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中国における過剰生産能力問題の過去・現在・未来…「電気自動車」の次は「空飛ぶクルマ」が貿易摩擦の火種に?

THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年6月21日 5時0分

中国における過剰生産能力問題の過去・現在・未来…「電気自動車」の次は「空飛ぶクルマ」が貿易摩擦の火種に?

(写真はイメージです/PIXTA)

中国の過剰生産能力が、西側諸国を中心に再び国際問題となっている。欧米諸国は、電気自動車(EV)やEVに搭載されるリチウム電池、ソーラーパネルといったクリーンエネルギー関連の製品を引き合いに出し、政府による補助金によって価格が不当に引き下げられているとして、中国を非難している。これらの製品が中国国内で生産過剰となった結果、海外に安値で輸出され、他国の経済・産業にとって脅威となっているためだ。2024年5月から6月にかけては、米国とEUがEV等の対中輸入関税引き上げを決め、G7サミットにおいても中国の過剰生産能力への懸念が表明されるなど、摩擦は日増しに拡大しつつある。ニッセイ基礎研究所の三浦祐介氏が、過剰生産能力問題を中国政府がどのように捉えているのか、今後どのように展開するのかについて、過去の歴史も振り返りながら考察する。

1―過去:過剰生産能力問題は2回発生。国内問題のみならず国際問題としての性格も帯びるように

設備稼働率過去を振り返ると、中国で過剰生産が問題となった時期は、1990年以降、現在までの約30年の間で2回あった(図表1)。第1の局面は1990年代後半で、軽工業製品を中心に過剰感が強まった。第2の局面は2010年代前半で、この際には石炭や鉄鋼、セメントといった重工業製品で過剰感が強まった*1

当時、生産能力が過剰となり解消に向かったプロセスには、その時々の個別の事情もあるが、概ね共通するパターンがみられる。すなわち、党や中央政府による大方針などによってある製品の需要が急成長すると*2、各地方政府がその機会を逃すまいとして一斉に補助金支給等を通じた投資促進に乗り出し、生産能力が急拡大する。地方政府幹部が、業績評価を意識して経済や雇用の拡大などで短期的な成果をあげようとするためだ。その後、外的ショックによる需要減退等をきっかけに過剰感が強まると、市場での競争原理に加え、中央政府が介入するようになり、調整が進む。

中国に対するアンチ・ダンピングの件数過剰生産能力問題の影響は、局面を経るにつれて大きくなってきた。中国経済が着実に世界の経済、製造業におけるプレゼンスを高めてきたことで、当初は単に国内問題であったものが、国際問題としての性格も帯びるようになってきたのだ。実際、第2の局面で鉄鋼の過剰が顕著になった際には、安価な中国製の鉄鋼が国際市場になだれ込み、中国の鉄鋼等の製品に対するアンチダンピングの調査開始件数が増加するなど摩擦が激しくなった(図表2)

*1:このほか、1980年代と2000年代初頭に、それぞれ、家電産業、鉄鋼やセメント等の素材産業で部分的に過剰生産能力が問題になったとの指摘もある(鐘(2024)、羅(2024))。

*2:例えば、第1の局面では、1992年の南巡講話を受けた市場経済化の加速に伴い消費市場が急拡大した。第2の局面では、2008年の世界金融危機に対応するために実施された4兆元の景気対策により、インフラや不動産建設が盛んになり、鉄鋼やセメント等の資材需要が急増した。

2―現在:自国の発展に不可欠な産業における過剰。中国は欧米諸国からの非難に対して反論

現在問題となっている過剰生産は、第3の局面と位置付けられる。今回は、世界的な脱炭素化の機運の高まりや中央政府による産業高度化政策などが背景にあり、過去の局面と比べると需要増のきっかけこそ異なるものの、地方政府の重複投資という生産能力急拡大のパターンは共通している。そして、過剰生産能力の解消に向けて中央政府が動き出しつつある点も、これまでと類似している。例えば、2023年12月開催の中央経済工作会議および24年3月開催の全国人民代表大会では、当面の経済政策における課題のひとつとして「一部業種における過剰生産能力」が挙げられている*3

戦略性新興産業のGDPシェア他方、今回の局面で異なるのは、過剰生産能力が懸念される製品の位置づけだ。かつては軽工業や素材産業で過剰が問題となったのに対して、今回はEVなど比較的製品の付加価値が高い産業でも過剰感が強まっている。これらは、経済・産業の高度化を目指す中国にとって、今後いっそう振興していくべき製品と位置付けられている。例えば、第14次五カ年計画では、戦略性新興産業*4のGDP比を、21年の13.4%から25年には17%まで高めることが目指されており、さらに拡大が必要な状況だ(図表3)。とくに今年に入ってからは、不動産業などこれまでの経済のけん引役に取って代わる新しい産業の育成が重点課題とされている(詳細は後述)。また、EV、リチウム電池、ソーラーパネルの3つの製品は「新三様(新御三家)」とされ、中国の輸出をけん引する新たな製品群とされている。

