「仕事のために生きているわけじゃない」元新聞記者・31歳男性が安定した職を捨て〈ワーホリ〉を選んだ理由
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年6月21日 8時15分
日本を出る前、30歳過ぎて会社を辞めてワーホリなんて…と周囲に言われたという元新聞記者のSさん。しかしシドニーに来てみるとそんなことを言う人は1人もおらず、誰もが自らの幸せを大切に日々を生きていました。Sさん自身も、滞在する中で自身のマインドの変化を実感したそう。本記事では『安いニッポンからワーホリ!最低時給2000円の国で夢を見つけた若者たち』(上阪徹著:東洋経済新報社)より一部抜粋・再編集し、Sさんを含めた計4人のワーホリ実践者のインタビューをご紹介します。
電車に乗っても、疲れている人を見かけない
シドニーのタウンホールにある語学学校「ILSC」の協力で、到着から1〜3か月経った4人のワーホリ実践者にも集まってもらい、匿名でインタビューすることができた。
3か月前にやってきたのは、大学3年生の女子学生だ。
「本当は大学で海外研修があったんですが、新型コロナで行けなくなってしまって。語学の短期留学を当初は考えていたんですが、ワーホリのほうが長くいられるのでいいな、と思いました」(Iさん、21歳)
日本で高校の教師をしていたという女性は、なるほどという動機を教えてくれた。
「今、進学校では海外大学進学がブームになっています。でも、学校が生徒を送り出そうとしても、やはり海外の生活に対して不安を取り除けない生徒は多くて、最終的に国内に決めてしまう現実があるんです。それなら、教員が自ら海外の生活を経験したらどうだろうか、と。こんなところに苦しさがある、こんなところは大丈夫など、わかっていたら違うと思ったんです」(Eさん、30歳)
オーストラリアという国にずっと行きたかった、と語ってくれたのは、保健室の先生をしていたという女性だ。
「中学校の修学旅行で京都を訪れたとき、英語でインタビューしようという課題が出て、声をかけたのがオーストラリアの人だったんです。この人がとても優しくて、手紙のやりとりもして。将来、絶対にオーストラリアに行きたい、と思っていたんですよね。それで働いてお金も貯めて、ワーホリでやって来ました」(Uさん、27歳)
そして政治部の新聞記者をしていたという男性は、これまた記者らしい動機を語ってくれた。
「日本と違う国に一度、住んでみたい、という思いを持っていました。というのも、日本に住んでいるとずっと閉塞感があって。僕たちの年代は失われた30年なんて言われて、生まれてからずっと不景気なんです。このまま好景気というものを経験しないままで終わるのは切ないな、という思いがずっとありました。経済的にいい国というところに一度、住んでみたかったんです。留学だと準備が大変ですが、ワーホリはビザが取りやすいですから」(Sさん、31歳)
2か月ほどの滞在で、閉塞している日本と、解放感あふれるオーストラリアの違いをすでに実感しているという。
「感じますね。今ちょうど仕事を探し始めたところですが、皿洗いのアルバイトでも最低時給で約2000円なわけです。日本の大卒初任給が、皿洗いで簡単に稼げてしまう。一生懸命に勉強して働いてようやくその金額に行く日本と、誰でもできる皿洗いでそこに行けてしまうオーストラリア。違いをまざまざと感じさせられますね。でも、英語ができない皿洗いでこれですから、英語ができるマネジメントやホワイトカラーはどこまでの給料になるのか。英語は使えて損はない、ということを改めて実感しています」
そもそも着いてすぐ、違いを実感したらしい。
「わかったのは、空気が違うということです。どこでそれを感じているのかわからないんですが、なんだか明るい。電車に乗っても、暗い人がいない。疲れている人を見かけない。だから、未来がある感じがするんです」
そして日本に対して、世界がどう見ているのかも初めて知ったと語る。
「外国人と話をしていて、日本で仕事をしていたというと、長時間労働の話を必ず聞かれるんです。ブラックらしいね、自殺率も高いらしいね、と。このネガティブイメージが広がっているのは、日本にとって不幸なことだと思いました」
みんな仕事のために生きているわけじゃない
そして3か月ともなれば、さまざまな経験を積むことになる。女子大学生のIさんは到着してすぐに新型コロナに罹ってしまうなど、修羅場をくぐったらしい。
「最初は、ここで野垂れ死にするのか、と思いました。ちゃんと働いたこともないし、いろいろなことを一人で全部やるのも初めて。最初の家こそ留学エージェントに手配してもらっていましたが、それも1か月。あとは自分で探さないといけないし、仕事も探さないといけないし。でも、やる気さえあれば、なんとかなる、ということがわかりました。実際に、なんとかなりました(笑)。今はやっぱり楽しいことのほうが多いです」
カフェのアルバイトを希望したが、なかなか見つけられなかった。コーヒーのおいしさが世界的に評価されているオーストラリアでは、カフェは人気の仕事場だ。ネットで探すと、経験者募集がほとんど。こうなったらもう、人柄とやる気を見てもらうしかないと思った。
「履歴書を持って直接、飛び込みをしました。60店以上、行きました」
そしてローカルのカフェで、ようやくアルバイト採用が決まった。ニューサウスウェールズのガバメントの近くで、州の職員が常連の店だ。オーダーを取ったり、コーヒーを出したりしている。最低賃金での雇用だったが、今はとにかく楽しいという。
「おいしいコーヒーがタダで飲めますし、英語の勉強が仕事をしながらできる。とてもありがたいです」
来て1か月の元養護教員のUさんも、アルバイト希望はカフェ。しかし、まだ見つけられていない。英語をもっと勉強してくるべきだった、という後悔の念がある。
「絶賛、仕事探し中です。ただ、はっきりわかったのは今、世界中からワーホリの若者が来ていて、仕事が争奪戦になっていることです。サイトで募集を見つけてメールを入れても、返事も来ない。直接、履歴書を渡しに行っても連絡はない。カフェで働きたいんですが、自分の英語のレベルだと、まだまだなのかな、とも思っていて。でも、オーストラリアでできた外国人の友人からは、『大丈夫、英語ができなくても、カフェで働きな』と言われていて、今またチャレンジしているところです」
一方、元高校教員のEさんは到着1か月で、耳の変化を実感している。英語だ。
「リスニングはそんなにできないんですが、言っていることはなんとなくわかるようになってきました。以前は、速い、という感覚だったものが、耳ができてきたのかと。音にしがみつく感覚がなくなってきました」そしてこの先のプランを構想中だという。
「語学学校を終えたらシドニーから他の都市に移動しようと思っています。まだ何も決まっていないところが不安でいっぱいなんですが、それもまた楽しまないと」
元新聞記者のSさんは、自らのマインドの変化を実感し始めている。
「日本を出る前、30歳過ぎて会社も辞め、安定も、いい仕事も捨ててワーホリ? 何をやってんの? とさんざん言われたんですが、シドニーでそんなことを言われたことは一度もありません。そもそも、みんな仕事のために生きてるわけじゃないわけです。それよりも、堂々と自分の幸せというものを主張する。そうだよな、それが当たり前だよな、と思い始めています」
取材後、初めて会ったという4人は連絡先を交換していた。こうやって、あっという間に人がつながっていくのも、ワーホリならではかもしれない。
上阪 徹
ブックライター
※本記事は『安いニッポンからワーホリ!最低自給2000円の国で夢を見つけた若者たち』(東洋経済新報社)の一部を抜粋し、THE GOLD ONLINE編集部が本文を一部改変しております。
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