〈ニッポンの相続問題〉重たい介護負担・金銭負担…背景に潜む、相続人それぞれの割り切れない実情【弁護士が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年7月19日 11時15分
(※画像はイメージです/PIXTA)
多くの相続人が、相続前に経験する「親の介護問題」。介護負担が特定の人物に偏るなど不満が生じやすい一方、介護にノータッチだった相続人は「親のお金を使い込んだのでは」「家賃や生活費が浮かせてチャッカリしている」等、不信感を持つこともあり、対立が生じがちです。ここでは、法律的見地から「揉めやすい相続事例」を取り上げ、具体的な解決方法を探ります。不動産と相続を専門に取り扱う、山村法律事務所の代表弁護士、山村暢彦氏が解説します。
同居の子・別居の子…相続時に揉める根本原因
相続において頻発するトラブルとして、過去の被相続人の同居・介護に起因するものがあります。
相続は「相続財産」という金銭的評価できるものを分配する手続きですが、その際、やはり「感情面」が関わってきます。
感情面の問題は「ずっとお兄ちゃんだけ贔屓されていた!」といった子ども時代の不公平感の持ち越しもありますが、それ以上に、年老いた親の介護問題における「感情的なわだかまり」「見えない部分への疑念」が多くあります。
典型的なのが「実家に残った子ども vs. 実家から出た子ども」という対立構造です。具体的には「被相続人となる親と同居していた長男と、家を離れ、実家にあまり顔を出さない二男」などが典型的なケースです。そこに嫁いだ姉妹が絡むこともあります。
具体的なケースを見てみましょう。
《相続人関係図》
被相続人…母親
相続人……子ども2名(長男・二男)
相続財産:
不動産:地方都市の戸建て住宅
預貯金:1,000万円
《背景と実情》
専業主婦だった母親が亡くなり、相続が発生(父親は数年前に死去)。相続財産は地方都市の自宅不動産と預貯金約1,000万円。相続人は子ども2人(長男・二男)。
兄(長男)は亡くなった母親と実家で同居しており、弟(二男)は別居。兄は介護負担の大きさや母親との生活に伴う出費を理由に「寄与分」として多く財産を相続したいと主張。
別居していた弟(二男)は、兄がいろいろなことにかこつけ、親のお金を使い込んでいるのではないかと疑うとともに、長年にわたる同居で、家賃負担が軽減されていることから、その分を「不当利得返還請求」してもらいたいと考え、対立している。
高齢の親と同居して面倒を見てきた子どもが、
「親の世話や介護をしてきた。リフォーム費用も負担した。だから、その分くらいは多くもらってしかるべき」
と主張する一方で、実家を出た子どもが、
「手伝っていると主張しているが、実際には親の金を横領したに違いない」
「手伝っていると称して、お小遣いという名目で親の金を使ったのでは?」
といった主張をする、というものがよく見られます。さらに、
「同居して世話をしてるというが、その分家賃が浮いてる。実家も相続財産なのだから、家賃分も払ってくれ」
と主張するケースもあります。
筆者の事務所でも、同居する子ども・実家を出た子どもの両方の立場のクライアントについて、多数の対応をしてきました。正直、類似のケースは枚挙にいとまがありません。
「介護が大変だった!」「いやいや、お金を使い込んだな!?」
では、「実家で同居して介護した子ども」「実家を離れた子ども」双方の視点から考察していきましょう。
◆介護を手伝ったから多めに遺産が欲しい!→「寄与分」
まず、長男の「介護を手伝ったから多めに遺産が欲しい」という主張に応えるものとして「寄与分」という制度があります。
しかし、法律上の寄与分とは、筆者でもびっくりするぐらい認定のハードルが高く、「一般的な家族の助け合い・扶養義務の程度を超え、介護事業者と同程度の助力」があって初めて、寄与分が認められる、とされています。
具体的には、バリバリ働ける人が仕事を辞めて親の介護をした、仕事の勤務時間を減らして親に付き添っていた…というような場合は、介護事業者と同程度と認められ、お金が貰えるケースがあります。
しかし一方で、例えば、普通に働いているなかで土日だけ面倒を見ていた、長男が仕事しているときに長男の妻が代行して病院に付き添っていた…という程度では、寄与分は認められないのです。
「休日を潰して面倒は見ていたのに、多めの相続が認められない」となれば、不満を覚えるのも当然でしょう。
しかし、法律では「親族間の扶養義務」といって、「家族は本来助け合うもの」だと定められています。つまり、通常において期待される扶養義務を超えた分の貢献がないと、寄与分の請求はできません。先ほども述べましたが、寄与分の法的請求が認められるのは、とてもハードルが高いのです。
◆親のお金を使い込んだだろう!?→「不当利得返還請求」
一方で、別居の二男が同居の長男に「親の介護を手伝ってるといいながら、親の金を使い込んだ」という主張は「不当利得返還請求」に該当します。わかりやすくいうと〈理由がないのにお金を勝手に使ったのだから、この使い込んだ分のお金を相続財産に戻してください〉という法的請求です。
ただし、この「使い込んだお金」とされているものが、本当に親のために使われたのか、それとも長男の私腹を肥やすために使われたのか、ということは判別しづらく、こちらも寄与分と同様、非常に立証のハードルが高いといえます。
たとえば、月の生活費が10万~20万円かかるところを、30万円引き出されていた、という程度では、類型的には請求は認められない傾向にあります。
ただ一方で、危篤で動けない親の口座から、なぜかATMで引き出し限度額である50万円の出金が10日間も続いたとか、複数回にわたってトータルで数千万円のお金が引き出され、なおかつ長男の借金がそれと同額分減ってた、などケースであれば、認められる余地があるかもしれません。
しかし、一般論としては「不当利得返還請求」も、上述の寄与分の法的請求同様、認められるのに相当高いハードルがあるといえます。
現実問題「裁判でスパッと解決!」とはなりにくく…
上記2例のような「寄与分請求」「不当利得返還請求」がなされた場合、どのように解決を図るのでしょうか?
寄与分請求・不当利得返還請求ともにハードルが高いことから、「請求を認めさせる」ことだけで裁判や調停を起こすより、基本措置として「遺産分割調停」「遺産分割審判」という基本ルートで解決を図ることが多いように思います。
その際、調整要素として「これだけ面倒を見てきたから、その分は譲ってほしい」と寄与分の主張したり、「こういうところが曖昧だから、評価のところでちょっと譲ってほしい」と不当利得返還請求をしたりといった、相続人のあいだで調整を行うことで納得してもらい、相続を終わらせるというのが、現実的な解決策だといえます。
もし、上述の調整では双方の納得が難しいとなれば、寄与分の場合は「寄与分調整調停」という別の手続きを起こさなければいけませんし、不当利得の請求も「不当利得返還請求訴訟」という訴訟を起こさなければいけません。
そのため、立証面の難しさと、手続き面の大変さを鑑みたうえで、遺産分割調停や遺産分割審判といった基本ルートで解決・着地を目指すのが実情なのです。
(※守秘義務の関係上、実際の事例と変更している部分があります。)
山村法律事務所 代表弁護士 山村暢彦
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