株主還元を「重視する米国企業」と「ないがしろにしてきた日本企業」の違い【マクロストラテジストが解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年7月20日 9時15分
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(※写真はイメージです/PIXTA)
本記事は、フィデリティ投信株式会社が提供するマーケット情報『マーケットを語らず』から転載したものです。
株主還元に積極的な米国企業と、そうでない日本企業
今後、日本企業がROEの引き上げに「突き進んでいく」ときには、マージンの引き上げが求められますし、企業はそうするでしょう。そして、マージンの引き上げは、競争を減らして販売価格を引き上げるにせよ、コストを引き下げるにせよ、家計を圧迫するでしょう。
同時に、企業は、増える利益を投資家に還元することを求められますし、企業はそうするでしょう。なぜならば、利益を還元せずに純資産として抱えると、ROE(=利益/純資産)の低下圧力として作用するためです。投資家は投資家ゆえに、「投じた資本が高いリターンを生んでいるか」を重視します。
ここで、「稼いだ利益を投資家に還元するのではなく、投資に回すことによってROEの分子である利益を増やすこと」を考えるかもしれません。
しかし、投資(≒資産の増加)は、借入の増加によっても実行できます。すなわち、資産や事業の取得・選択と、そのための負債サイドでの資本と債務の調達・構成は切り離して考えることができます。
企業は、借入も活用して利益を増やしつつ、株主還元で純資産をコントロールすることで、ROEの目標水準を達成することが求められます。
TOPIX構成企業の場合、毎期の純資産金額の増加額が毎期の利益水準とほぼ同程度であり、利益の大部分を純資産としてバランスシートに残している一方で、S&P500構成企業は、毎期の純資産金額の増加額が毎期の利益水準の半分未満であり、利益を純資産としてバランスシートに積み上げないように努めていることがわかります。[図表1][図表2]
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株主還元に積極的な米国企業と消極的だった日本企業の違い
では、なぜ、米国企業は株主還元に積極的なのでしょうか。あるいは、なぜ、日本企業は少なくともこれまでは株主還元に積極的ではなかったのでしょうか。
さまざまな理由があるでしょう。うがった見方も含めると、たとえば、
1.米国企業の最高経営責任者(CEO)たちの報酬は、株価と連動しており、自らの報酬のために自社株買いなどの株主還元に積極的である。あるいは、目標とする利益を出せないときに自社株買いを使う。もしくは、持ち株を高値で売却したいがために自社株買いを使う。ほかにも、米国のなかで利益の規模とシェアが大きい巨大テクノロジー企業は、自社の工場を持たず、巨額の設備投資が不要でフリー・キャッシュフローが大きい。
2.日本企業は、米国企業とは対照的に、役員の現金報酬の割合が大きい(→今後、変わるでしょう)。日本企業は、バブル崩壊後の「トラウマ」で、いざというときのために資本を厚めにしている。あるいは、無借金経営が望ましい姿と考えている。
などです。
別途、会計を考えると、[図表3]で示すとおり、ROEが高い企業ほど、株主還元に積極的でないと、ROEは低下しやすいという事実があります。逆に言えば、ROEが低い企業は、株主還元に積極的でなくとも、ROEの低下は鈍くなります。
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なぜなら、[図表4]で示すとおり、ROEが高い企業ほど、株主還元に積極的でないと、純資産は増加しやすいためです。逆に、ROEが低い企業は、株主還元に積極的でなくとも、純資産の増加は鈍くなります。
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数値例を示すと、たとえば、利益水準が「10」であり、純資産は「5」である「ROE=200%」の企業が利益の半分を内部留保・純資産としてバランスシートに積み上げると、次期には(利益は一定と仮定すると)「10/10」で「ROE=100%」に低下します。「100%ポイントの低下」です(→「ROE200%は極端な数値」と思われるかもしれませんが、米国には黒字企業でも、積極的な株主還元のために純資産がマイナス=債務超過の企業もあります)。
他方で、利益水準が「20」であり、純資産は「200」である「ROE=10%」の企業が利益の半分を内部留保・純資産としてバランスシートに積み上げると、次期には(利益は一定と仮定すると)「20/210」で「ROE=9.5%」に低下します。「0.5%ポイントの低下」です。
前述のとおり、米国企業は株主還元に積極的であり、日本企業は少なくともこれまでは株主還元に積極的ではなかった理由はさまざまにあると思われますが、以上は、
1.高ROEの米国企業は(あるいは、集合体としての米国企業)は、ROEの水準を維持するために株主還元に積極的になるインセンティブが強い
2.低ROEの日本企業は(あるいは、集合体としての日本企業)は、ROEの水準を維持するために株主還元に積極的になるインセンティブが弱い
と言えそうです。
日本企業のROEは高まり、株主還元にも積極的に
さらに言えば、「ROEが高い企業ほど、ROEの水準を維持するために株主還元に積極的になるインセンティブが強い」わけですから、今後、日本企業のROEが高まれば高まるほど、日本企業は株主還元に積極的になる可能性があることを示唆します。
加えて、今後、日本企業がROEを高めることを求められ、そのためには利益水準の引き上げのみならず、純資産を減らす必要があることを考えると、今後は、集合体としての日本企業の総還元性向が100%を超えるとみられます。
[図表5][図表6]に示すとおり、100%超の、ある総還元性向の水準に対して、ROEが高いほど、純資産の減少率が大きく、ROEの上昇率が高いことが示されますから、
今後、日本企業がROEを高めるほど、ROEの上昇率がさらに(理論上は指数的に)高まることが期待されます。
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日本企業のROE上昇と、家計が気を付けるべきこと
先に述べたとおり、今後、日本企業がROEの引き上げに「突き進んでいく」ときには、確かに、マージンの引き上げが求められますし、企業はそうするでしょう。そして、マージンの引き上げは、競争を減らして販売価格を引き上げるにせよ、コストを引き下げるにせよ、家計を圧迫するでしょう。
同時に、企業は、増える利益を投資家に還元することを求められますし、企業はそうするでしょう。なぜなら、そうしたインセンティブが企業に(そして、もっと大事な点として、企業の経営者に個人的に)存在するためです。
簡単に言えば、今後、株主と企業と企業の経営者は取り分を増やし、家計と労働者は不利な立場に置かれるでしょう。
政治に頼れないとすれば(≒「経済の問題に政治は立ち入れない」という言い訳が強調され続けるならば)、われわれは投資家の側に回るほかないでしょう。
重見 吉徳
フィデリティ・インスティテュート
首席研究員/マクロストラテジスト
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