“仕事”は恋しくないけれど…キャリアの最後に待つ「引退」後の生活に不満を抱いてしまう人の意外な共通点【ハーバード大の幸福論】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年6月8日 11時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
キャリアの最後に訪れる「引退」。労働からの解放は一見素晴らしいことのようにも思えますが、引退後の生活に不満を抱く人も少なくありません。そこで本記事では、米ハーバード大学医学大学院・精神医学教授のロバート・ウォールディンガー氏とハーバード成人発達研究の副責任者を務める心理学教授のマーク・シュルツ氏による共著『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』(&books/辰巳出版)から一部抜粋し、引退後の生活を充実させるコツについて解説します。
世代を超えて与え合うことで得られる幸せ
高校教師のレオ・デマルコは若い頃、小説家を夢見ていた。しかし結局、その夢は教育への情熱へと変わり、物書きを目指す生徒の指導に生きがいを見出した。「自分で夢を追うよりも、夢を追う誰かの後押しをするほうが、僕にとっては大事なんです」と彼は話していた。
レオもそうだったが、教師は生徒のメンターになる。だがどんな職業にも、経験の浅い人とベテランがいる。
メンターシップ(助言・指導する/される)という関係は、メンターとメンティーの双方にとって有益なものだ。メンターの立場にある人は、次世代を育てる。積み重ねてきた経験や知恵を自分の代で終わらせず、次の世代に伝えることは特別な喜びをもたらす。
職業生活を通じて自分に与えられたもの、そして与えてもらいたかったものを次の世代に与えることができる。新人のエネルギーや前向きな気持ちに刺激を受け、若い世代の斬新な考え方に触れることもできる。
一方、メンティーの立場にある人は、何もかも独学、独習しなければならない人より、早く技能を身につけ、キャリアを高めることができる。実際、メンターシップが不可欠な職業もある。
経験を積んだ人の弟子となって細かな指導を受けなければ、技能を身につけることが難しい職種は多い。メンターシップを受け入れ、育んでいくと、メンターとメンティーの双方にとって豊かな体験がもたらされる。
筆者のボブとマークの場合も、キャリアはもちろん、人生についてさまざまなメンターからの指導を受けたおかげで、今がある。実際、お互いがメンターとメンティーの関係になったこともある。
初めて会ったとき、公式にはボブがマークの上司だった。マークがインターンをしていた心理学プログラムの責任者がボブだったのだ。マークはボブより10歳以上若い。だが、研究者としては先輩だった。出会って間もない頃、ボブは研究者の道を本格的に歩み出すため、研究助成金を申請することにした。
ボブは臨床精神科医・教育者としてキャリアを築いてきた。だが、研究に軸足を移すとなると、管理職という立場を捨て、肩書のない立場からやり直すことになる。今さら遅すぎるとか、キャリアの変更は難しいと反対する同僚もいた。それでもボブは前に進んだ。
ところが問題が起こった。助成金の申請には複雑な統計分析が必要だが、ボブにとってはまったく縁のない分野だった。そこで、友情と一生分のチョコチップクッキーを約束し、マークに教えを乞うた。
職場において「幸福な人生」を手に入れるコツ
メンターシップとしては複雑な関係だった。ボブはマークの上司という立場だが、教えを乞うとなるとそれなりに弱さをさらけ出すことになる。一方、マークにとっては、ボブはずっと年上ではるかに安定した大人だから、やりづらいところがある。それでも、ボブとマークは互いに学び合った。
マークはボブに統計学を教え、ボブはマークに豊富な経験を伝えた。最終的に、ボブは助成金を獲得し、研究者へとキャリアを変更した(ただしマークはもう何年もボブから報酬のクッキーをもらっていない)。
年齢を重ね、メンティーからメンターへ、教わる側から教える側へと立場が変わっていくと、新たな人間関係を紡(つむ)ぐ機会が生まれる。そうした機会は思いがけない形で訪れる。
若い世代を指導し、知恵や経験を伝えることは、キャリアの一部であり、職種を問わず仕事のやりがいを高めてくれる。次世代を育てるという満足感は、職場における幸福な人生(グ ッド・ライフ)につながっている。
引退後に気づく、職場でのつながりの大切さ
ライフステージが進んでいくと、昇進や失業、転職、出産をきっかけとして、仕事上の転機が訪れる。人生が大きく変化するときには、一歩引いて、鳥の目で新しい生活をとらえ直してみるといい。この変化によって、職場やそれ以外の人間関係はどんな影響を受けるだろうか? 大切な人とのつながりを保つための選択肢はあるだろうか? 新しいつながりをつくる機会を見逃していないだろうか?
