「小卒の工場作業員」から転職し、82歳で“フランスの栄誉”をつかんだ「漫画家・つげ義春先生」に学ぶ、<人間関係で無理をしない>未来的な生き方【齋藤孝が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年7月19日 8時0分
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(※写真はイメージです/PIXTA)
面白い話ができない、人を誘うのが負担…尽きることのない人間関係の悩み。そんな悩みにとらわれ過ぎない未来的生き方とは? 本記事では齋藤孝 氏による著書『上手に距離を取る技術』(KADOKAWA)から一部抜粋し解説します。
人間嫌い名人に学ぶ生き方
自分らしく生きることが以前より楽にできるようになった世の中とはいえ、現実に徹底した人嫌いを貫いて生き抜くことは、なかなか容易ではありません。
『ねじ式』『無能の人』などの前衛的な作品で知られる漫画家のつげ義春さんは、小学校卒でした。中学へは行かずメッキ工場で見習いとして働き始めましたが、日々人間関係につらさを感じたつげさんは、そのことを漫画に描いてきました。
若い頃のつげさんの人間嫌いは、痛々しいほどに切実なものがありました。昭和五十年から五十五年までの日記を綴った『つげ義春日記』(講談社文芸文庫)には、自身の生きづらさが多く記述されています。
知り合いの個展に行くと、「皆んな楽しそうにしているのが羨ましく思えた。人が多勢集まっている場所に出ると何故か自分が孤立しているような気持ちになる。でも自分は自分で家族三人がなんとかやっていければいいのだ。夕食にスシを買って八時に帰る」とあります。他人と一緒にいると、つげさんは孤立感を抱いてしまうのです。
つげさんにぜひ会いたいという見知らぬ読者から連絡が来た時には、一度は断るのですが、それでもどうしてもと電話で面会を求められ、「まったく会いたくない」と思いつつも会ってみたら、「殆んど口をきかない人だったので不愉快になった。何をしに来たのか、失礼な人だった」と思ってしまうのです。
つげさんはかなりの深度で自分に閉じこもるのですが、その後もこつこつと漫画を描き続け、八十二歳で初めてフランスを訪れることになります。フランス語で全集が出版され、「漫画界のカンヌ」と呼ばれるアングレーム国際漫画フェスティバルに『紅い花』という作品が展示されることになったためです。
人間関係が上手になることに人生のエネルギーを使わず、作品に注力することで、つげさんは芸術家として世界に広く認められるようになりました。現代のトレンドは、このように「人間関係で無理をしない」ほうにあるようです。まだ時代が躁状態で社会が浮かれていた一九六〇年代にこの作品を描いたつげさんは、時代を先取りしていたのかもしれません。
空気が読めなくても、距離は取れる
つげさんのように徹底した生き方をするには、超人的な勇気と忍耐力が必要です。勇気と忍耐が難しい人は、自分が苦しくない程度に他人との間でほどよい距離を持って生きていくのが、最適な解答なのだと思います。
空気が読めないといわれている人でも、距離の取り方はあります。細かい空気が読めなくても、面白い話ができなくてもよいのです。「面白い話ができない」と引け目を感じている人は、まずは「だよね」と、相手の話に頷いて笑っておきましょう。
高い目標をクリアしなくてもいいから、「だよね方式」と自分で決め、ひたすら実行する。そういう難易度の低いところから、まずは場に貢献してみましょう。また、そういう悩みを抱える方は、難しいコミュニケーションをとらなくても生きていく技を、まずは身に付けるとよいでしょう。
「職人気質」という言葉には、「人間関係が得意でなく不器用で頑固者でも、プロとしての技があれば、多少不愛想でも許される」という含意がありました。職業というものは元来、「自分がどういう角度で社会とかかわるものか」を決めるものでもあります。
医者というと、一昔前はたいそう威張っている人の多い職業でした。医者として人の健康に貢献することで、偉ぶった態度も社会に許されていたのです。つまりある種の職業に従事している人は、コミュニケーション能力が高くなくとも認められてきたのです。当人たちも、他人からの評価にある意味鈍感でいることが許されていたので、特に傷つくこともなくきました。
しかし今は、高いコミュニケーション力とサービス精神が、どの職種にも求められます。その分、他人との距離感で苦しむ人が増えました。周囲も、そういう人をどういう形で助けるか、場にうまくはまり込まない人をも生きやすくなる方法をとことん考えてみましょう。
人間関係にとらわれ過ぎないのが、未来的生き方
人間関係の苦手な人でも、特定の話題に通じ、詳しく語る人がいます。そういう方は属する集団の質を変えてみると、思いがけない発見があるかもしれません。周囲も、その人にふさわしい環境設定を促すことを考えてみましょう。
人は共通の回路があれば、関わりやすくなるものです。たとえば趣味のサークルなどが一番わかりやすいと思いますが、共通言語があることで違いを超えて共通点が強調されるため、関係性が築かれやすくなります。距離が取れない自覚がある人は、場にいてもふさわしい話題が選べず、笑いも取れず、馴染めないので、人一倍疲れてしまいがちです。
ですから周囲もそういう方には、「あまり無理しなくていいよ」と言うのはもちろん、具体的なその場への参加や貢献の仕方を教えてあげる必要があります。コミュニケーション不全を自覚している人に対しては、周囲は、技能において社会に貢献することを促すのがよいでしょう。得意なことで、場に貢献をしてもらうのです。
自己確認の仕方も、時代とともに変わりました。ネットで承認されるということも、私が若い頃には存在しなかった選択肢です。つい「若いうちは人間関係が不得手でも仕方ないけれど、そのまま続くはずがない」などと、周囲は批判的な目線を持ちがちですが、幸福を単層的にとらえ、社会的成功などを基準に考える時代はもう古い、と考えを切り替えましょう。
幸福を多層的に見て、余暇の時間、単独の時間を主に生きることが、むしろこの先の未来を確保していく生き方かもしれません。
遠慮過剰、気遣い過剰が自分をつらくする
現代人は、口を開けば他人にものを頼んだら悪い、他人を頼りにしてはいけない、と言います。こういった遠慮過剰、気遣い過剰が、人との距離を遠ざけすぎてしまうのですが、この傾向は若い人にも顕著です。
大学の長期休暇の際に、「二週間を使って、四人で一緒に何かしてみてください」という課題を学生に出したところ、百人弱のクラスの多くのグループが何もしてきませんでした。この課題は「人と関わる練習」なのに、なぜ学生は課題をやらなかったのかを探ってみると、どうも自分から誘ったら相手の迷惑になるんじゃないかと考え、お互いに遠慮をしてしまったようなのです。
人を誘うことが心理的にとても負担が大きい人は、確かにいるとは思いますが、これは教員になる人の授業なので、遠慮し合っていては何も起きません。再度促してみると、ようやく少しずつ腰を上げたのか、「カラオケに行った」「ラーメンを食べに行った」など、細やかな交流をするグループが出てきました。
知らない人と一緒に行動することは、大人が思う以上に、大学生にとってハードルが高いようですが、ひと押しすれば楽しむことはできるのです。溝を飛び越えるのには手間がかかるものですが、遠慮の壁を下げて溶かしてみると、そこに新しい扉が開きます。
気楽に誘うという行為は、慣れの問題です。マナーや距離感を大事に思う気持ちはわかりますが、お互い少し積極的になるとバランスが良くなります。
齋藤孝 明治大学文学部教授
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