるはずです」
年金収入15万円に対し、毎月の支出額が25万円となり、毎月10万円の赤字です。民間の有料老人ホームの場合は、入居一時金で数千万円もの費用を要するケースも多いため、資産を目減りさせてしまうと希望する老人ホームを選択できないかもしれません。
また、仮に毎月の家賃を5万円、食費を2万円カットできたとしても、毎月の赤字は3万円発生します。そのため、可能であれば、無理のない範囲で労働収入を得ることも提案します。
山根さんは、有益な情報を教えてくれたFPに感謝を伝え、事務所を後にします。自宅に戻り、これまでの人生を振り返り、妻に対する自分の行いを深く反省しつつ、新たなスタートを切るべく、今後の計画を練り始めました。
その後、築古の風呂なしアパートに住むことに
その後、山根さんは、現在の家賃12万円のアパートから家賃5万円(共益費込み)の築古の風呂なしアパートに移り住みます。このアパートは、山根さんが通っている銭湯の近くにあり、毎日銭湯を利用するのであれば、部屋に風呂がなくても問題ないだろう、という判断でした。
また、配送の仕分け作業員としてのアルバイトも開始し、月に3万円ほどの労働収入も得られるようになります。
さらに、料理が一切できない山根さんでしたが、外食をできるだけ減らし、スーパーの惣菜や手軽にできるインスタント食品を活用することで、食費を7万円から5万円にカットでき、家賃と食費で総額9万円もの支出を抑えることに成功。それにより、26万円の生活費が17万円まで圧縮でき、そこに労働収入が3万円加わったことで、家計が一気に黒字に転換しました。
側から見ると、苦しい生活を強いられているようですが、夢の老人ホームに入居するため、「資産を減らさない」という目標がはっきりした山根さん。生き生きと、前向きな気持ちで日々を過ごしています。
現在は、仕事と家事、趣味の銭湯を楽しみながら生活し、将来、老人ホームに移ることを見越して、少しずつですが、ケアマネージャーに老人ホームについての情報を得ている山根さんでした。
辻本 剛士 ファイナンシャルプランナー 神戸・辻本FP合同会社 代表
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