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「戸籍偽造事件」から考えるシニア女性の就労環境の険しさ

THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年6月22日 7時0分

「戸籍偽造事件」から考えるシニア女性の就労環境の険しさ

(写真はイメージです/PIXTA)

今月上旬、戸籍を偽造し、就労をしていた70代女性が有罪判決を受けました。この事件が物語る、シニア女性の就労環境の厳しさとは……ニッセイ基礎研究所の坊美生子氏が考察していきます。

中高年女性社員のうち上司からスキルアップを期待されていると感じている割合

朝刊の見出しが目に留まった。「架空の妹演じ『24歳若返り』」、「年齢をやゆされず働きたかった」――*1。73歳の女が、実在しない24歳下の「妹」になりすまし、家庭裁判所に申し立てて新たな戸籍を作成し、就職までしていたという怪事件だ。東京地裁が今年5月、有印私文書偽造・同行使などの罪で、女に懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。

各紙が報じた内容は、以下のようなものだ。犯行動機について、裁判官は「年齢で不当な扱いを受けることなく働きたかった」ことだと認定した。女は以前、警備会社で働いていたが、やる気があるのに、年齢のせいで重要な仕事を任されないと感じていた。職場の男性の「ババア」という発言を聞き、自分を揶揄されていると思った。「社会では若い人や男性が優遇されている」。差別を感じ、憤りから会社を退職。そしてふと、若い「妹」の戸籍を作ることができれば、妹になりすまして「若返る」ことができると思いついた。女は実際に「妹」の身分証明書を使って別の会社に再就職。「任せてもらえる仕事が増え、(本当の)自分が働くよりも仕事の幅が広がった」と“成果”を感じていたという*2

無論、嘘の申し立てで戸籍や身分証明書を偽造することは、重大な犯罪である。架空の妹になりすませば、若返って、別の人生を歩むことができるという発想も、荒唐無稽だ。女が法廷で語った「やる気があるのに重要な仕事を任されない」、「若い人や男性が優遇される」という話自体は、どこまで真実かは分からない。女が、警備会社で重要な業務を任せてもらえるように、何の警備資格を取得して、どんな成果を出していたのかは分からない。だが、記事を読み終えた後も、何かすっきりしないものが残る。「年齢や性による差別」という論点自体は、荒唐無稽だとは言えないからだろう。むしろ、これまで仕事を続けてきたシニア女性の中には、そう感じてきた人も多いのではないだろうか。

現在の65歳を超えるシニア女性が働き始めた頃は、まだ男女雇用機会均等法の施行前だ。企業の採用、配置、教育、昇進と、あらゆる場面で男女差別が色濃かった時代である。女性は就職しても、男性に比べて重要な仕事のチャンスは少なく、結婚・妊娠・出産したら退職するのが一般的だった。「お局さん」など、経験年数が長い女性に対する蔑称は、いくつもあった。結婚退職を想定する女性の側にも、「腰掛」という言葉があった。これまで働き続けてきたシニア女性は、そのような就労環境の中で、劣勢に耐え、懸命に適応してきた世代だろう。現在、企業の役員に就任するなど、華々しく活躍しているトップ層の女性は、そんな状況も力強く跳ね返してきたかもしれないが、誰もがそんなにタフな訳ではない。

問題は、1986年に均等法が施行された後も、女性にとって、フェアで働きやすい就業環境に変わったとは言えないことだ。ジェンダーは、人の意識や文化社会の深いところまで根を張ったものであり、法制度が変わったからといって、すぐに職場の風土が変わる訳ではない。結果的に、職場における男女の経験やキャリアに差が生まれ、現在の賃金水準や管理職水準の男女差に至っている。家庭における男女役割分業意識にも根強いものがあり、妻の働き方やキャリアにも大きく影響してきた。

