健康だが…自ら高齢者施設へ入居した85歳・現役不動産経営者。「資産1億8,000万円」を子供たちへ平等に相続できた理由
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年5月29日 11時45分
(※写真はイメージです/PIXTA)
相続人の方の多くは「相続で子供たちに迷惑をかけたくない」と考えるでしょう。そのためには、自身の憶測ではなく、家族全員が相続についてどう考えているのかを明確に知る必要があります。相続人の方はその上で、自身の考えを家族の想いと擦り合わせていくと、円満な相続になる確率が非常に高まります。本稿は、一般社団法人相続FP協会、相続FPの学校・代表理事の山本祐一氏が、司法書士の岡本先生(仮名)にインタビューをした際に話された、吉田さん(仮名:85歳)の相続事例をもとに解説します。
子供たちと相続の話ができなかったワケ
今回は、家族信託を活用して、1億8,000万円の資産を生前対策した吉田さん(仮名)の事例を紹介します。
吉田さんは85歳で、不動産の経営・管理を現役で行なっていました。健康ではあるものの、奥様の他界を機に高齢者向けの施設に入居していました。
契約関係や立会が必要な場合には自身で対応する必要があり、健康ではあるものの高齢のため、少し身体的に負担がかかるようになっていました。しかし、吉田さんは責任感が強く「子供たちに任せるのもなぁ」と不動産経営をどうするべきか悩んでいました。
そこで、今後の相続に関する不安をハウスメーカーの担当者に相談したところ、司法書士である私を紹介され、私は吉田さんのもとを訪れることになったのです。
施設に到着すると、吉田さんは雨の中、丁寧に挨拶をして下さり、相談の準備を整えて待っていました。私は吉田さんに案内された椅子に座ると、目の前のデスクに私に相談したい内容のメモ書きと、それに関する資料が綺麗に並べられていました。
「本日は、家族信託の説明を詳しくお聞きになりたいということでお間違いないでしょうか?」(岡本司法書士)
「はい。実は自分でも、ある程度家族信託については調べていました」
と吉田さんは言い、デスク上にあった一つのファイルから家族信託に関する情報が印刷された書類を手にしました。
「不動産経営が難しくなってきたため、信託会社に頼ろうと考えていましたが、信託会社は賃貸部分のみを対象としており、賃貸以外の自宅などについては対応してくれないようで…。そのため、家族信託ではどうなのか、その辺りについて詳しく知りたいと考えていました」(吉田さん)
「ご丁寧に詳細をご説明くださり、ありがとうございます。ちなみに、息子さんお二人は、吉田さんのこれからのことや相続についてどのようにお考えなのでしょうか?」
私が質問すると、吉田さんは少し間をおいて
「…実は、子供たちが相続についてどう思っているかは聞いたことがない、というか聞けないでいます」
と答えました。私が理由を尋ねると、吉田さんは困った表情をしましたが、その理由を話し始めました。
「息子二人はどちらも結婚して子供もいるのですが、先に結婚した長男とお嫁さんが将来の僕ら夫婦を気遣って、結婚してすぐ国分寺にある私の家に一緒に住むことになりました。しかし私の妻は3年前に他界し、私自身もこれ以上この家にいると長男家族に迷惑をかけると思い、施設に入居することにしました。
一方、次男は茨城にいます。盆や正月など年に一度は必ず帰省をして、私や長男家族にも顔を出してくれるのですが…。もしかしたら、次男は長男が私の家に住んでいることを良く思っていないのではと感じるのです。
長男夫婦は私たち夫婦のサポートをしてくれ、妻に対しては亡くなる直前まで介護をしてくれました。そのことは次男も知っています。ですが次男からすると、心のどこかで長男家族が私の家に住んでいることを、贔屓していると思っているみたいなのです。相続に関して二人に揉めてほしくないので、何とかしなくてはと考えたものの、結局何もできずにいました」
「お一人でご家族に迷惑をかけまいと、奮闘されたのですね」
私が優しく声をかけると、吉田さんは安心したような表情をしてくださいました。
「ですが、どんな想いを抱いているかは、次男様に直接聞いてみないとわかりません。長男様にも、どのような想いをお持ちなのかを聞く必要があります。信託会社に信託しようと、ご家族に信託しようと、どちらにしてもお子様のご意見を聞く必要がありますから。