過剰生産能力問題に対する中国の反論こうした事情を背景に、他国からの非難に対する反応も異なっている。鉄鋼などの過剰生産能力が問題となった前回の局面では、今は亡き李克強首相(当時)が17年6月開催の夏季ダボス会議の場で、過剰生産能力解消に取り組んでいることを強調し、国際社会に対して過剰生産能力の存在を事実上認めていた。一方、今回は、習近平国家主席をはじめ、李強総理などが会談の場で徹底して反論している(図表4)。斜陽産業になりつつあった鉄鋼が問題となった前回とは事情が異なり、今後も需要の拡大が見込まれる産業であるとの認識と、自国の今後の発展の芽を摘まれることは容認できないとの中国指導部の意思が透けて見える。

このため、今回の過剰生産能力問題に対しては、あくまで「国内問題」として必要な対策がとられると考えられる。十把一絡げに生産能力を削減するのではなく、立ち遅れた設備の淘汰に重点が置かれるだろう*5。実際、24年の重点政策として打ち出されている設備更新促進策においては、エネルギー消費や汚染物質の排出、安全などを基準に満たない設備の淘汰を厳格に実施する方針が示されている。生産拠点を海外に移す動きも散見され、過剰生産能力の問題は国内的には徐々に解消していくかもしれないが、淘汰が進むのは、質が低い製品やそのメーカーとなるだろう。欧米に供給される製品は、相対的に付加価値が高いものであるとみられ、「国際問題」としての過剰生産能力は、貿易摩擦の争点として今しばらく燻ぶり続けることが予想される。

*3:2024年4月に開催された中央政治局会議で経済政策が議論された際には、過剰生産能力に関する言及がなされなかった。欧米からの批判の高まりを意識し、文言を削除したのかもしれない。

*4:具体的に含まれる産業については、図表5参照。

*5:鉄鋼のように同質性が比較的高いものではなく、メーカーによる差異が大きいという製品特性の違いも、一律的な淘汰がそぐわない要因だろう(丸川(2024))。

3―未来:新たな産業で再び過剰生産能力が問題になる可能性あり。経済安全保障の観点でも火種に

1|「新質生産力」発展のスローガンによる新産業支援が新たな過剰をもたらす恐れ

すこし気が早いが、将来的に第4の局面は訪れるだろうか。これは、地方政府の行動パターンが改まるかによる。習総書記は、2024年5月に開催された企業家等との座談会の場において「勢いだけで大雑把なまま、準備もなく盲目的に一斉に始めて、一斉に終わるのではだめで、各地の事情に応じ適切な策を打ち、各地がそれぞれの強みを有する必要がある」と述べ、地方政府がこれまでの行動パターンを改める必要性を強調しているものの、上述の地方政府幹部の評価体系や国政運営における経済成長実現の必要性など、根深い問題が背景にあることを踏まえると、そう簡単には改まらないだろう。

そのときに生産能力が急拡大する製品はなにか。その手がかりとなるのは、現在打ち出されている政策だ。今回問題視されているEVなどの製品は、過去を遡れば10年以上前から政府により振興策が打ち出されていた*6。その後、その是非はともかく、様々な支援を通じて技術開発やサプライチェーン構築などに長い時間をかけて布石を打ってきた結果、現在の競争力を獲得するに至っている。

今後重点が置かれるであろう政策のキーワードは、23年の中央経済工作会議で提起された「新質生産力」だ。その中身はまだ体系立てて示されてはいないものの、習氏の発言によれば、「(新質生産力は)イノベーションが主導的役割を果たすもので、従来的な経済成長の方式や生産力発展の経路から脱却し、高い技術・効果・クオリティという特徴を有する」*7とされている。産業構造の転換や生産性の向上などを進めるうえでのスローガンと捉えてよいだろう。

