「母さんの金、使い込んだな!」「世話もしないでなにいってるの!?」…〈疑念+怒り+悲しみ〉が絡み合う、相続トラブルの実態【弁護士が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年6月28日 11時15分
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(※写真はイメージです/PIXTA)
相続の現場では、お金の計算とさまざまな感情が絡んだ、複雑なトラブルが起こりがちです。あるきょうだいのケースから、遺産分割トラブルの解決策を探ります。相続問題にくわしい、弁護士法人菰田総合法律事務所の國丸知宏弁護士が事例をもとに解説します。
兄から「亡き母の財産を使い込んだ」と疑われ、納得できない
今回の相談者は、50代の女性Aさんです。Aさんの母親が亡くなり、遺産分割について相談したいと、事務所にいらっしゃいました。
Aさんの父親は10年前に他界。そのため母親の相続人は、Aさんと、Aさんの兄の2人だけです。遺言書はありませんでした。
「母親の財産は自宅と預貯金です。ところが兄は〈預貯金が少ない。お前が金を使い込んだんだろう!〉といって聞きません…」
Aさんの母親の遺産は、次の通りです。
自宅土地・建物:2,000万円
預貯金:1,000万円
Aさんの兄の主張は、次の通りです。
「もっと預貯金があるはず」
「晩年の母親は認知症だった。金銭管理をしていたAさんが使い込んだに違いない!」
「預貯金の使い込みはしていない」と証明するには?
筆者がAさんに事情を確認したところ、Aさんは、元々実家の近くにマンションを購入して1人暮らしをしていましたが、10年前に父親が亡くなったのを契機に、母親が精神的に弱ってしまったため、平日はほぼ毎日仕事帰りに実家に顔を出し、一緒に夕食をとった後に帰宅。週末は実家に泊まって家事をしたり、母親の通院に付き添ったり、一緒に買い物に行ったりしていたそうです。
ここ3年ほどは母親が認知症になり、日常生活が困難になったため、Aさんは生活の拠点を完全に実家に移し、仕事も介護時短勤務に変更。ヘルパーと協力しながら介護をおこなっていたということでした。
「母が認知症になった3年前から、私が母の預貯金を管理していたのは事実です。しかし、自分のために母のお金を使ったことはありません」
Aさんは几帳面な方で、毎日日記をつけ、母親のための支出はすべてレシートをもらい、ノートに貼り付けて整理し、金額を記録していました。
主な支出の用途は、食費・医療費・光熱費・日用品・家電購入費・固定資産税・庭の剪定費用などが中心で、高額な出費としては、昨年、実家をバリアフリーに改装した際のリフォーム費用等がありました。
そこで筆者は、金融機関の取引履歴を取得の上、出金と、これに対応する領収書等を整理してまとめ、Aさんが母親の預貯金を使い込んでいないことの裏付けとして、兄に送付することにしました。
受け取った兄も、資料を確認した結果、Aさんが使い込みをしていないことを理解したようでした。
「疑われるのは心外、むしろ介護に尽くしたことを評価すべき!」
Aさんと兄の法定相続分は2分の1ずつですので、遺産を2分の1ずつ分割するのが原則です。しかし、Aさんは、長年母親のために尽くしてきました。また、それ以外にも、兄に対して割り切れない思いがあるようでした。
「兄は東京の私立大学に進学させてもらえたのに、私はダメだといわれ、やむなく地元の公立大に進学し、地元の企業に就職しました」
「父が亡くなった10年前から、自分自身の時間がほぼないくらい、母のために尽くしてきたんです。もちろん、自分が選んだことなので後悔はありませんが…」
「なんの介護もせず、お正月に家族と帰省するだけの兄が私と同じ金額を相続するなんて、納得できません!」
Aさんが、長年にわたって母親のために家事や介護をおこなった事実は、相続手続においてどのように評価されるのでしょうか?
相続における「寄与分」とは?
