女優・藤真利子も実践していた!…〈認知症介護〉で患者と介護者がともに幸せな毎日を過ごすための「究極のコツ」【人気エッセイストが助言】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年7月21日 10時0分
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同じことを何回教えてもすぐに忘れてしまう、突拍子もないことを言い出すのが「認知症」の特徴といえます。家族が認知症になってしまったら、その介護は一筋縄ではいかないことでしょう。しかし、患者も家族も、ともに笑って過ごせる関わり方がある、とエッセイストの阿川佐和子氏はいいます。阿川氏の著書『話す力 心をつかむ44のヒント』(文藝春秋)より、詳しくみていきましょう。
認知症の母と話す
最初イライラ、そして受け入れる
横暴な父の元に何十年も仕えてきた母が、80代に入って少しもの忘れが多くなりました。娘の私としては、おそらく7歳年上の父のほうが早く死ぬだろうから、そのあと、長年我慢を強いられてきた母を解放し、外国旅行に連れて行ったりおいしいものを食べに連れ出したりと、気ままなメリーウィドウ生活を謳歌させてやりたいと、ひそかに企んでおりました。
ところが母の認知症が先に始まってしまったのです。ショックでした。子供だけでなく父もショックだったようです。認知症といえども、まだ初期だろうと思うので、家族は寄ってたかって、母の脳みその訓練をしようと試みます。
計算ドリルを日課に与えたり、脳トレのキットを買ってきたり、忘れかけたら何度も言い直すよう指示したり。でも認知症は進行することはあっても、回復させることは、今の医療のレベルでは不可能だとお医者様に言明されてしまいます。
しかたがないと思いつつ、介護する側も、なんでさっき言ったことをそんなに簡単に忘れてしまうのか、なぜ覚えられないのかとイライラして、つい母を𠮟りつけます。母にしてみれば、なぜ家族が急に自分にきつく当たるようになったのか理解できず、母の精神状態も不安定になり、喧嘩や言い争いが繰り返されました。しばらくそんな状態が続いたのち、気がついたのです。
そうか。昔の母を取り戻そうと足掻いても無理なのだ。だったら今の母と楽しく笑える毎日を過ごすほうが、双方がしあわせになれるのではないか。残る命がどれほどのものかわからないけれど、こうして簡単に忘れながらも母は機嫌良く生きているのだから、そのことに感謝しなければ。
そう思い至ってからは、なるべく(ときにはイライラしましたけれど)母の繰り返す話や、突拍子もない発言を、そのまま素直に受け入れることにしたのです。たとえば、夕方、デイサービスに母を迎えに行き、スタッフと手を振って別れたあと、母に訊ねます。
「今日はなにしてたの?」
「今日? ずっとウチにいていろいろ忙しかったわ」
「ウチにいた? 今までデイサービスにいたんだよ」
「いいえ、ずっとウチにいましたよ」
そうか、そうだったのか。そこで訂正しようとしない。
「へええ。じゃ、ウチでなにしてたの?」
「ウチで? いろいろ」
平然と応える母の脳の中はどうなっているのか。想像しただけで興味が湧いてきます。
あるいは、私がご飯を作って食べさせると、
「あら、おいしい」
小さな小鉢に入ったオクラの惣菜に喜んでくれました。
「よかった。それは何の野菜でしょう」
一応、テストしてみます。母は、
「ん? わかんない」
「それはオクラ」
「なんだ、オクラなら知ってるわよ」
そして私が他の料理を作りに台所へ戻るとまもなく、「あら、おいしい」という声。今度はなにに喜んでくれたのかと思って確認に行くと、同じオクラの小鉢を手にしている。
「それはなんの野菜だったっけ?」
また聞くと、「ん? わかんない」
こういうことを何度も繰り返したのち、私は笑いながら聞きました。
「母さんは、何でも忘れちゃうんだねえ」
すると、意外にも母がムッとした顔をしました。
「覚えていることだってあるもん」
そうか、じゃ、何を覚えているの? そう聞くと、
「なにを覚えているか、今、ちょっと忘れた」
なんと見事なトンチ返し。あんなに父に酷い目に遭ったのに、母はつらい過去を引きずることもなく、呆けてなおさらトンチがきくようになりました。
そんな関係を続けるうち、今度はときどき、
「あら、さっきここにいた赤ん坊、どこへ行ったの?」
どうやら幻影を見るようになった。赤ん坊なんて、ウチにいるわけないじゃない。そう否定すればそれで済むかもしれません。
でも私たち介護チーム(兄弟知人)は、そういう反応をしないようにしました。真実を伝えたところで、すぐに忘れてしまうし、もとより今の母に真実を伝えることにどんな意味があるのでしょう。それより母の感情が安らかで、いつもウキウキしていることのほうがよほど大切です。
「ああ、赤ん坊? お母さんがさっき連れて帰ったから大丈夫」
「今ね、2階で寝かせているから心配ないわよ」
そんなつくり話をさかんにするようになりました。
真実なんてどうでも良い
これは私だけでなく、女優の藤真利子さんも実践していらしたようです。
藤さんのお母様も認知症になり、娘の真利子さんが世話をなさったそうです。あるときお母様が、「私は女優よ」と言い出した。いえいえ、女優は私、お母さんは女優じゃないでしょと、真利子さんは否定しませんでした。かわりに、
「あら、女優だったの? 今、何の映画を撮ってるの?」
「恋愛映画」
「まあステキ。相手役はどなた?」
そんなふうに話を広げていき、そして、
「女優さんならきれいにしておかなきゃね。明日、美容院に行きましょう」
さりげなく外へ連れ出すきっかけを作られた。お見事です!
こうして私も藤真利子さんも、なんとなくですけれど、話がかみ合わない関係であっても、相手の思っていることや言いたいことにそのまま乗る! 乗った上に、さらに話を広げるコツを身に付けました。
真実なんてどうでもいいのです。問題は、認知症である人間が、どれぐらい心地よく話せるか。心地よく話している話題にポンと乗ってしまえば、「また忘れてる」「本当はそうじゃないでしょ!」「さっきも言ったでしょ!」なんてイライラせずにすむ。そしてこちらも楽になるという好循環が生まれるのです。
阿川 佐和子 作家
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