「不動産売買」よりも手残りが数千万円増えるケースも…「不動産M&A」のスキームと税金の仕組み【不動産鑑定士が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年7月5日 7時45分
「M&A」というと、企業の合併や買収の際に使われるイメージがありますが、実は法人所有の不動産におけるさまざまな問題を解決するひとつの手段として「不動産M&A」が注目を集めています。不動産売買と比較し、手残りに数千万円の差が出るケースも……。そのスキームは一体どのようになっているのでしょうか。本稿では、フジ総合グループ・株式会社フジ総合鑑定の大阪事務所所長、住江悠不動産鑑定士が解説します。
「不動産M&A」とは?
「不動産M&A」とは、広義において不動産を所有する会社を対象にしたM&Aのことをいいます。本稿では、範囲を絞って、不動産のみを所有する資産管理会社(不動産賃貸業)のM&Aについて解説していきます。
一般的なM&Aの目的は、「会社または事業全体の譲渡」としていますが、不動産M&Aは「不動産の譲渡」を目的としています。また、不動産M&Aは一般的な不動産売買とは異なり、「不動産を所有している会社の株式」を譲渡の対象としています。つまり、不動産M&Aは、株式譲渡の形で所有する会社ごと不動産を譲渡するのです。
いま、この「不動産M&A」が、不動産売買においてさまざまな問題を解決するひとつの方法として注目されています。不動産のみを所有する会社が不動産を譲渡する場合、会社清算によって不動産を売却する方法と、株式譲渡によって売却する不動産M&Aの2種類があります。
では、実際に売却をする場合、どちらを選べばよいのでしょうか。ここからは、不動産売買と不動産M&Aに関わるスキームと税金の仕組みについて解説していきます。
「不動産売買」と「不動産M&A」のスキームの違い
まずは、不動産売買と不動産M&Aのスキームの違いについて解説していきます。
不動産のみを所有する会社が「不動産売買」によって不動産を売却する場合、不動産を売却することで会社の資産を現金化し、債務などを弁済したあと、株主に配当金を分配します。これを「会社清算」といいます。一方、「不動産M&A」は、会社が所有するすべての株式を譲渡することで不動産を含む法人ごと移転します。このスキームの違いにより、「不動産売買」と「不動産M&A」では、売買の取引時に発生する課税額に違いが生じ、売り手側の手残り額に大きな差が生まれるのです。
では、実際の手残り額には、どれくらいの差が生じるのでしょうか。具体的な数字を例にあげて、みていきましょう。
実際の手残り額の差
仮に、以下のような法人化した不動産があるとします。
・帳簿上1億円
・時価2億円
・その他の資産/負債等はなし
不動産売買にかかる税金
不動産売買の場合、法人化した不動産を売却すると、売却益に対して法人税が課されます。不動産を売却した後は残りの資産を精算し、債務を弁済したあと、プラスの残余財産があれば、その資産を配当金として株主に分配します。配当金を受け取った株主には所得税が課されます。所得税率は、その年の1年間に得た所得の合計にかかる税率をいい、所得が多いほど税率も高くなります。
では、「帳簿上1億円、時価2億円(売却益は1億円)」の企業価値で会社を譲渡する場合、手残り額はどうなるでしょうか。
まず、不動産の売却価額に対して約35%(約3,500万円)の法人税が課されます。仮にこの不動産を所有している社長がひとりで会社の株式を所有していた場合、売却価額から法人税を差し引いた1億6,500万円が配当金となり、その配当金に対して所得税がかかります。1億6,500万円の所得税には最高税率約55%が課されます。なお、配当金を受け取るのは社長ひとりのため、配当控除が適用されることもあわせて覚えておきましょう。
上記のとおり、不動産売買による最終的な手残り額は、売却価額のおよそ半分となります。
不動産M&Aにかかる税金
では、不動産M&Aの場合はどうでしょうか。
不動産M&Aは法人の株式譲渡になるため、買い手側には不動産の取得に要する不動産取得税や登録免許税の納付義務はありません。一方、売り手側である会社には、株式譲渡益に対する約20%の課税がなされます。
たとえば、「帳簿上1億円の不動産を2億円(売却益は1億円)」で譲渡する場合、不動産の時価が2億円でその他資産・負債等がなければ、株式の譲渡価額は2億円となります。もし売り手が2億円の株式を譲渡すると、譲渡所得に対して申告分離課税約20%(約4,000万円)が課されるため、売り手側の負担は4,000万円の配当課税のみとなり、売却による最終的な手残り額は、不動産売買に比べて大きくなります。
このように、会社清算による「不動産売買」と株式譲渡による「不動産M&A」では、後者のほうが数千万円の単位で税の負担が少なくなることがわかります。
税金面で売り手・買い手の双方に大きなメリットがある
「不動産M&A」は、不動産を所有する会社を対象にしたM&Aのことです。「不動産を所有する会社の株式」が譲渡の対象となり、不動産の所有権は会社にとどまります。そのため、買い手側には不動産の取得に要する不動産取得税や登録免許税の課税がなく、一方の売り手側においても、株式譲渡益に対する課税のみの負担で済みます。
また、一定の要件を満たせば、購入した株式の取得価額の一部を損金算入できる「経営資源集約化税制」という税制特例を活用することができるため、税金面で売り手・買い手にとって大きなメリットがあります。
不動産M&Aは、不動産・税務に関する高い専門性が不可欠となります。不動産や株価の適正な時価を算出するためには、税理士と不動産鑑定士による多面的な視点が必要です。不動産の売却をご検討の方は、不動産M&Aも有益なひとつの手段として捉え、専門家に相談することをおすすめします。
住江 悠
フジ総合グループ 大阪事務所 所長
不動産鑑定士
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