具体的な産業や技術等についてもまだ具体化されているわけではないが、24年3月に開催された全国人民代表大会における政府活動報告では、「戦略性新興産業」として、新エネルギー車や新興水素、新材料、革新的医薬品、バイオマニュファクチャリング、商業宇宙飛行、低空経済、また、「未来産業」として、量子や生命科学といった産業や技術が挙げられている(図表5)。これらの多くは、21年に発表された第14次五カ年計画で既に列挙されていたが、「新質生産力」発展のスローガンを契機に、産業支援の機運が高まる可能性が高い。政府系ファンドによる投資や補助金支給などを通じ、技術開発の強化やサプライチェーンの構築、市場の創出など様々な策が講じられるだろう。また、24年の各地方政府における政府活動報告では、上述のような産業の育成を強化する考えが示されており(図表6)、地方間での競争が激しくなることも予想される。その過程では、非効率な生産能力の拡張など様々な歪が生じるかもしれないが、着実に生産力が向上する可能性がある。

最近では、低空域での飛行を活用した経済活動である「低空経済」に関する政策が、地方政府レベルで相次いで打ち出されている印象だ。無人ドローンの活用は既に進みつつあるなか、現在は「空飛ぶクルマ」とされるeVTOL(電動垂直離着陸機)の実用化に向けた動きが盛んになりつつある。24年4月には、億航智能(イーハン)が政府から量産許可を取得し、年内にも観光利用のモデル事業を始める見通しであるという*8。今後、「空飛ぶクルマ」が、現在のEVと同様に中国国内で普及するとともに世界市場にも輸出されるようになれば、それが生産過剰であるとして国際社会からの批判を受け、再び貿易摩擦の火種となってもおかしくはない。

*6:具体的な政策の推移は、真家(2022)参照。

*7:「习近平 发展新质生产力是推动高质量发展的内在要求和重要着力点」(『求是网』2024年5月31日、http://www.qstheory.cn/dukan/qs/2024-05/31/c_1130154174.htm)

*8:「中国イーハン、『空飛ぶクルマ』の量産許可を取得」(『日本経済新聞』2024年4月8日)。

2|経済安全保障の観点からも問題となる可能性が大。将来の摩擦を見越した対応が必要に

中国における新産業の成長は、過剰生産能力の観点からのみならず、安全保障の観点からも貿易摩擦の火種となる可能性が高い点には注意が必要だ。

経済産業省(2023)によれば、安全保障上、コンピューティング、クリーンテック、バイオテックの3技術が今後必須になるとの見方が欧米では主流とされており、米国は既に新興技術として具体化して輸出、投資規制の強化に動いている。日本では同省がこれら技術を、「破壊的技術革新が進む領域」、「我が国が技術優位性を持つ領域」、「対外依存の領域」等に類型化している。その分類をもとに、中国が振興対象として挙げている産業や技術を試しにマッピングしてみると、「破壊的技術革新が進む領域」を中心に少なからず重複がみられ(図表7)、今後、中国との競合が安全保障上の問題として浮上する可能性が高い。

将来の技術覇権を巡る競争の火ぶたは既に切られており、対中貿易摩擦は、目下懸案となっているEVや太陽電池にとどまらず引き続き断続的に発生するだろう。このため、今後、日本企業が新たな産業分野を開拓するにあたっては、それがどの程度デリスキングにかかわる規制の対象となりそうか、中国の有する技術や産業集積、消費市場をどの程度組み込むのか、関係各国がどのような政策や規制を講じているのか、国際的なルール形成の状況がどのようなステータスにあるのか等を念頭におき、技術開発の強化や調達・生産体制の構築、販売市場の開拓など一連のサプライチェーンを今後形成していくことが求められる。これまで経済安全保障のリスク管理に関する体制やシステムなどを構築してきた企業であれば、そうした既存の枠組みを応用することもできよう。新たな貿易摩擦の可能性を見越して、先手を打っておくことが望ましい。

【参考文献】

経済産業省(2023)「経済安全保障に関する産業・技術基盤強化アクションプラン」

経済産業省(2024)「経済安全保障に関する産業・技術基盤強化アクションプラン改訂版」

鐘正生(2024)「詳解産能過剰:歴史対話現実」首席経済学家論壇、https://www.chinacef.cn/index.php/index/index#/council_figure?id=19110&c=2024-06-08&u=0000-00-00&exp=73

真家陽一(2022)「新エネルギー自動車(NEV)をめぐる中国の政策動向」(国際協力銀行『JBIC中国レポート』2022年度第3号)

丸川知雄(2024)「EVと太陽電池に『過剰生産能力』はあるのか?」中国学.com、https://sinology-initiative.com/economy/1438/

羅志恒(2024)「告別両輪産能過剰:中国経験」首席経済学家論壇、https://www.chinacef.cn/index.php/index/index#/council_figure?id=19396&c=2024-06-12&u=0000-00-00&exp=122

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