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IMFによる金融セクター評価プログラムの最終報告について…今後の金融規制の方向性

THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年6月28日 7時0分

IMFによる金融セクター評価プログラムの最終報告について…今後の金融規制の方向性

(写真はイメージです/PIXTA)

IMFによって実施された日本の金融セクター評価プログラムの最終報告が開示されました。IMFによる日本の金融規制体制に対する評価・課題と、評価に対する金融庁の反応について、ニッセイ基礎研究所の植竹康夫氏が報告します。

1―はじめに

金融セクター評価プログラム(FSAP)とは、国際通貨基金(IMF)によるプログラムの一つで、『一国の金融部門の強靭性に関する包括的かつ詳細な分析』(IMFホームページ*1より)を行うものである。その目的は、『金融危機の発生頻度と深刻さを最小限に抑えることの支援』であり、具体的には、(1)国の金融部門の安定性と健全性の測定、(2)金融部門が成長と発展に貢献できる度合の評価というふたつの目標を掲げている*2

日本の金融セクターを対象に実施されたFSAPの最終報告が2024年5月に公開されたことを受け、当評価の結果を概観し、IMFによる日本の金融規制体制に対する評価・課題と、評価に対する金融庁の反応について報告する。

*1:https://www.imf.org/ja/About/Factsheets/Sheets/2023/financial-sector-assessment-program-FSAP

*2:途上国・新興市場国に対してはIMFと世界銀行が合同で、先進国に対してはIMFが単独で評価を実施するが、IMFは金融システムの安定性の側面((1)に該当)を専門とし、世界銀行は開発ニーズ((2)に該当)に焦点を当て評価をする。

2―FSAPの概要

1|FSAPの位置づけ

IMFは2010年に、IMFの加盟国のうち世界の金融システム上重要な金融部門を有する25の国・地域*3について、FSAPによる金融安定性評価を受けることを義務付けている。日本もこのうちの一国であり、今回のFSAPはこの一環である。

個別の金融機関の財務悪化・破綻が他の金融機関や金融システム全体に波及するリスクをシステミック・リスクという。FSAPでは日本における各セクター(銀行・保険・投資ファンド(証券)等)ごとの不測の事態に対する強靭性と、システミック・リスクに波及する可能性およびその程度について評価された。

*3:現在47の国・地域

2|評価の観点と種類について

FSAPがどのような観点で実施されたのか大枠を記載する。

○セクター毎の評価

セクター毎に以下のようなリスクの評価がなされた。

これらの評価は、将来の金利状況や経済状況が悪化したという架空の状態を「ストレス・シナリオ*4」として想定し、そのストレス・シナリオ下における財務状況をシミュレーションすることで、ストレスに対する支払余力および流動性資産の十分性についての評価を実施するものである*5

*4:厳しいがもっともらしい(severe yet plausible)基準を満たしたもの。

*5:ストレス・シナリオより厳しい、極端なストレスを与えた場合の感応度分析も併せて実施された。

○相互関連性の評価

金融機関は相互に債権債務関係を有しているため、個別の金融機関へのショックは金融ネットワークを通じて他の金融機関に波及していく懸念がある(システミック・リスク)。各セクター間の債権債務情報*6から、他のセクターにどれほどの影響があるのか検証・評価が行われた。

*6:貸出金、短期資金供給、株式、債券、銀行の未引出融資枠など

3|FSAPの示した評価と規制体制に対する課題

個別評価項目の具体的内容については本レポートでは割愛するが、IMFの考えるストレス・シナリオや感応度分析に用いたショックに対して、各々個別企業レベルではいくつかの企業で支払余力や流動性に問題が生じるケースが想定されたものの、セクター全体あるいは金融ネットワーク全体においては健全性上問題が生じない見込みであるという結論を得た。

FSAPの評価の総括として、前回のFSAP(2017年)以降、金融危機への備えを改善するための規制体制の進展があった*7ということを高く評価された上で、日本の金融ネットワークおよび規制体制に対する現状の課題が提示された。以下、その内容を記載する。

*7:特に銀行監督にかかるもので、2017年以降、レバレッジ比率規制(第1の柱)の導入(2019年)、安定調達比率規制の導入(2021年)などが挙げられる。

【銀行セクターに関する規制と監督】

○リスクベースの監督を引き続き強化し、特に信用リスクと流動性リスクについて、より将来を見据えた指標を用いた早期警戒システムを発展させることが望ましい。

○銀行横断的に、一律の最低自己資本比率を設けているが、個別銀行のリスクプロファイルに応じた個々の最低自己資本比率を設定することが望ましい。

○現在「国際的に活動する銀行」を対象としている最低流動性要件について、対象をすべての銀行に対して拡大することが望ましい。

【保険セクターに関する規制と監督】

○保険会社に対する監督もリスクベースかつ将来視点のものに変更すべきである。(保険会社の健全性規制は2025年度末から経済価値ベースの健全性規制(ESR*8)に変更予定)

○適格要件が、すべての取締役、上級管理職、管理機能のキーパーソンに適用されるよう、適正なガイダンスを設けることが望ましい。特に、リスクマネジメントと内部統制、保険数理機能に関する明確な要件を設けることが望ましい。