相続では「寄与分」といって、被相続人の生前、被相続人の財産の維持または増加について一定の貢献をした相続人がいるときは、その相続人の貢献度に応じて相続分以上の財産を取得させる制度があります。
寄与分は、主に以下の類型に分けられます。
事業従事型:被相続人の事業(経営するお店や農業など)に労務を提供していた場合
金銭等出捐型:被相続人のために財産上の給付(事業資金、不動産など)をしていた場合
療養看護型:看護や介護が必要な被相続人の療養看護に従事していた場合
扶養型:相続人が被相続人の生活費を捻出していた場合
財産管理型:被相続人の財産を管理(所有不動産の賃貸借契約に関する管理など)していた場合
この中で、最も主張されることが多いのが、今回のAさんの場合と同じ「療養看護型」です。しかし、認められるケースはそう多くはありません。
寄与分が認められるには、その寄与が①被相続人の財産の維持・増加につながるもの、でなければなりません。財産の維持・増加というのは、今回のような療養看護型でいうと、Aさんが介護をしたことにより、訪問ヘルパーをたびたび呼ばなくてすんだので、被相続人の財産が維持された、ということを意味します。
また、②「特別な寄与」、すなわち、通常期待される程度を超える貢献と評価できるものでなければ、寄与分として認められません。このハードルは高く、親族間には扶養義務があることから、その範囲内の行為であれば、通常期待されるものと判断され、「特別の寄与」として認められないのです。
Aさんの場合、Aさんが毎日つけていた日記から、1日のうちかなりの時間を母親の介護のために費やしていたこと、具体的な介護の内容もわかりました。
寄与分の計算方法
そこで、Aさんが家事・介護に要した時間、その中でも母親が要介護認定を受けた3年前からの介護について、「訪問ヘルパーの日当額×療養看護日数」で計算し、兄と協議を重ねた結果、Aさんの寄与分として、一定額を認めるということになりました。
寄与分が認められるときは、一旦遺産から寄与分額を控除し、その残額について遺産分割をおこなったあと、控除した寄与分額を寄与者の相続分に上乗せします。
Aさんの寄与分が500万円のとき
母親の遺産(土地建物2,000万円+預貯金1,000万円)-寄与分500万円
=2,500万円…みなし相続財産
みなし相続財産2,500万円×2分の1
=1,250万円…お兄さんの相続分
1250万円+寄与分500万円=1,750万円
→ Aさんの相続分 1,750万円
以上の通り、Aさんは「1,750万円」を取得することとなりました。
ただしAさん自身は、自身が母親に尽くしてきた時間が「500万円の寄与」と評価されたことについては納得できなかったようで、低額だと思われたようでした。
しかし残念ながら「寄与分」のハードルは高く、満足のいく金額がすべて認められるケースは多くないのが実情です。
「私の財産、兄には絶対渡したくない」
母親の遺産分割協議は無事に完了しましたが、Aさんにはまだ気がかりなことがありました。
「私は独身ですので、私が兄より先に亡くなったら、私の財産はすべて兄が相続しますよね? 兄が先に亡くなっていたとしたら、甥や姪が相続するのでしょうか? 正直、兄や兄の子どもたちに私の財産を相続させたくありません…」
Aさんの認識のとおり、Aさんの相続人は、兄(Aさんの相続開始時点で兄が亡くなっていれば、その子である甥・姪)となります。
Aさんが自分の財産を兄(あるいは甥・姪)取得させたくないなら、遺言書を作成することが重要です。兄弟姉妹には遺留分(遺産の最低限の取り分)がありませんので、遺言書を作成していれば、お兄さんやその子どもたちがAさんの財産を取得することはありません。
それを説明すると、Aさんは「それなら〈自身の財産をすべて友人に遺贈する〉という内容で遺言書を作成したいです」と、胸の内を話してくれました。
寄与分の主張は難しい…「遺言書の準備」が有力な選択肢に
今回は、不正出金と寄与分についてご説明しました。
Aさんのように、被相続人のために支出した記録をすべて残しておられる方もいれば、なかにはレシート等をまったく保管されていない方もいらっしゃいます。預貯金の引出しは争いとなりやすいところですので、後々のトラブルを避けるため、きちんと記録を残しておきましょう。
また、寄与分を主張したいという方は多いのですが、実際にはなかなか認められにくく、また、認められたとしても想定よりも低い金額となりやすいのです。おこなった寄与についてきちんと記録を残しておくのも重要ですが、被介護者の認知能力に問題がなければ、介護をおこなった方に多くの遺産を相続させる内容で遺言を作成してもらうことも有力な選択肢になるといえます。
國丸 知宏 弁護士法人菰田総合法律事務所 弁護士
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