吉田様がここまでお一人で誰にも頼らず信託について考えられたことは、とても素晴らしいことです。ですが、これからのことや相続については家族全員が納得する形を見つけることが大切です。相続のような話し合いは当事者間のみのお話よりも、第三者が入ることで円滑に進む場合が多いです。私でよろしければ、協力させていただきたいと思うのですがいかがでしょうか?」(岡本司法書士)
「確かに今まで、自分一人で進めようと思っても何もできなかった。ここは一つ、お願いしたいです」(吉田さん)
そこで私は、まずお子様二人に事情をお伝えし、全員で集まれる日に2回目の打ち合わせをしようと吉田さんに提案をし、部屋を後にしました。
長男も次男も「平等にしたい」想いは同じ。だが…
そして後日、私は再び吉田さんの施設に伺いました。少し重苦しい雰囲気の中、吉田さん以外に二組のご夫婦が同じ部屋に集まっていました。
話を聞くと、長男次男それぞれの共通点として「平等にしたい」という想いを抱いていることがわかりました。しかし、想いは共通していても、長男と次男が思う「平等」の内容は全く異なるものでした。
特に次男は、吉田さんが事前に感じていたように
「兄さん夫婦は母さんの面倒を見てくれたとはいえ、今は親父も施設に入ったから家をもらったようなものだと思うんですよね」
と、長男が実家に住んでいることでもやもやされているところがあるようでした。
吉田さんが所有している不動産は、自宅と収益不動産の二つです。収益不動産のみを信託会社に信託するのか。収益不動産を家族信託する場合には、賃貸経営は誰が行うのか。そして何より大切なのは、長男次男それぞれの折り合いどころはどこなのか。
複数回お会いして、誰が何を相続したらどんな金銭的な利益や負担があるのか、ということを皆さんと想定しながら擦り合わせをしていきました。
梅雨も明け、真夏日が続く頃、再び吉田さんから連絡が入り、私は数ヵ月ぶりに吉田さんの住む施設へ足を運びました。部屋に入ると、吉田さんと長男・次男夫婦が集まっていましたが、前回とは異なりその場にいる全員が明るい表情で私を迎えてくれました。
「おかげさまであれからじっくり全員で話し合いをして、家族信託という選択を取ることにしました」(吉田さん)
吉田さんには、不動産は自宅と収益不動産の二つしかありませんが、自宅には今、長男家族が住んでいます。しかし、自宅も老朽化が進んでいるため、リフォームが必要です。
この場合、自宅は吉田さんの名義の建物となっているので、長男のお金でリフォームをすると、長男から吉田さんへリフォーム工事代金の贈与となってしまいます。そのため、吉田さんのお金でリフォームをすることで贈与にはならず、同時に吉田さんの資産も減ることになるので、相続対策にもなりました。
収益不動産については、家族信託で次男が管理をすることとなり、次男が賃貸経営を行い、家賃収入を収益不動産の各支払いに充てられるようにしました。吉田さんの相続時には、管理している収益不動産とお金は次男に承継させることにしました。
自宅に関しては遺言書を作成し、長男に相続させることにしました。また、吉田さんの面倒を見るための金銭を、長男が受託者として管理する信託も設けました。
必要な遺言書や信託関連の書類等の作成が一通り終わり、秋になる前には無事に吉田さんの約1億8,000万円の生前対策・相続対策が終わりました。
子が親に直接言い難いことは多い
あれから吉田さんから何も連絡はないですが、便りのない知らせはいい便りとも言います。
今回、改めて思うことは相続に関することは当事者以外の第三者が入ることで円滑に進むケースが多いということです。
吉田さんの場合、遺言書を書いていただきましたが、子が親に直接「遺言書を書いて」とは言い難いかと思います。私たちのような第三者が入ることにより、やってほしいことや進めてほしい話などをお願いすることが可能です。
また、今回のケースでは、吉田さん、お子様、その奥様方で想いを共有したことで、ご兄弟の「平等」を実現することができ、結果、吉田さん本人だけでなく、お子様やその奥様方にも安心していただくことができたのだと思います。
もし今、今後のことを考え親が元気なうちに相続について話し合いたいという方は、第三者の力を借りながら早めに済ませておくことをお勧めします。
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