「デジタルタトゥー問題」や「“忘れられる権利”の裁判」の影響も?事件の容疑者宅の住所をぼかすようになった裏側【元事件記者が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年7月22日 12時15分
![「デジタルタトゥー問題」や「“忘れられる権利”の裁判」の影響も?事件の容疑者宅の住所をぼかすようになった裏側【元事件記者が解説】](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/goldonline/goldonline_62103_0-small.jpg)
今でこそ事件の容疑者であってもプライバシーが守られていますが、25年ほど前までは自宅の住所の地番まではっきりと報道記事などに書かれていました。いったいなぜ住所をぼかすようになったのでしょうか。。今回は『三度のメシより事件が好きな元新聞記者が教える 事件報道の裏側』(東洋経済新報社)より、著者の三枝玄太郎氏が住所をぼかすようになった経緯を解説します。
容疑者宅の住所をぼかすようになった理由
大きな事件が起きると、報道陣が現場や容疑者の自宅に殺到しますね。容疑者が警察署にちょうど入っていく瞬間がニュースで流れることも少なくありません。なぜ、メディアはあれほど正確に、かつ素早く行動できるのでしょうか。
賢明な方々はお察しだと思いますが、警察が現場や関係者宅を教えているのです。それどころか、2000年ごろまでは、容疑者が逮捕されると「東京都千代田区霞が関1-1-1」というように自宅住所の地番まで詳しく記事に書かれていました。それで何の問題も起きなかったのです。
しかし、「あそこのアパートで殺人事件があったらしい」という風評が立つと、その物件はおろか周辺の賃料相場を直撃し、それまでの半値以下でしか借り手がつかなくなったりすることがあります。
瑕疵(かし)物件になったこと自体はどうしようもありませんが、「わざわざ記事にして、広くアパート名やマンション名を知らしめることはないじゃないか」とメディアに苦情が来るようになりました。面倒を避けようというので、「東京都千代田区霞が関」のように地番を抜いて報じるようになっていったのです。
最近では、住所だけではなく、容疑者の名前が伏せられて記事になっていることも結構あります。風営法違反、出資法違反、暴行のような比較的軽い犯罪に目立つような気がします。逮捕されても不起訴や処分保留になって釈放されそうだったり、起訴はされたけれども罰金刑で済みそうだったりする場合は、「会社員の男(58)」のように匿名で表記してしまうわけです。
かつては、警察は逮捕した容疑者の顔写真もかなりの確率で提供していました。暴力団の取り締まり強化月間などは組員がよく逮捕されるので、提供された顔写真を使って、自家製の暴力団組員リストを作ったものです。今ではそういうこともなくなりました。これには、ネット社会になって「デジタルタトゥー」という問題が出てきたことが影響しているのかもしれません。
犯罪者に「忘れられる権利」はあるか
2015年12月22日のさいたま地裁判決というものがあります。2011年に児童買春・児童ポルノ禁止法違反容疑で逮捕され、罰金刑が確定した男性が、「当時の記事をグーグルで検索すると、自らの氏名や住所などの属性が表示されてしまうのを、削除させてほしい」という仮処分命令を申し立てたのです。
さいたま地裁は「ある程度の期間が経過した場合、過去の犯罪を社会から『忘れられる権利』がある」という趣旨の決定をしました。「忘れられる権利」が初めて正面から認められた決定でした。
グーグル社はこれに抗告します。すると、次の東京高裁は「法律で定められたものではなく、要件や効果が明白ではない」として、男性側の削除の申し立てを退けました。
さらに最高裁は2017年1月31日、「児童買春は社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されている」などとして男性の訴えを退け、裁判は終わりました。高裁判決では「削除することが、表現の自由と知る権利を侵害する」とし、「男性の買春行為は社会的関心が高く、公共の利害に関わる」と判示しました。
つまり、グーグルで犯罪履歴を検索し、その人が過去にどのような罪を犯したのか知る権利だってあるだろうというわけです。最高裁は「忘れられる権利」については踏み込まずに男性の主張を退けた一方で、「知る権利や公共の福祉、表現の自由VSプライバシー権、忘れられる権利」をどのように考えればよいかを判示しました。
ちょっと長くなりますが紹介すると、
「事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべき」としました。そのうえで、公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者(本件ではグーグル)に対し、当該URL情報等を検索結果から削除することを求めることができる、と判断したのです。
あまりに微罪であるのに記事を検索した結果がいつまでも残っているという場合は、記事の削除を求めることができる、とも解釈できます。つまりは、ケースによっては削除が認められる可能性も今後はありうるということです。
一連の判決はメディアに大きな影響を与えたように思います。これ以降、各新聞社、通信社とも、満期勾留の結果、容疑者が不起訴処分となった場合や処分保留で釈放された場合などは、過去記事を削除するようになっているようです。
住所をぼかす記事が増えたのも、先ほどの不動産価値への影響に加えて、こうした判決によるところもあると考えて不思議ではありません。
三枝 玄太郎
※本記事は『三度のメシより事件が好きな元新聞記者が教える 事件報道の裏側』(東洋経済新報社)の一部を抜粋し、THE GOLD ONLINE編集部が本文を一部改変しております。
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