筆者は昨年10月、定年後研究所との共同研究として、アンケート「中高年女性の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~『一般職』に焦点をあてて~」を行ったが、そこで明らかになったのが、中高年女性会社員の職場経験の浅さである。正社員として中高年まで働き続けていても、管理職経験がある人は約1割、その手前のチームリーダーの経験がある人は約3割、キャリアアップにつながる「異動(転勤を伴わない)」の経験がある人は半数以下にとどまった(図表1)。むしろ、転勤を伴う異動も、転勤を伴わない異動も、入社以来、一度も経験したことがないという人が約4割に上った。このような職場経験には、男女差が大きいという点も、他の調査結果で示されている*3

また、女性の年代が上がると、上司からの期待値が低下することも同調査から分かった。上司から「仕事のスキルを上げる」ことを期待されていると感じている人は、40歳代以降半では約4割だったが、50歳代では約3割、60歳以上では約2割へと低下していた(図表2)。つまり、年齢階級が上がるほど、職場で活躍が期待されていないことになる。

性・年齢階級別にみた転職・再就職にかかった月数

シニア女性の再就職についても、男性や若年層に比べてハードルが高いことは否めない。独立行政法人労働政策研究・研修機構が2015年、45~74歳の中高年男女約5,000人を対象に行った調査によると、転職・再就職の経験がある人の求職期間の中央値は、男性では「40~45歳」から「70歳以上」までのいずれの年齢階級でも3.0か月、女性でも「40~45歳」と「46~49歳」では3.0か月だったが、女性の「65~69歳」では6.0か月、「70歳以上」では5.0か月と、大幅に長期化する傾向が見られた(図表3)

つまり、業種や職種にもよって差もあると思うが、均等法施行後も、「女性」や「高齢」であることが、仕事に就いたり、キャリアを積んだりする上ではネガティブに働いていると言える。もちろん、女性側にも責任はあると思うが、実態として、シニア女性にとって、多様な仕事のチャンスがあり、頑張れば評価や待遇として返ってくる、というような就労環境だとは言えない。

とは言え、時代は少しずつ変わっている。キャリアや賃金水準に課題は残っているものの、長期雇用の女性は増えてきた。総務省によると、2022年、働く50 歳代の女性は約670万人、60歳代の女性は390万人、70歳代は約180万人に上っている*4。2010年代に入ってからは、出産後も働き続ける女性が、出産退職する女性を上回るようになった*5。2010年代後半からは、政府によって女性活躍政策が講じられ、これからも長期雇用の女性は増えていくだろう。「お局さん」という言葉も、概念も、時代遅れの「死語」になってきた。

さらに付け加えれば、少子化によって、日本人の若年層の労働力人口が減っていることから、必然的に、労働市場における中高年女性の存在感は増すことになる。年齢や性を理由として人材を活用しないなら、企業の持続可能性が低下する、という時代になってきている。中高年女性を長期雇用している企業にとっては、彼女たちの役割について再検討を迫られるだろう。中高年女性側もまた、これまでと同じ仕事するだけではなく、戦力として職場に貢献できるように、リスキリングしたり、新しい業務に挑戦したりする努力が求められるだろう。これからは、日本の社会の中で、中高年女性のパフォーマンスもプレゼンスも、向上していくことを期待したい。

2年後の2026年には、男女雇用機会均等法の施行から40年、女性活躍推進法の施行から10年を迎える。女性であることでキャリアに遅れが生じないように、また、高齢になっても能力を発揮する機会が失われないように、誰もが、「働きがい」と「働きやすさ」を感じられる就労環境が整うことを願っている。「若い人や男性が優遇される」という犯罪者の主張も、いつか「荒唐無稽だ」と一蹴できる日が来てほしい。

*1:日本経済新聞朝刊(2024年6月9日)。

*2:日本経済新聞朝刊(2024年6月9日)、朝日新聞朝刊(2024年5月29日)。

*3:公益財団法人21世紀職業財団(2019年)「女性正社員50代60代におけるキャリアと働き方に関する調査――男女比較の観点から――」。

*4: 総務省「令和4年賃金構造基本調査」。

*5:国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査」。

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