*8:Economic value-based Solvency Ratio

【投資ファンド(信託)セクターに関する規制と監督】

○立入検査を実施する会社を増やすなどの監督強化を図ることが望ましい。

【金融庁の体制について】

○金融機関の監督や破綻処理の強化等を実現するには人員を大幅に増やす必要がある。リスクベースの監督手法の導入、再生・破綻処理計画の策定対象の拡大や、サイバーリスクの監督強化を考えるのであれば、さらに人的リソースが必要となる。

○金融庁は政策目標について「金融の安定性と健全性」に、「効果的な金融仲介」を追加しているように見受けられる*9。金融庁の職務権限において、「金融の安定性と健全性」が優先されるよう、法規制に明確な規定を設けることが望ましい。

○内閣総理大臣の権限である保険会社の許認可権限を金融庁長官に委譲するとともに、金融庁に支出予算の決定権限を与え、独立採算を実現するための独立性を高めることを検討することが望ましい。

*9:金融庁による“FSA’s supervisory approaches—Replacing checklists with engagement,”(2018)に「規制当局が金融の安定を唯一の包括的な目標であるかのように追求すれば、金融機関は過度にリスクを回避するようになり、仲介機能を果たすことを控え、健全な経済が金融の安定の重要な前提条件であるにもかかわらず、経済成長を抑制することになりかねない。規制当局は、金融の安定を確保することと、効果的な金融仲介機能を確保することの間で、適切なバランスを取るべきである。」とう旨の記載があり、それを指していると思われる。

【金融セーフティネットと危機管理に関するもの】

○日本の緊急流動性支援(ELA)は様々な観点から頑強なものであると評価できるが、日本銀行がモラルハザードなどによる過度な財務上の負担を受けないよう、セーフティガードを強化することが望ましい。

○一方で、システミック・リスクを軽減するために、ELAの対象をシステミックなリスクを有し得る非銀行金融仲介機関(NBFI)(特に中央清算機関(CCP))にまで、優先的に拡大することが望ましい。

○再生・破綻処理計画の策定対象となる銀行*10を段階的に拡大し、最終的には破綻時にシステミックなリスクがあると見なされるすべての銀行を対象とすることが望ましい。

○破綻処理を迅速かつ効果的に実行に移せるように、意思決定や情報共有の仕組みを強化し、十分な運用方法を盛り込んだマニュアルや内部的な取り決めを文書化することが望ましい。

○破綻時にシステミックな影響があるとみなされる可能性のある保険会社*11や、金融市場インフラについて(特に影響の大きいCCPを優先して)、再生・破綻処理計画に係るフレームワークを強化することが望ましい。

*10:現在、金融庁レビューのために事前に(財政上問題のない段階で)再生計画の提出が義務付けられているのはSIBs7行(G-SIBs3行、D-SIBs4行)であり、また、事前に金融庁が破綻処理計画を作成G-SIBs3行とD-SIBsのうち1行の4行。

*11:金融庁は、4つの国際的に活動する保険会社(IAIG)を含め、どの保険会社もシステミックに重要でないとみなしているため、これらの会社の破綻処理計画は策定していない。

4|対する金融庁の見解

金融庁は、IMFの評価に対して、以下のような見解を示した。

・日本の金融システムが厳しいストレスにも概ね耐性があるという点に同意した。

・ストレス・シナリオや評価方法について、数点現実的でない前提・評価があるのではないか*12と指摘しつつも、システミック・リスクの評価について概ね同意した。

・政策目標の指摘については、法的権限として「金融仲介の円滑化」にかかる権限があるものの、政策目標として経済成長等を含んでいるわけではなく、実務と政策を通じて「金融の安定性と健全性」を優先しており、経済成長はその権能を果たすことによって達成されるべき究極の目標であると考えていることを強調した。

・再生・破綻処理計画の対象の拡大やELAのオペレーションから生じる潜在的な損失に対する日銀の財務健全性への留意など危機管理に関する課題について、認識が一致していると同意した。

*12:「有価証券評価損に係る繰延税金資産が考慮されていない」「住宅ローンのデフォルト確率が過大ではないか」「国内金利の上昇と経済成長率の低下が同時に起こる可能性は極めて低いのではないか」「金利上昇についてポートフォリオのリバランスやヘッジ手段などを活用してリスク管理してきた(がシナリオには反映されていない)」など

3――まとめ

今回のFSAPによる評価は、現在の日本の金融システムの安定性が一定程度示された形となった。その一方で、銀行セクターの最低自己資本比率が各行一律である点や、現時点で保険セクターの健全性規制が経済価値ベースでない点*13など、現行の規制からの改善余地がある点も指摘された。これらの指摘は今後の日本の金融規制の在り方を一定程度方向付けるものになると考えられる。今回の結果を念頭に置きつつ、今後とも引き続き国内外の規制関連の動きを注視していきたい。

*13:2026年3月期に経済価値ベースでの健全性規制導入に向けた取り組みは進んでいる

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