「勉強がすべてではない」フランス、「失敗したら人生終わり」の日本…学歴に対する意識の違い
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年8月5日 10時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
フランスでは高校卒業資格である「バカロレア」を通過すると、“決められた入学者数の範囲で”といった条件はあるものの、自分の希望する大学へ進むことができます。つまり、日本のように大学ごとにそれぞれの入学試験があるわけではないのです。また、基本的に塾もなく、「学校がすべて」という考え方もないといいます。今回は、日本在住のフランス人ジャーナリスト・西村カリン氏の著書『フランス人記者、日本の学校に驚く』(大和書房)から一部抜粋して、フランスと日本の教育制度や価値観の違いについてご紹介します。
大学へ行くための国家試験「バカロレア」とは?
フランス人にとって大きな試験、バカロレアについて見ていこう。これは、世界共通の大学入学資格プログラムである国際バカロレア(IB)とは別物だ。
フランスのバカロレアとは高校卒業資格のこと。大学に入学するには、バカロレアを通過したうえで、自分の希望する大学へ進む。つまり、各大学でそれぞれ入学試験があるわけではない。
「えっ、バカロレアを通過したら、どこでも好きなところへ進学できるの?」
このように驚く人もいるだろうが、基本的にそのとおり。ただし、それぞれの大学の入学者数は決まっているので、必ずしも自分の要望が実現されるわけではないし、大学入学後に授業についていけず、留年したり退学したりする人も多い。
塾も予備校もいらない理由
フランスのバカロレアは「一般」、「技術」、「職業」の3つの区分に分かれている。「一般」の区分は主に大学進学を目的とし、「技術」と「職業」の区分は専門学校や技術系の短大への進学を目的とする。
「一般」バカロレアは文系・理系・経済社会系に分かれていて、それぞれ受験科目や問題が異なる。主な受験科目は、国語、哲学、数学、地歴、理科、外国語など。試験は7日間にわたり実施され、1科目につき3時間から4時間という長丁場だ。
国語は予備試験として高校2年生で、その他の科目は本試験として高校3年生で受験する。国語の試験ではテーマを選び、それについての考えを記述したり口頭で答えたりする。わたしが受けた国語の試験では、フランスの詩人ボードレールの詩を分析した。
哲学の試験では1つの問いに対して4時間かけて口頭で答え、レポート用紙4ページほどの文章を書いた。出題される問いとは、「自由とは何の障害もないということか?」「不可能を望むことは不条理であるのか?」といった抽象的なものである。
日本ではコンピュータが採点する選択肢問題も多いが、フランスではほとんど見られない。そのため、自分の考えを書いて話すための準備が必要だ。
基本的に塾はない。家庭教師に教わる子もいるが、ほんの一部だ。学校で勉強したらバカロレアは通過できる、と考えているからだ。学校で勉強しても点数がとれないのなら、塾に通うお金がない家庭の子が損をしてしまう。
フランス教育省によると、バカロレアの通過率はおよそ9割。残る1割は再受験してもいいし、別の道を選んでもいい。またバカロレアは高校で行う試験のため、中学卒業後に働いている子は受けられない。あくまでバカロレアは大学への入口なのだ。
ただし2020年は新型コロナの特別措置により、バカロレアが免除での卒業となった。厳密にいうと平常点での採点となり、合格率は95.7%に。2019年の88.1%を大きく上回った。この年の卒業生は歴史に残る人たちとなったのだ。ラッキーではあるけれど少々不名誉な歴史として……。
同じことが学生運動の盛んだった1968年にも起こった。その年もバカロレアを免除されて全員卒業できたため、時折「彼らはとても優秀だ」などとジョークとして持ち出されることがある。
失敗を恐れすぎている日本の子どもたち
2019年の時点で18歳に達したフランス国民の約80%がバカロレアを取得している。とはいえフランスは、学校がすべてという考え方はない。学校でつまずいても後でまたチャンスが来る、という考え方だ。
人生にはいろいろなことが起きる。もし突然、親が亡くなったら、学業に身が入らなくなるかもしれない。「学校で勉強したかったけれど事情によりできなかった」という場合でも人生のシャッターが下りることはない。
その点、日本の社会は概して二度目のチャンスがつかみにくいように見える。大学の新卒制度も同じで、乗り遅れると就職が難しくなる。だから基本的にみな失敗を恐れている。こうした圧力は子どもたちも感じているはずだ。失敗を恐れすぎると、むしろストレスがかかり、悪循環に陥ってしまう。「失敗したら人生終わり」と悲観して自殺してしまう子もいる。厳しすぎる社会は人を追いつめるのだ。
フランスでは「失敗するのは仕方ない、もう一度やり直せばいい」と、もっと気楽に構えている。たとえば中学卒業後、仕事をしていた人が「高校に行けばよかった」「大学に行けばよかった」と思ったら、後から軌道修正することも可能だ。
仕事をしながら学び、大学卒業と同等レベルの知識を身につけていると思ったら、卒業試験と同レベルの資格を後からとれる。たとえ大学に通わなくても、自分がここまで学んだと証明できれば、厳密にチェックされたうえで国からVAE(経験に基づいて得た知識を証明する手続き)という資格を与えられるのだ。
学歴より「何ができるか」を問われるフランス
わたしはフランスでジャーナリズムのマスター(修士)を受けてはいないが、15年間、AFP通信に勤め、ジャーナリズムのマスターをとった学生と同レベル、あるいはそれ以上のレベルになったと自負している。一時期、この資格をとることを検討したが、コロナ禍で手続きが難しくなり、とりやめることにした。
こうした資格システムがあると、もっと勉強しようというモチベーションになる。学校に行けなかった人でも後から修正できる道があると知れば、がんばれるのだ。特に移民の子どもは、中学や高校を卒業後、就職することも多い。でも本人が希望すれば、後から道を変更できる。こうした学歴偏重でない社会もフランスの美点だ。
より学歴重視の社会だったら、わたしは記者にならなかったはず。仕事では学歴よりも「あなたは何ができるのか」を問われる。
AFP通信に採用されたとき、フランス人の支局長は「記事を書けるか、書けないか」でわたしを判断した。3人が同じテーマで記事を書き―ほかの2人は大学でジャーナリズムを勉強していた―支局長はわたしを選んだ。即戦力を求められるのだ。
年齢や学歴は気にせず、実際に仕事ができるかできないかがすべて。ちゃんと仕事ができたら、若い人が上司になってもいい、という考え方だ。
大学では基本的な知識を学ぶが、学んだことと実際に仕事ができるかは別の話。もちろん職種にもよる。弁護士だったら大学で勉強したことがより重要になるけれど、同じくらいスピーチのうまさも重要だ。
西村カリン ジャーナリスト
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