キャリアにおける最大の変化は、キャリアの最後に訪れる。引退だ。一筋縄ではいかない転機、人間関係の問題がたくさん生じる転機でもある。同じ職場に定年まで勤め上げ、退職して年金を満額受け取り、悠々自適の生活を送るという「理想的な」引退生活は、実際にはあまりない(現代では絶滅したも同然だ)。
本研究では、引退について頻繁に調査を行った。仕事あっての人生だから、引退するなんて考えられない、とむきになる男性被験者は非常に多かった。彼らは「引退なんてしませんよ!」と言っていた。引退したくない被験者、経済的な事情で引退できないと感じている被験者、仕事のない生活を想像するのは無理だという被験者もいた。就業状態がはっきりしない被験者もいた。
引退という問題について考えることを拒否し、質問票の引退に関する質問を空欄のままにする人も多かった。引退したと回答しながら、実際にはほぼフルタイムで働いている人もいた。つまり、彼らにとって、引退したかどうかは本人の気持ち次第のようだった。
充実した引退生活を送るのに欠かせないピース
引退すると、新たな生きがいや人生の目的を見つけるのに苦労するものだが、自ら探す努力をする人はほとんどいない。だが、引退生活が充実している人は、職場で長い間自分を支えてくれた人間関係に代わる新しい仲間を見つけていた。仕事を楽しめず、自分や家族の生活のためにしかたなく働いていたという人でさえ、日常生活の大半を占めていた仕事がなくなると、人間関係に大きな穴があく。
50年近く医療従事者として働いた被験者は、引退して何が恋しいかと尋ねられて、こう答えた。「(仕事自体については)何も恋しくありません。恋しいのは同僚や友情ですね」
レオ・デマルコもそうだった。引退して間もない頃にレオの自宅を訪ねた本研究の調査員は、こんな調査記録を残している。
引退して何がいちばんつらいかとレオに尋ねると、同僚が恋しいし、今もできるだけ連絡を取るようにしていると言う。「仕事の話をすることが心の支えになっています」。若者に教える仕事について語り合うのが、今でも楽しいのだという。「人が技能を身につけるのを助けることはすばらしいことなんです」と言い、それから「教えることは、自分の全存在をかけて相手に向き合うことなんです」と話した。若者に教えることは「大いなる探求の始まり」だと語った。幼い子どもたちは遊び方を知っているが、「教育に携わる大人は遊び方を思い出さなければならない」とも語った。日常生活に「やるべきこと」が多すぎて、若者も大人も遊び方を思い出せなくなっている、と言っていた。
こう話した頃、レオは引退したばかりの時期にあり、人に教える立場ではなくなったことの意味を理解しようともがいていた。
教師生活を振り返り、それが自分自身にどんな影響を与えたのか、それを失った今、正確には何が恋しいのかを考え続けていた。
大人は遊び方を思い出さなければならない、という発言は、当時の彼自身の課題でもあった。仕事が生活の中心ではなくなり、遊ぶことが再び重要になっていた。
心の底で、仕事こそ自分の存在価値だと感じている人は多い。仕事があるからこそ、職場の仲間、顧客、そして家族にとって、価値ある存在になれたと感じているからだ。
引退してこの感覚がなくなると、他者にとって価値ある存在になるための方法が新たに必要になる。自分より大きな何かの一部になる新しい方法だ。
職場で最も大切なものとは
ヘンリー・キーンは典型的な例だ。彼は勤めていた自動車工場の都合で急な退職を余儀なくされた。突然、時間と体力がたっぷりある立場になったため、手伝えそうなボランティア活動を探した。
最初は退役軍人省が運営する高齢者介護施設で、次に米国在郷軍人会と退役軍人会で活動し始めた。家具の塗り替えやクロスカントリースキーなど、趣味にも時間を割けるようになった。
だが、心は満たされなかった。何かが足りなかった。
「仕事がしたいんです!」ヘンリーは65歳のとき、研究チームに語った。
「本格的な仕事でなくていい。働けば、毎日暇を持て余すこともないし、収入にもなります。自分は働くのが好きで、人と一緒にいるのが好きな人間なんだと気づいたんです」
お金が必要だったわけではない。それなりの年金はもらっていたし、収入には満足していた。だが、お金をもらうことで、自分の活動の意味を感じていた。お金を払ってくれる人がいるということが大事だった。人は誰でも、他者にとって価値のある存在になる手段を必要としている。
また、人と一緒にいたいというヘンリーの気づきは、一つの重要な教訓、引退ではなく仕事そのものについての教訓を与えてくれる。つまり、職場で重要なのは人だ、ということだ。
職場を見回し、自分の人生に価値を与えてくれる同僚に感謝することが大切だ。仕事にはお金の問題やストレス、不安がつきまとう。だから、職場で育まれる人間関係の重要性は見過ごされやすい。
職場の人間関係の本当の大切さは、失ってから気づくことも多い。
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